第4話 姉ちゃんとコミュ力②
俺は言い聞かせるように、姉ちゃんの目をしっかり見て話す。
「誰かに話しかけて無視されたら普通に傷つくって、姉ちゃんだってわかるだろ?」
「ぐ……わ、わかる、けど……」
あ、目逸らしやがった。
これは逆ギレするパターン。
「……それでもわたしは知らない人と話すの苦手なんだよ! わかれよ! その……お前がわたしの代わりに会話しとけばいいだろ、陽キャがよぉ!」
「いやいや、それくらい自分で話せよ!?」
姉ちゃんは出もしないのに、かーっぺっ、とばかりに痰を吐く真似をした。
「へっ! 出た出た。できる奴はできない奴にいつもそう言う。『簡単なことだろ? なんでできないの?』わたしはできねえんだよ! 知らん人に挨拶とかっ! 知らん人に声かけて変に思われたら嫌だしっ! それどころか知ってる人にだって声かけたくないの! なめんなっ!」
「そんな開き直りあるか!?」
「とにかくっ! わたしはそのエーコのこと怒ってるわけじゃないから。単にわたしがちょっと……奥ゆかしいだけ」
「じゃあ、自分でそのこと、怒ってないってことをこの人に伝えろよ。このままじゃかわいそうだろ。こんなに追い詰められて……」
「え」
「いいか? ちゃんとこの人の目を見て話せよ? 無視してごめんなさいってちゃんと謝れるよな?」
「おい、待てヤメロバカ」
まったく姉ちゃんは俺にはギャンギャン言うくせに、なんで他人に対してはゴミみたいなコミュニケーション能力しか持ってねーんだよ……。
そう思いながら、俺はエー嬢に活を入れた。
はっ、と意識を取り戻すエー嬢。
「……え? あれ? 私、いったいなにを……?」
「いいか? 落ち着いて聞いてくれ。姉ちゃ……アネットから話があるそうだ」
「……あっ! そういえば、私、アネット様に粗相を……!」
土下座して頭ガンガン再開の予感!
俺は慌てて言い添えた。
「待った待った! 大丈夫だから! アネットは怒ってないって。そのこと、本人がちゃんと説明するから」
「は、はい? そ、それはどういう……?」
「な? そうだろ? アネット?」
「……」
「……アネット、さん?」
「……」
そっぽ向いてやがる……!
仏頂面で嫌そうな顔!
態度悪っ!
「……姉ちゃん……?」
俺は静かな声でもう一度。
もう一度だけ呼びかけた。
その声の調子に、姉ちゃんはびくっと身を震わせる。
それから俺の表情を盗み見て、さらにびくっ。
「……そ、そんなに怒ることないじゃん……」
「この人に言うことあるよな?」
俺は姉ちゃんに再び促す。
姉ちゃん(アネット)は能面のように無表情。
が、ひくっ、と頬が痙攣した。
……これは……新しい形の笑顔……?
「……ふ……えふっちっ違う……よ?」
声、小っさ!?
「は、はいぃ?」
エー嬢も聞き取れず、思わず身を乗り出してしまう。
「……わ、わたし……おおおこ……怒ってえ、えふぇないっ……から……安心ん、ふふ、んふん、して?」
それから精一杯の笑顔。
そのべたつく笑みに思わず俺の口から言葉が漏れる。
「……oh……miss smile……」
姉ちゃんは血圧が上がっているのか、顔を次第に赤らめていく。
しかもテンパったらしく口からとめどなく言葉が溢れ出てきた。
「ひ、しょ、しょの……わ、わたし、自分に言われてると思わなくて……なっ慣れてないから一瞬、返事するの遅れちゃっただけ……で、でっも、ワンテンポ遅れて返事したらへへへ変、じゃない? こいつ今になってなに言ってるの? タイミングわかってないの? それもう終わってるんだけど? って思われるって思ったら、も、もうむしろなにも言わない方が、その、最初から聞こえてなかった風にした方が筋が通ってるっていうか? いっ一貫性? って思ったらもう何も言えなくなって……ほ、本当は聞こえてたし、む、無視したいと思ってたわけじゃなくて不可抗力で、だからなにか怒っていてあなたの言葉を無視してたわけじゃないの。ご、ごごごごめん……ね?」
エー嬢も戸惑い気味だ。
「あの……こ、これは新しい形の罰でございますか?」
「えっ? あっ」
「アネット様が何を仰られているのか、よく伝わらなくて……」
「あっ! あっ、あっ」
「申し訳ありません、アネット様。もう少し噛み砕いてお話しいただけると助かるのですが」
「あっ、あっ、えっ、あっ」
「アネット様の仰ること、理解できない愚かな私をお許しくださいませ」
姉ちゃんは、えっ、とか、あっ、しか言えないオモチャみたいになった。
最後、下唇噛み締めた笑い泣きみたいなすごい表情になって、
「あっ、あっ、あのっ、あのっねっきょ、今日……あっふ休む……」
それだけ言うとくるりと俺達に背を向け、ぎくしゃくと歩み去ってしまう。
手と足が同時に出ている。
どうやら自室に引き返すようだ。
「あ、あの、アネット様? お、お待ちください、アネット様!」
エー嬢が戸惑いながら姉ちゃんの後に続いた。
そして授業開始の鐘が鳴り、俺は遅刻したことを知る。
無理に会話なんかさせなきゃよかったか……?
姉ちゃんになんか心の傷を負わせてしまったようで……マジ悪いことした気になってきた。
ごめんな。
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