第11話 悪役令嬢と秘術の書④
図書室に入った俺と姉ちゃん。
その目に入るのは立ち並ぶ数多の書架。
そして、目の前の書き物机に腰かけている、初老の魔法使いだ。
じろり。
魔法使いは上目遣いに俺達を値踏みする。
それからしわがれ声が漏れた。
「……なにか?」
「図書室で本を探したい。入れてもらえるか?」
「……閲覧希望、と」
魔法使いは手元の台帳にさらさらと書きつけていく。
「……それにしてもジナン第三王子殿下が図書室にお目見えとはお珍しい。殿下は書物になど興味がないものとばかり」
「いや、俺は姉ちゃ……ミト侯爵家のアネット嬢に付き合って来ただけだ」
「アネット様?」
魔法使いに睨まれて、姉ちゃんの頬がひくつく。
笑顔のつもりらしい。
「えっ、あっ、えっ、へへ……」
「……ほう、これはこれは……アネット様も書物に対する理解がおありとは存じませんでしたな。お二方とも、これまで図書室を利用されたことなど一度たりともなかったというのに」
図書室の魔法使いの瞳が底光りしたように感じた。
アネットを見る視線がねちっこい。
獲物をいたぶる猫の目だ。
「もしかするとご存じないかもしれませんのでご注意を。ここ図書室は男女で睦ごとをする場所ではございません。ドのつくほど下劣で高貴なる貴族の皆様方は、規律やモラルを逸脱することに愉悦を感じ、そのような行為に及ぶことがございます。ご自分達ならそのような行為も許される、と特権を享受したくなるようで……。どうかそのような品位にもとる行為はお控えください」
「な、なに? なんて?」
「要はここでセックスするなと申しております」
「しねえよっ!? あんた、なに言ってんだ!?」
俺は目を剝いて、咎める。
姉ちゃんも愛想笑いの残骸みたいな表情を凍らせていた。
が、図書室の魔法使いは見下したような口調をアネットに向けるばかりだ。
「ほう? 書架の陰に隠れて行為に及ぶ不届き者がこれまでいなかったわけではありませんので。特に、アネット様のような巨乳の持ち主が男子生徒と共に図書室を利用しようとする際は十中八九、おっぱじめられます。汚い汁などで本が傷みますので絶対にやめていただきたい」
「あっ、えっ、あっ、おっぱじめ……?」
「……これだから知育に注がれるべき栄養が巨乳に向かわれてしまった方は……。奥ゆかしく言葉を濁しても伝わりませんか? なら、もっと直截的に、セックスをされると漏れた体液が本のシミになったりするのでやめてください、と申せばご理解いただけますか?」
「せっ……! ふっ、ふっ、ふざけ……っ!」
「アネット様なら日頃からよく親しんでいるお遊戯でしょう? そのだらしなく育った胸が唯一輝ける競技ですよ。お得意なのでは? 巨乳にはぴったりかと」
いや、こいつ普通に下品でセクハラじゃねえの!?
そして、さっきから巨乳に対して悪意あり過ぎじゃない?
巨乳に虐められたとか親を殺されたとかしたのか……?
姉ちゃんはいきなり向けられた侮蔑に顔を赤らめながら、呻いている。
「……おかしい……前にゲームで出た時はここまで最低なセクハラジジイじゃなかったのに……!」
かなりメンタルを削られてるっぽい。
俺もこんなこと言われたら見過ごせない。
俺は姉ちゃんの前に出て、声を低める。
「やめろよ、そんな汚いこと言うの。あんた、打ち首になるぞ……?」
「おや、早速王侯貴族がその地位を利用して脅しをかけるというわけですか? 残念ながら、王立魔法学園に勤める魔法使いは生徒達を指導するというお役目を果たすため、立場は保証されております。バカ貴族のバカ息子の我儘で職を免じられたり、罰せられることなどありません。どうです? 特権が振るえなくてお悔しいですか?」
どっちが特権持ちだよ……。
罰せられないから生徒達にセクハラパワハラし放題とか、ろくでもねえな。
俺はもう、さっさとこの場から立ち去りたい。
「もう絡むな。俺達……アネットは本を探しに来た。見つけたら帰る。それだけだ」
魔法使いは小馬鹿にしたせせら笑い。
「本を探すと仰られるが、大体、アネット様に本を読む能力などないでしょう。巨乳には読書の才がない」
「マジでなに言ってんの?」
「こう見えましても、私、読書魔法の専門家でして。長年の読書魔法の研究の結果、読書魔法の習得におっぱいの大きさは反比例することがわかっております」
「まず1つ、いい? 読書魔法ってなに?」
「ご存じない? それは勉強不足ですな。よろしいですか? 読書魔法はいかに多くの役立つ本をより速く読むかを究める魔法です。そのために倍速で本を読む魔法、一度に複数の本を読む魔法、読む価値のある本を判別する魔法、くだらない中身の本を焼却する魔法、本の内容をダイジェストで読み取る魔法、自分の代わりに24時間本を読んでくれる読書ゴーレムの召喚魔法、睡眠中に本の内容を囁いてくれる魔法など様々な魔法が生み出されております」
「えっ? ちょっ! ちょっと待って!?」
うわ、びっくりした。
急に姉ちゃんが大声を張り上げたからだ。
「それ……その魔法ってなんの意味が……? 本をいっぱい読む魔法? でも、自分にとって特別な一冊に出会えればそれでいいっていう人だっているでしょ? 自分の癖に刺さって一生推すことを決めちゃうような神みたいな本……! それを魔法で速く、あっという間に読み終わっちゃったら、もったいなくない……?」
「は? アネット様は読書を全く理解しておられない……巨乳ゆえの才の無さ、ここに極まれり。嘆かわしい。いいですか? 本はたくさん読んだ方がいいのです。つまり、本をたくさん読んだ者ほど偉い、ということ」
「え、偉い!? 本を読むのに偉い、偉くないがある!?」
「当然のことでしょう? 失礼ながら、アネット様はこれまで何冊の本をご覧になられました? 私は読書魔法を駆使してこれまで2万冊をくだらない本を読んでまいりました。私の方がより多くの本に触れ、あなたよりも多くの本を知っている。あなたの薄っぺらな読書から得られた推し本などよりも、私が多くの中から吟味して選び出した本の方がずっと価値がある。そう、私が推す本は誰もが読むべき珠玉の一冊なのです。その本の名はソウヌン・オーガニッの著した『THE 4』といいます」
図書室の魔法使いは、絶対に手出しされないという舐め切った態度で言った。
「アネット様も『THE 4』を読まれれば、少しは読書の神髄に触れることができるやもしれませんね。巨乳による頭の軽さはいかんともしがたいでしょうが。アネット様お気に入りの推し本がおありなら、それはさっさと焼き捨てなさい。どうせくだらない本です。そして、巨乳に誑かされるような程度の低いジナン殿下共々、精々『THE 4』から学ばれるとよろしい」
気配を感じる。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
これはきっと姉ちゃんの脳内血管に血流がドバドバ流れ込む音。
姉ちゃん、完全にキレた。
こうなると陰キャも人見知りもなにももう関係ない。
「ちょ、ちょっと待て姉ちゃん!」
「……あ゛? タカアキ……お前……わたしを止めるのか……?」
「違う。俺がやる」
姉ちゃんが喚き散らしてグルグルパンチを魔法使いに決める前に、俺が魔法使いの胸ぐらをつかんだ。
ひ弱な爺さんは、簡単に持ち上がる。
「なっなっ……! て、てててて手を出されるか!? やややや野蛮……!」
「あんた、首な」
「は? ははっ! お忘れか? 我々魔法学園に勤める魔法使いは立場を保証されていて、王族の一存で首になどできませんぞ?」
「いや、普通に考えてあんた舐め過ぎだから」
俺は、ふーっ、と溜息。
「王立の学園に、本当に王家から独立した自治があるなんてどうして錯覚していられた? 夢見がちなお爺ちゃん?」
「な、なにを仰られます……」
「あんたを辞めさせるのなんて、いくらでも理由つければいいだけのことだって話。たとえば……」
俺は姉ちゃんにちらっと眼をやる。
それを受けて、姉ちゃんがじめっとした笑みをゆっくり浮かべ始める。
「そうだな。たとえば、可憐でか弱く清楚な女生徒であるわたしに淫語を使ったわいせつ行為を働いたとか……」
「それなら王族の一存じゃなくて、普通に首になるよなあ?」
「わ、わわわわわいせつ行為ですと!? 私はなにも……こ、これは冤罪、冤罪ではありませんか!」
「巨乳だおっぱいだセックスだって散々言ってただろうがあ! 喋るポルノだろこんなの!」
「ポポポポポルノってあんた」
「ポルノを持った暴漢に襲われた時の正当防衛だ、おらあああっ!」
「もがあ」
姉ちゃんは図書室の魔法使いの口に、どこからか取り出したクッキーを突っ込んだ。
そして、俺は図書室の魔法使いを扉から外へ放り出す。
「……姉ちゃん、今、なに食わしたの?」
「新作クッキーだが?」
効能は聞かなかったし、俺に使われなくてよかったと思った。
こうして俺達は障壁となっていた図書室の魔法使いを排除し、隠された秘術の書を探すことが可能となった。
いやあ、王子でよかった。
権力権力ぅ!
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