第13話 地獄の魔物召喚①

 俺は理事長室から出た。

 せっかくの昼休みがもう既に半分過ぎている。


 今、理事長から話された内容をよく考えたい。

 そう思うと、俺の足は自然とロイヤルルームへ向いていた。


「……王子だ……」

「……我々の気も知らず……こんなことでは……」

「……上級ばかり、やりたい放題……」

「……しっ! 気に障ったら追い出される……」


 途中、行き交う生徒達は、俺の姿を見ると端に寄って避けていった。

 ……感じ悪っ!

 いや、それどころか魔法学園全体の空気が悪い。

 生徒達が睨み合ったり、ピリピリしている。

 学園内も荒れて、窓が割られたり、落書きやポイ捨てされたゴミがあちこちで放置されているような状態だ。


 モラルが無えなあ。

 いや、それどころじゃないか。

 俺自身が相当マズいことになりそうだ……。

 こんなことが父親である王や上の兄達の耳に入ったら……。

 どうにか挽回する手はないか……。

 学園の連中によい印象を与える方法……。

 

 そんなことを考えながら、ロイヤルルームに辿り着く。

 扉を開けた。

 アネットがいた。

 ソファに寝そべって足をぶらぶらさせてやがる。

 寝そべったまま、視線だけ俺に向けてきた。


「……遅かったな。なにやってたの? わたしのお昼は?」

「いや、そっちこそなにやってんだ!? 授業は!?」

「出てないが? 当たり前だろ」

「出ろよ! なんで授業には出ないでここにいるの!?」

「……保健室登校みたいなものだから。というか、部屋から出てきてるだけ偉いだろうが。まずはそこをほめろよ、お前」


 姉ちゃん、昼飯を俺に集ろうと寮から出てきたな。

 しかし、ここに来るよりも行くべきところがあっただろうが!


 俺は尋ねた。


「理事長から呼び出しあったよな? 姉ちゃんも呼び出されてたはずだぞ。なのに、なんで来なかった?」

「……よく知らん人になんか会いたくないもん」

「ダメだろ! 学園側からの注意勧告なんだぞ! 無視したらますます心証悪くなるだろーが!」


 姉ちゃんは、よっこら、と上半身を起こした。


「なんだよ。なに言われたんだ?」

「……みんなからの評判がくそ悪いんだよ、俺達。俺なんか、王家の権威を笠に着てやりたい放題だって。気に入らない教師を難癖付けて止めさせたとか……」

「ああ、この前の図書室の魔法使いのことか」

「それに神聖な学園内にエロ本持ち込んでるとか……」

「お前、そんなことしてんの? うわ、きっも……引くわー」

「あれは図書室にあった本であって、俺が持ち込んだわけじゃ……!」


 俺は反論しかけて、口ごもる。


「……姉ちゃんの評判だってかなり悪いんだぞ! 授業にも出ず、好き勝手休んでは遊んでる、俺とつるんでロイヤルルームでこそこそなにかやってるって。男女でそういうのは破廉恥だとか、理事長から言われたんだからな」

「……なんだよそれ」


姉ちゃん、口尖らせてそっぽを向く。

そこからの、ぶすったれた声。


「……そんなもん言わせときゃよくない?」

「いや、そうもいかないだろ? 学園内の規律を守れって話で。ロイヤルルームを使用できるような上流階級の生徒は、率先して模範を示すようにって釘刺されたんだよ。特権を享受するなら代償を支払えって感じで。それを無視してたら、これ、きっと親にも連絡行くぞ」


 姉ちゃんは舌打ちした。

 それから、悪そうな笑顔。


「特権は、なんの責任も取らなくていいから特権なんだよ。大貴族であるわたしが、こんな学園のルールなんか従ってられるか?」

「うわ。下手したら法律すら破りそうな悪役令嬢のセリフ……」

「ふん、こっちはなあ、秘術の書を読み込んで魔物どころか悪魔すら召喚できるようになった令嬢だぞ? ちっぽけな人間の枠組みで捕えられたら困るんだよ!」

「ちょ、ちょっと待て!? 悪魔召喚!? 大貴族の令嬢といえど、悪魔なんか召喚してバレたら一発でヤバいことになるに決まってるだろ!? 姉ちゃんなにやってんだよ!?」

「わたしは力が欲しいんだよ! 力があれば……結婚できる! パワーこそ結婚なんだ!」

「そんな格言聞いたことねえ! やめろやめろ! そんなことをするためだったら今すぐ秘術の書なんか捨てろ!」

「お前、信じてないのか? 秘術の書は……力は結婚に役立つんだよ! どういうふうに役立つかというと……」


 ピロピロピロ♪


「え!? 無詠唱で悪魔召喚を!?」

「悪魔じゃない。アンダーダークの魔物、ローパーだ」

「ローパー?」


 俺達の目の前に、ぬめぬめとした巨大な軟体の柱が突如現れた。

 その柱から何本ものぬめり散らかした触手が蠢いている。


「触手モンスターじゃねーか! 姉ちゃん、こんなもん呼び出してどうすんだよ……」

「触手のやることなんて決まってるだろ」

「……いや、ちょ、待っ、待あああああああっ!?」


 いやああああああっ!?

 俺はぬめぬめとした触手に手足を絡めとられた。

 ぐいん、と体ごと持ちあげられる。

 こうなるともう自由が利かない。


「ちょ、姉ちゃん!? なにすんだよ!? 悪ふざけが過ぎるぞ!?」

「……わたしは考えたんだよ。お前と結婚する方法を」

「これのどこが結婚に繋がるの!?」

「お前の子供を作ればいいんだ」

「……ん? は? ええっ!? お、おいおい……俺を動けない状態にして、その……なにをする気だ……?」

「……お前、Hなこと考えてんじゃないだろうな……? きっも……っ! 軽蔑するわ……気色悪い、お前となんかそんなするわけないだろっ! こっちはお前の精子だけ手に入れればいいんだよ」

「せ、精子……!?」

「それから子供を作れば、できちゃったって態でお前に責任取らせる感じで結婚できるだろ」

「いやいやいや、それでどうやって子供にするんだよ!? 人工授精!?」

「そこはそれ、秘術の書でいい具合の魔法を見つければOK。ホムンクルス作成みたいなノリでできるって」

「アバウトな子作り結婚計画だなあ!? 命をなんだと思ってるんだ!?」

「ちっ! いいからさっさと精子出せっ!」

「精子精子言うなよっ! 姉ちゃんだって女の子だろ!?」

「ほら、えーっと……こうすんだろ?」


 姉ちゃん、指で輪っか作って、人差し指を出し入れ。

 すっちゃすっちゃ。


「……もうーっ! ほんとに姉ちゃんのそういう下品なとこついてけんわっ! もっとさあああ! シモネタとかやるなよほんとにぃいいいい!」

「そういうのいいから。ここでお姉ちゃんが見ててやるから、思いっきり触手ローパーに搾精されろ」

「見るな! 見るなああああっ!」


 姉ちゃんはちょっと勝ち誇った風に腕を組む。


 ここから、姉弟の地獄が始まろうとしていた。

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