第3話 姉ちゃんとコミュ力①
結局、嘘泣きで俺から結婚の言質を取ろうとしてたってわけか。
まったく姉ちゃんは油断も隙もねえ。
姉ちゃんに泣き落としでほだされかかるなんて、俺も甘すぎる。
騙されかけた。
俺は吐き捨てるように言う。
「姉ちゃんがどうなろうが、俺もう知らねーからな!」
「ち……! 薄情者がっ!」
俺達がギャーギャーやり合っていると、鐘が鳴り始めた。
「……あ」
俺達は顔を見合わせる。
これは朝の授業が始まる前の予鈴だ。
俺と姉ちゃんは同じ第1学年で同じクラスになる。
「……とりあえず、授業に出なきゃ。行こうぜ、姉ちゃん」
授業に出る。
その言葉を聞いた途端、アネットの表情が、すん、となる。
「えー……? ……行きたくない」
「はあ? 転生して早速サボりかよ?」
「……別に? ……わたし大貴族だし……サボっても大丈夫だろ?」
「こっちのゲーム世界でバッドエンド回避するまで生活するつもりなら、こっちの世間体とか気にしろよ! 一応、ゲーム内でもキャラの立場ってもんがあるんだろうから」
「あー、いやだいやだ。面倒くさい! ……知らん連中とみんなで揃ってお勉強ごっことか……部屋でゲームしたりマンガ読んだりしてたいだけの転生人生なんだけど!」
「そんな怠け者の大貴族なんてべたな悪役、皆から白い目で見られるだろ! それこそ姉ちゃん、悪役令嬢としてヘイト買ってバッドエンド直行だろうよ」
「……馬鹿らしいわ。お前がわたしのこと結婚相手にするって宣言しちゃえば、わたしもう勉強なんかしなくても楽に暮らせるってのに……なんでわたしに無駄なことさせようとすんの?」
口尖らせて、ぶーたれきった姉ちゃん。
このクズ姉……っ!
俺はアネットの腕を取った。
「ちょっ、おま……!」
「だらだら暮らしたいから俺と結婚して寄生するつもりかよ!? 最低な姉だな!? さっさと行くぞ!」
「あーイタイイタイ! 放せって!」
俺は姉ちゃんをロイヤルルームから引っ張り出す。
と、扉の前に立っていた女生徒とぶつかりそうになった。
「……っと! あぶねーあぶねー。悪りぃ! びっくりさせちゃったか?」
その女生徒は目を丸くして俺を見あげてきた。
かわいいが、どこか薄い印象の少女だ。
「え!? ジナン殿下!? その下民のようなお言葉遣いは……?」
「あ。いや、その……す、すまない。怪我はなかったか?」
「は、はあ、私ごとき者に過分なお言葉、誠にありがとう存じます。……あっ!」
女生徒はアネットの姿を見て身を縮こまらせた。
それから平身低頭。
「お待ちしておりました、アネット様。ささ、どうぞお鞄を。お持ちいたします」
そこで俺は思い出した。
確かこの子はアネットの取り巻きの女生徒だ。
下級貴族の娘で……えーと、第3王子ジナンとの関りは薄いからかよくは思い出せないが……。
アネットに召使のように仕えている。
実家の男爵家がアネットの家に莫大な借金をしているとかなんとかで、アネットの世話をする侍女となるべく学園に入学してきたとか聞いた。
名前はよく知らないが……エーとかビーとかそんな名前だ。
そのエー嬢に畏まられても、アネットは無言だ。
そっぽを向き、エー嬢の目すら見ない。
「……あの、アネット様……どうかされましたか?」
エー嬢のオドオドした声。
それでも知らんぷりを続けるアネットに、『おい、聞かれてるのに無視するなよ』と俺は言おうとした。
その時だ。
「わ、私、また粗相してしまいましたでしょうか!?」
エー嬢ががばっと床に手をついて謝り始めたのでビビった。
姉ちゃんもビビったらしく、俺の制服の裾をぎゅっと掴んでくる。
「ど、ど、どうかお怒りをお鎮めください! わ、私を鞭うつことでお気をお鎮めになられるのでしたらどうぞ私めに罰を! で、でも、どうか、どうか我が父や兄はお許しくださいませ! ああ、どうか! どうか後生です!」
床にガンガン頭ぶつけて謝り始めるので、こっちはドン引きだ。
俺は急いで、エー嬢を抱き起す。
「ちょ、ちょ、ちょーっ!? なにやってんだ、あんた!?」
「で、殿下! お止めにならないでください! アネット様のお怒りを鎮めねば、また我が家にどのような無理難題が課されることか……! アネット様に無視されるのは、私に至らない点があったということ! ああ、どうしたらよろしいですか!? 朝4時からお傍に控えておけばよろしいですか!? それともご寝所でアネット様がお休みになってから私が退室する時間を午前1時まで延ばせばよろしいのでしょうか!? 私に差し出すことができるのはもう睡眠時間くらいしか……っ!」
錯乱しとるやないか!
……当身。
エー嬢は静かになった。
ふー、習っててよかった。
第3王子は武芸が得意ってことになってるからな。
それにしても……今まで、アネットにどんな酷い目に遭わされてきたんだよ、この人……。
俺は姉ちゃんに向かって眉をひそめて見せる。
姉ちゃん、ひどいな、と非難の意を込めて。
姉ちゃんは、「え、違……!」とか言葉にならない声を上げ、ぶんぶん首を振り始めた。
「……そ、それっ! わ、わたしじゃない……っ!」
「でも、この人そう言ってたぞ」
「それはわたし達がここに来る前にアネットがやったことだろ!? わたし悪くないよねぇ!?」
「いやいやいや! 今さっき、この人のことガン無視してたやん。それで姉ちゃんが不機嫌だと思って発狂したんだぞ、この人」
「……え? だって……よく知らん人だし……話すことないし……雑談とかわたしできんし……答えは沈黙一択……だろ……? 無視したわけじゃないよ。ちゃんと話は聞いていた」
「なんでだよ!? こんにちわー、の挨拶くらいでもいいからしろよ!」
姉ちゃんの他人に対するコミュ障ぶりに、俺は頭を抱える。
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