第9話 悪役令嬢と秘術の書②

「……それにしても、1人で行けねーのかよ?」


 俺は姉ちゃんに文句たらたらだ。


 状態異常:発情を解消するために、秘術の記された魔法書を手に入れたい。

 その魔法書は魔法学園の図書室にある。

 だから、そこまで連れてけ。

 姉ちゃんの要求しているのはそういうこと。


 でも、それ、姉ちゃんが図書室に1人で行けば済む話じゃない?

 俺、ついてく必要ねえよなあ?


「いや、わたし、学園の図書室の場所よく知らないし」


 姉ちゃんは悪びれもせずに答える。


「だから、案内しろよ」

「なんで知らないんだよ? アネットの記憶とかあるんじゃねーの? それに姉ちゃんがアネットになってから少しは時間経ってるんだし、学園内出歩いて道とか覚えたりしてねーのか?」


 俺はジナン王子になってから、そうした。

 普通に学園内で授業も受けてるし、学園の生徒達と話してもボロが出ないくらいは馴染んだ。

 そのつもりだ。


「……だって、わたしはこっち来てからほとんどこの部屋に引きこもってたし……」


 姉ちゃんは口尖らせてごにょごにょ言った。


「……それにアネットの記憶があっても、わたし個人としては初めての場所に行くわけだから……1人とか心細いだろ……」


 声、小っさ。

 初めてのおつかいする子供か。


「ビビってんの? 図書室行くくらいで?」

「はあ!? 違いますぅ! 図書室へ行く道くらい余裕ですぅ! ……ただ、道わかんなくてうろうろして……それで誰かに図書室までの道を聞くとかハードル高過ぎなだけだし……逆に知らん人から話しかけられて過呼吸になるのが嫌なだけだけど……?」

「それをビビってるって言うんだよ!」

「いいから一緒に来てよ! わからない奴だな!」


 俺は溜息を吐く。


「……それを手に入れれば、姉ちゃんの状態異常は直るんだな?」

「そうだよ。なんといっても禁じられた秘術書だから。この世のあらゆる魔法を解除してしまう秘術が載っている、はず」

「……それってどうやって知ったの?」

「うん? なにが?」

「そんなヤバそうなものが、たかが学園の図書室に、しかも隠されてるんだろ? なのに、どこでそんな話聞いた?」

「……わたし、一回このゲームをクリアしてるんだぞ?」


 姉ちゃんはなぜだか勝ち誇ったように半笑い。


「その時の知識だよ」

「ゲーム内で秘術書とか出てきたから隠し場所も知ってる、と……」

「そう。後は封印を解けばいいだけ。簡単だろ?」

「簡単なら姉ちゃん一人で行けよなあ……」


 俺はそうぼやく。

 それから、首を振った。


「……じゃあ、しょうがねーから図書室まで連れてってやるか……」

「……手、繋げよ」

「……は?」

「手!」


 姉ちゃんが手を差し出してきたので、俺は姉ちゃんの気が狂ったのかと凝視する。


「え、なんで?」

「だから! 魔法のクッキーの効果がまだ残ってるから、その、スキンシップを求めてるんだよ! クッキーの所為だって言ってんだろ!」

「……姉ちゃんと手を繋いでお出かけとか幼稚園じゃねーんだから……」

「なにそれ、意識してんの? キモイんだけど?」

「そういうんじゃねーってのに」

「手を繋いでエスコートするくらい礼儀作法として当然の行為で、むしろこれやって、『あれ? これ俺のこと好きなんじゃね?』とか意識する方がよっぽど自意識過剰で引くんだけど? 手繋ぎくらいでキョドるお前に、わたしがドン引きだわ」

「うるせえなあ……わかったよ」


 俺は姉ちゃんの手を取った。

 姉ちゃんの手は微かに震えていた。


 ……どっちがキョドってんだよ……。

 そんなに部屋の外に出て他人と接触するのが怖いのか?


 俺は仕方なく、姉ちゃんの手を強く握りしめてやる。


  ◆


 周りの目が痛い。


「……まあ、あんなにべたべたと人目もはばからず……」

「さすが殿下はお盛んでいらっしゃる……」

「……神聖なる学び舎でいかなる破廉恥行為に及ぼうとも王族の特権で許されるとお考えなのでしょう……」

「アネット様もお労しや……」

「女子寮の部屋にまで押しかけて無理やり……」


 俺がそれらの声の元に顔を向けると、そそくさと生徒達が立ち去っていく。

 顔を背けて素知らぬ顔。


 俺は姉ちゃんの手を引いて魔法学園内を歩いていた。

 第3王子と大貴族の令嬢のペアに、誰も面と向かって注意してきたりはしない。

 だが、注意を引いていないわけではない。

 むしろ、がっつり噂のネタになっている。


「……けれどアネット様も満更でもなさそう……」

「……むしろ、お似合いの2人ではありませんこと……?」

「……アネット様もあそこまで愛されているのなら……」

「……これはご婚約も近いかも……」


おいおいおいおい!

なんか外堀埋められてる気しねーか!?

なんか似合いのバカップルみたいに認知され始めてる!?


俺は慌てて、姉ちゃんから身を離そうとする。

手繋ぎをやめて、健全な男女の距離を取ろう、と。

が、姉ちゃんの手がぎゅっと繋いだまま放そうとしない。


「ちょ、姉ちゃん……やべえって……みんな誤解してる……!」

「……くくく、ばあぁか……」

「な、なに!?」

「これでますます、お前はわたしと結婚しなきゃならなくなったね?」

「……姉ちゃん、俺をハメたのか……!?」

「ま、手なんか繋いで学園内歩いてたら噂になるくらい予想してたけど?」

「く……っ! だ、だがなあ! 俺は王子だ! そんな人の目なんか気にする必要はねーんだよ! 学園の生徒達がいかにお似合いだなんだ言っても……俺がそんな声に耳を貸さなきゃいいだけなんだ!」

「……ちっ! 強がっていられるのも今の内だからな……!」


 姉ちゃんは悪役みたいな捨て台詞を吐いた。

 いや、悪役令嬢だからこれでいいのか。


 とか言ってる間に、俺達は図書室に辿り着く。

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