第12話 悪役令嬢と秘術の書⑤
ウザ絡みしてきた魔法使いを叩き出して、俺と姉ちゃんはようやく図書室内を落ち着いて探せるようになった。
「で、目的の秘術の書はどこにあるんだ、姉ちゃん?」
「図書室一番奥に妙に古臭い書架があるだろ?」
「? あの壁際のやつ?」
「そう。あれはこの図書室ができる前からそこにあったと言われてる古の本棚……古き人々が初めてこの地に足を踏み入れたとき、既にこの場所に立っていたというアーティファクト」
「へえ。……てことは、この図書室は元からあったあの古臭い本棚に合わせて後から建てられた……ってこと?」
「んなわけないけどな」
姉ちゃんは肩を竦める。
そんな動作1つでも胸が揺れた。
……前の姉ちゃんだったら考えられなかった物理現象だ。
こんなぼいんぼいんなんてあるぅ?
俺は呆れたような素振りで首を振る。
「……なんだ、出鱈目かよ」
「でも、なんかそう言われると、あの本棚も曰くありげに見えるだろ? そんな思わせぶりな逸話もゲーム的な演出ってやつだろな」
自分の体の出鱈目さなどまるで意識していない姉ちゃんは、また無防備に胸を揺らした。
……いや、待てよ?
わざとか……?
実は俺との結婚を実現するための高度な政治的判断による戦略的乳揺らし……?
いや、ダメだ。
こんなこと考えていても答えは出ない。
俺は話に集中しようと努力する。
「……で? あの古い本棚に秘術の書があるの?」
「あの本棚自体には無いぞ。あるのはその後ろ側。そこの壁がくりぬかれていて、この世では読むことを禁じられた数々の書物がまとめて保管されてるんだ」
「数々の書物? 隠されてるのは秘術の書だけじゃないのか」
「いわゆる禁断の書ってやつだな。人前に出せないような後ろ暗い知識……まあ、知識のためなら世界が不幸になってもいいと思うような魔法使いにとっては宝の山ってとこだ。ゲームで見た時は、そういう雰囲気づくりのためのフレーバーテキストみたいなもんだったけど、ここでは実際に存在してるし、手にも取れる。……はず」
最後、姉ちゃんはちょっと自信無さげに言葉を濁した。
「じゃあ、あの書架をどかせばいいんだな? 任せろ! 力任せなら得意だし!」
「急に張り切るなよ。力任せに動かそうとしてもたぶんダメだ」
「なんで?」
「ゲームの中だと、このイベントはミニゲームだったんだよ。パズルだな。図書室内のあちこちの書架に、決められた本を全部戻す。そうすると、あの古い本棚が動いて、その後ろの禁書を見つけられるって流れだった」
「へえ? なんで本を戻すと古い本棚が動くんだ? 誰がなんの目的でそんな仕掛けを作ったんだろ?」
「そんな説明一切なし。ゲームの主人公は女神様のお導きでこのイベントをこなしてたけど……ぶっちゃけ意味不明だよな」
姉ちゃんは半笑い。
鼻で笑っているようにも見える。
「まあ、年降りた図書室に精霊かなにかが宿って意志を持った。そんな存在、図書室の付喪神みたいなのがここにいるんだと思おうか。つまり妖怪とか天狗の仕業だよ」
「天狗って……ここファンタジーっぽい世界じゃねーの?」
「長いこと使われてきた図書室が自我を持って動き出すなんてよくあること、だろ?」
あんまり同意できねー。
でも、姉ちゃんの方がこの世界の元であるゲームの内容は心得てるんだろうし、任せるか。
「わかった。じゃあ、本を本棚に戻していくんだな? まず、どうする?」
こうして、俺と姉ちゃんは手分けして決められた本を探す。
そして、図書室内の元の書架にそれらを戻していった。
整理され整っていく本棚。
「……これって、さっきの図書室の魔法使いがやっておかなきゃならなかった仕事じゃねーの?」
あいつがサボってたから、こんなめちゃくちゃな配置になってたんじゃ……。
そう考えると、あいつを首にできて本当に良かった。
「……よし、これで全部……!」
と、最後の本を本棚に戻した瞬間だった。
がこん。
軋みながら古い本棚がスライドしていく。
次第に、その後ろの壁が見えてきた。
俺はその様子を見つめながら、姉ちゃんに告げる。
「これでようやく姉ちゃんもクッキーの魔法から完全復活できるわけだな」
「……え?」
「え? ってなんだよ? 秘術の書を使って、自分にかかった惚れやすくなる魔法を解除するんだろ?」
「……あーあー、そうだったそうだった。ごめんごめん忘れてたわ」
「……忘れてた?」
「あ、いや……あー、実はタカアキのこと、すごい好きだったけど魔法の所為だったんだよな。うん、そうそう。タカアキ、お前の事好きだよ、大好き」
「取ってつけたような告白……」
姉ちゃんはそそくさと、姿を現した本棚に並ぶ禁書の数々を吟味し始めた。
と、そのうちの一冊をしっかり脇に抱え込む。
その顔に湿った笑えが浮かんだ。
「……いや、こんなに手助けしてくれて本当に愛してるんだって。なのに、これで魔法解いたらもうタカアキのこと好きじゃなくなっちゃうんだな、残念だなー」
「……そんなに残念なら魔法解くのやめたら? そうなったら秘術の書とかいらないだろ?」
さりげなく言ったつもりだったのに、姉ちゃんは強く反応した。
むきになって言い返してくる。
「そうはいくかっ! わたしにとってのグッドエンディングを迎えるために、なんとしても今のうちに秘術の書を手に入れておかなきゃいけないんだよ!」
「え? エンディングのため……?」
魔法を解くためじゃなく……?
俺の言外の問いに、姉ちゃんははっと息を飲んだようだった。
それから、やけくそになったようにがなり出す。
「あ……そ、そうだよ! わたしにとって都合のいいエンディングを迎えるためだからしょうがないの! 主人公がまだ出てきていない今のうちなら……。だから……秘術の書はわたしが頂いておくっ!」
「な……! 姉ちゃん、また騙したのか!?」
「騙してないだろ! ちょっと本当の目的を言わなかっただけ!」
「もう、いつもそれだよ! それを騙しって言うんだろーが!」
「そ、そんな膨れるなよ……こ、今回はお前にだって報酬があるんだから」
「報酬?」
「……ほら、これ!」
姉ちゃんは禁書の並ぶ棚から一冊を俺の胸に押し付ける。
「禁断の書の残りはお前が好きに使っていいから。じゃあ、後は楽しめよ!」
「あ、ちょっと! 待てって姉ちゃん!」
姉ちゃんは、踵を返すと一目散に駆け出した。
なんという逃げ足の速さ!
前の姉ちゃんなら体力無くてもたくさもたくさドン臭かったはずなのに、今のアネット体の姉ちゃんは実に元気だ。
まだ話は終わっていない、と俺は追いかけようとする。
が、その時、姉ちゃんから押し付けられた本の表紙が目に入った。
『イラストでわかるシリーズ:おっぱいの秘密』
まさか、これは……これが禁書?
俺は思わず、禁書の並ぶ棚に目をやった。
『おしべとめしべ入門』
『淫語大辞典』
『医学大全8:男女の性徴の差異』
『暮らしの図版集:真夏の海岸、海水浴客』
『』……
これは……日常の書物の中からエロを感じさせる本をピックアップしたコレクション……!
これが禁書……?
宝の山、だと……!?
人々の膨大な営みの中からわざわざこんなものを見出して……後生大事に隠し……一体だれが……?
俺は人間の性に関するひたむきな貪欲さと闇の深さを知り、恐れおののくのだった。
あと一冊借りて帰った。
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