第5話 初めてのお菓子作り①

 その日、俺が昼休みにロイヤルルームに行ってみるとアネットが待ち構えていた。

 金の豪奢な髪に巨乳のS級美少女だが、中身は俺の姉ちゃんだ。

 初手、むくれてやがる。

 頬っぺた膨らませて、イライラ声。


「なに真面目に授業とか受けてんの? わたしずっと待ってたんだけど?」

「ああ、姉ちゃん、やっと立ち直ったのか」


 俺と姉ちゃんが乙女ゲーの世界に入り込んだらしいその日。

 姉ちゃんは他人とのコミュニケーションがあまりに取れなさすぎるショックで寮の自室に引きこもった。

 以来、2日ほど姿を見かけなかったが、ようやく学園にやってこれるくらい回復したらしい。

 とか思ってたら、アネットはまだ病んでるみたいだ。

 頬を引くつかせて、口角の片側だけ吊り上げる。


「……へへっ。ああ、そう? わたしが自分の部屋で毛布にくるまってうーあー呻いて足バタバタさせてたとき……お前はさぞかし、学園でへらへら女の子はべらかしてエロいことでもしてたんだろうなあ? おっぱい揉んだりさあ!」

「おいおい喧嘩か?」

「そんな陽キャ様からみたら、今のわたしも立派に立ち直ったように見えるってわけ?」

「まあ、そんだけ人に文句言えるならもう大丈夫だろ、姉ちゃん」

「……こんなの言えるのお前だけなんだよ、わたしは! そりゃお前は周りにいくらでも友達がいるからいいだろうけどっ! ま、王子様ともなればケツの軽い頭パーのかわいいだけの女子とかいっぱい寄ってくるもんなあ!?」

「言いがかり過ぎる! そんな俺の周りに女子とかいねーよ!」

「嘘つけ! ゲーム内ではジナン王子はモテモテだったんだぞ! お前も……誰かに手出してんじゃないの!? 不潔! ポルノ!」

「俺だって、訳も分からずこんな学園で王子とか言われて、周りに合わせるので精いっぱいだよ。魔法の勉強だとか剣術だとか……知らねーよそんなの! だから、女の子と遊んでる場合じゃねーし」

「……ほんとに周りの女子に手を出したりしてないだろうな?」

「しつけーな!? なんでそんなに気にするんだよ?」

「そ、そりゃ、お前が結婚するのはわたしなんだから……」


 俺はその話を思い出して、背筋がざわっとした。


「……姉ちゃん……マジでその話、もうやめねーか?」

「お、お前が他の女に手を出してたらバッドエンドになっちゃうんだよ、しょうがないだろ! ……お前だって、このアネットのおっぱいには興味津々のくせしやがってよぉ。正直になれよ? わたしと結婚したら、まあ、おっぱいくらいは自由にしていいから、さ」

「ぜってぇしねえ」


 口ではそう即答。

 だが、手先は思わず、柔らかいお椀状のモノを掴むポーズになりかかる。

 鎮まれ、鎮まれ……!

 ……くっそ……中身が姉ちゃんでさえなければ、あるいは……。


 姉ちゃんは、はあ、と溜息。


「実の姉をバッドエンドから救おうともしない、ほんとに冷たい弟だよ、お前は! 冷たいと言えば……この数日間、わたしが部屋で閉じこもりっきりだったのに、お前、気にもしてなかったよなあ!?」

「気にしてないわけないだろ!?」

「なら、心配してわたしの様子くらい見に来いよ! 家族だろ!?」

「……だって、あんな風にへこんだ時の姉ちゃん、なに言ってもネガティブに捉えてますます落ち込むじゃん。放っておくしかないかなって……」

「く……っ!」

「心当たり、あり過ぎるだろ?」

「……いいよ、お前が見舞いに来なかったこと、わたしは許してやる……わたしは優しくて心の広い姉だから……よかったな、タカアキ?」

「恩着せがましい……」


 神妙な顔した姉ちゃんは繰り返して言う。


「わたしは許す……だが……このクッキーが許すかな!?」


 と、姉ちゃんはタッパーみたいなものを突然どこからか取り出し、俺に突きつけてきた。


「ク、クッキー?」

「そう。わたしはお前と違って思いやりがあるから……わたしがこうやって異世界人とのコミュニケーションに苦しんでるのと同じように、お前も突然こんな世界に来て大変だろうな、と思いやることができるんだよ」

「話が見えないな。続けたまえ、姉ちゃん」

「なに目線だ、お前! まあ、いいけど……そして、そんなお前の苦労を少しでも労わってやろうと、わたしはこうして自作クッキーを持ってきてやったの。どう? 姉として、家族としてのこの思いやり? お前にそんな気の利いたことできるか? んん?」


 アネットはドヤ顔でも美人だな。


「じゃあ、なにか? 姉ちゃんは学園休んでまでしてクッキー焼いてたってのか? 俺のために?」

「そうだよ。嬉しいか?」


 どう? どう? と言いたげなアネットの表情を見ていると、俺はむずがゆさを感じる。


「……ま、ちょっとは……」

「そこは大げさに喜べよ! そして、この心優しいわたしとたちどころに結婚したいって言え!」

「結局、それかよ。クッキーで俺を釣って結婚しようって? まったく……」


 そこまで言って、俺は気付いた

 クッキーの入ったタッパーを見、自信満々なアネットの顔を見る。


「……あれ? 姉ちゃん……クッキーなんか作れるのか? ていうか自炊自体したことないんじゃ……」

「ああ! だから初めて作った!」


 ……大丈夫だよな?

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