第8話 悪役令嬢と秘術の書①

 俺は人目を気にしながら、扉をノックする。


「姉ちゃ……アネット、調子はどう?」


 ここはアネットの部屋の前。

 俺の隣にはサービスワゴンがある。

 ホテルでルームサービスの食事とかを乗せて運んでるあれだ。

 このワゴンにも軽食が載せられていた。

 もちろん、姉ちゃんのための食事だ。


 姉ちゃんはこの前の邪悪なクッキーのせいで感情がおかしいままだ。

 だからそれが収まるまで、と姉ちゃんを自身の部屋に閉じこもらせたのが3日前。

 それ以来、俺は姉ちゃんの様子見と食事の世話などでここに通っている。

 ちなみにアネットは王立魔法学園に付属する女子寮に住んでいた。

 となると、当然俺の存在はここでは異物となるわけで。


「……まあ、ジナン殿下……今日も……」

「……男子禁制の女子寮に……あんなに堂々と……」

「……やはり殿下ともなれば王族の特権で女子寮でも好き放題……」

「……それだけアネット様がお気に入りなのですわ……」


 ひそひそ。

 あちこちから女子寮生達の声が聞こえてくるような気がする。

 とんでもない誤解が広まっているようで、暴れてえなあああっ!

 そりゃ確かに文句言いたげな女子寮の寮監に、


『俺、王子なんだけど? ん? どうしたボウズ? ん? どしたどした?』


 といった態度で臨んだよ?

 悪いと思ってるよ?

 でも、しょうがねーだろ!?

 見た人触れた人老若男女誰でも好きになっちゃうチョロインと化した姉ちゃんの世話をするのは俺しかいなかったんだから!

 まあ、それはいいや。

 実際に王子としての権威を笠に着て無理を通したのは事実なんだから。

 女子生徒達からそのことで影口叩かれるのは、当たり前だしごめんなさいだよ?


 ……でも、アネットのことがお気に入りでその部屋に入り浸ってる不純なエロ王子呼ばわりはマジで濡れ衣だよなあああ!?

 なんか付き合ってるのが既成の事実みたいになってるのおかしいだろ!?

 これで姉ちゃんと結婚しなかったら、俺、姉ちゃんをもてあそんで捨てたクソ野郎みたいに思われちゃわねえか?

 そんなことまだ俺してねえのに……!

 不当判決……っ!

 これは理不尽……っ!


 とにかく人聞きが悪いので目立ちたくない。

 さっさと姉ちゃんに食事を渡して、そそくさと退散したい……!

 俺はちょっと焦りも入った速いテンポで、もう一度ノックする。


「アネット? まさか、いないのか?」

「……タカアキ?」

「なんだ、いるじゃねーか。ビビらすなよ。もしかして外に出て、手あたり次第にキスしたりパンツ見せまくってんのかと思ったわ」

「痴女みたいに言うな!」

「ほら、食事持ってきたぞ」

「……入って」


 そんな返事と共に扉が開かれる。

 俺はサービスワゴンを押して中へ。

 そこには制服姿のアネットが腰に手を当て立っていた。

 どこか斜め下を見ていて、俺の方を見ていない。


 お?

 発情していない?

 昨日とかだったら、中に入った瞬間、くねくねもじもじし始めて俺に熱視線直射してきてたのに。

 だから、俺は聞いた。


「もしかして、直った?」

「……ああ、もうお前なんか見てもなんとも……あ、いや……」


 姉ちゃんは急に言い淀むと、突然咳払い。


「ん、んっ……あ、あー……あーん、どうしようーまだ魔法が効いてるー」


 そうやって声のチューニングしたかと思ったら、甲高い声でくねくねしだした。


「このままじゃ誰彼構わず告白しちゃうかも~? 困ったなあ~?」


 ちらちらと、俺の様子を窺う様子が見てとれた。

 どうした、ボウズ? ん? どしたどした?


「……これを直すには魔法の秘術書を手に入れないと~……なあ、タカアキ? わたしを図書室まで連れてってくんない? そこに隠されてる禁じられた秘術書を手に入れれば、直せると思う」

「いや……でも、随分調子よくなってんじゃねーの? 昨日までなら、俺の顔見るなりおっぱい見せようとしてきたり、抱き着いておっぱい押し付けてきてたし」


 途端にアネットの顔が真っ赤に沸き立つ。


「そっ、それはっ! 全部魔法のクッキーの所為でっ! 本気じゃないっ!」

「だから、そんな気が無くなったんなら魔法もう解けてんだろ?」


 俺はそう肩を竦める。

 言われたアネットは下唇噛み締め。


「……く……っ! ドスケベやろーが……! ……え、ええわいっ! やったるわいっ! ……あ、あれ~? な、なんか体が熱いなあ~? ちょ、ちょっと脱いじゃおうっかな……」

「やめろやめろやめろっ! おもむろに乳首出そうとするな!」

「そこまで出すかっ! なに期待してんだくそがっ! ちょっと胸元開けようとしただけだろ!」

「あ、そうなん? 昨日はその巨乳丸出しにしようとしたから焦ったけど……なんだやっぱもうだいぶ直ってんじゃん。よかった」

「く、くくくっ! くっそエロがき……! ほ、ほら! こ、これで……いいだろっ!」


 おちくびポロリン スッポロリン

 そんな昔話のお囃子が思い出される。


「いや、だから出すなって言ってんだろ!? 人の話聞け!」

「お前の話を聞いたからこんなことしてるんだろうが! さ、さあ! わたしを図書室まで連れてけ、連れてけよおい! ここまで私にやらせたんだからなっ!」

「わかったわかった! だからもうしまえって! だらしねえっ!」

「誰がだらしない乳だよ! 垂れてないわっ!」


 そういうだらしないじゃねーんだが。

 身内が裸でうろうろしてたらだらしなくてイラっとするだろ。


 俺は姉ちゃんの奇行にほんとげんなりする。

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