第2話 酷いはじまり②
本当に悪夢だ。
俺と姉ちゃんはいつのまにか、気付いたらこんな異世界にいた。
姉ちゃん曰く乙女ゲーの世界に。
しかも、俺も姉ちゃんもゲーム内で重要なキャラの中に入ってしまっているらしい。
そう言われれば、俺もなんだかこのゲームの世界での出来事や人物の記憶がある。
ここがロイヤルルームだっていうのも、俺達が王立魔法学園に在学しているっていうのもおぼろげに思い出されてきたものだ。
そんなわけで俺、現実世界ではハザマ・タカアキっていうただの高校生が、こっちの乙女ゲー世界ではデイモン王家の治める神聖勝利王国の第3王子ジナンになっている、と理解したわけだが……。
同時に、俺はここロイヤルルームに一緒に居る悪役令嬢アネット・ミトが現実世界での俺の本物の姉、ハザマ・モトコだっていうのも理解した。
そして、乙女ゲーの中のアネットがこのままだとバッドエンドを迎えるってことも。
そのアネットが金の髪を揺らしながら、俺に指突き付けてくる。
「わたしが助かるには第3王子ジナンの扶養親族になって、一生養ってもらうしかないんだよ! 一回、ゲームクリアしたわたしが言ってんだぞ! もう四の五の言わず結婚するって言え!」
……こっちの姉ちゃん、いちいち動くたびに胸がはち切れそうなんだよなあ。
制服、あってないんじゃねーの……?
俺は目線を固定させたまま、答えた。
「嫌だよ」
「この……!」
アネットは唇をきゅっと噛み、それから俺の視線に気付いたようだった。
一瞬、ぎょっとした顔。
が、次の瞬間、綺麗な顔つきに似合わぬ歪んだ笑みを浮かべる。
どこか勝ち誇った小憎らしい表情。
「ははぁん? きっしょ……。ま、でも、しょうがないか……。ほら! お前、巨乳好きだよな?」
姉ちゃんの野郎……! マンガのアホギャルみたいに情緒もへったくれもなく胸元をぼいんと突き出してきやがった……!
く……!
鎮まれ……! 鎮まれ、俺の視線よ……!
いくらデカくても中身姉ちゃんやぞ!?
ていうか、俺のトップシークレット個人情報である性癖をどうして知っている……?
「……なぜ俺が巨乳好きだと思った?」
「検索履歴見た」
「姉ちゃんさああああああっ!」
俺は膝から崩れ落ちそうになる。
勝手に掘るなよ!
そんなん戦争やぞ!
……てことはあれか?
俺が『メガおチソチソVSヒュージおっぱい』とか『ふらいんぐおっぱいジャイアント』、『おっぱいトルネード2』を見てたことも全部バレてんの!?
実の姉とはいえ……消すか……?
俺のそんな葛藤など露知らず。
姉ちゃんは、ぼくのかんがえたさいきょうのセクシーポーズ、みたいな格好をしてみせてきた。
正直、だっさ。
「しょうがないから……お前が結婚するって約束するなら、その、このキャラのおっぱい、さわらせてやってもいいぞ」
俺、乾いた笑い。
自分のこめかみに人差し指添えて、くーるくーる。そして、ぱー。
「姉ちゃん、頭大丈夫か? 誰が姉ちゃんの胸触ろうなんて思うんだよ!?」
「わたしじゃない! これはアネット! このゲーム内でも中々のおっぱいの持ち主なんだぞ! それを目の前にしてやりチン陽キャのお前が見過ごせるわけないだろ? おら、触りたいなら触れよっ! ケダモノがっ!」
「誰がやりチン陽キャだ!?」
「……とか言いつつ? 今もガン見してるみたいだけど? どこ見てんだ?」
「……く……っ!」
そこまで言われて、やっと、遂に、断腸の思いで、俺は目を逸らす。
現実の姉ちゃんと違って、マジでおっぱいでけーんだよな、このキャラ……。
姉ちゃんのまな板にぽっち2つなんて代物を見慣れていた身からすると、その、クラクラする。
……でも、中身姉ちゃんだしなあああ!
くっそ! 萎える……。
おっぱいに罪はねーのに……。
「無理スンナよ? ちっちゃい頃からドエロでわたしのパンツ隠してたようなお前がこのおっぱいに耐えられるわけないだろ? 諦めてさわって……わたしと結婚しろ?」
「俺、そんなことやってねーからな!? 信じられん嘘さらっといれてくるな姉ちゃんは!?」
……この理不尽さ……!
姉ちゃんの横暴もここに極まれり……!
俺はこれからもこんな目に遭い続けるのか……。
……いや、そうじゃない。
俺は、きっ、と鋭い視線を送った。
「ん? なに、タカアキ? その目は? わたしに逆らうの?」
「……姉ちゃんさあ、勘違いしてんじゃねーの?」
「はあ?」
「これまで俺は姉ちゃんにいいようにやられてきたけど……こっちじゃあ、そうはいかない」
「へえ? 偉くなったねえ?」
「そうさ。俺の方が偉いんだから」
「……え? な、なに……?」
俺のいつにない態度に、急にキョドりはじめる姉ちゃん。
目が泳ぎ、制服のスカートのすそをいじり始める。
そして、俺の中で流れ始める処刑BGM。
「俺はこの国の王子だろ? で、姉ちゃんは名門とはいえ王家の家臣、貴族の娘だ。姉ちゃんが結婚したいと言っても、俺が嫌だって言えば、みんな俺の言うことを聞くだろ」
「は? はあ? お前、まだわかってないの!? わたし、結婚しないとバッドエンドなんだぞ? 見捨てるの? 家族であるわたしを?」
「この世界じゃ家族じゃないしな」
「タカアキ……! お前マジで言ってる……?」
「言ってみれば、俺の方が姉ちゃんの生殺与奪の権を握っているわけで、立場は上。姉ちゃんを生かすも殺すも俺次第……姉ちゃん、それ、わかってる?」
「……くっ」
「俺と姉ちゃん、どっちがお願いする立場なのか、わからせてやってもいいなあ?」
俺はなんだかうきうきしてきた。
姉ちゃんに土下座させてこれまでの横暴を謝らせてやる……!
積年の恨みを晴らす。
これはその絶好の機会だ!
「う、うう……」
姉ちゃん、いや、アネットは言葉にならない声を漏らす。
それから、がっくりと肩を落とし、上目遣い。
「わ、わかったよ……」
「へえ? どうわかったんだよ、姉ちゃん?」
「お、お願い……します……わたしのおっぱいさわってもいいから……助けて……」
アネットは顔を真っ赤にして、泣きそう。
……やり過ぎたかな?
いや、でも、俺は知ってる……!
姉ちゃんのこすズルい嘘泣きの威力を……!
ちっちゃい頃からおやつの取り合い、オモチャの取り合い、ゲームの勝敗、全てを掠め取り、あとから舌を出してくる卑劣さを!
ここで甘い顔すると全部姉ちゃんの都合のいいように持ってかれるぞ!
俺はそっけない口調で言った。
「口ではなんとでも言えるからなあ。態度で示してもらわないと」
「い、いいよ。タカアキがそうしたいなら……。こ、こんなこと、本当は姉弟でしちゃいけないことなんだぞ……」
「いや、おっぱいはいいんだ。ヤメロ。突き出さなくていい。そういう態度じゃなくて!」
「じゃ、じゃあ、ど、土下座でもしてタカアキにお願いしたら……本当に結婚してくれるんだな? わたしと……ほんとのほんとに一生一緒にいてくれる……?」
うるんだ瞳は心細げ。
縋るような声。
「……わたしのこと見捨てて一人ぼっちにしない……?」
家で、休みの日、誰ともどこにもでかけず、ずっと虚ろな目でゲームしてるだけの姉ちゃん。
学校で、昼休み、一人ぼっちでずっとベンチで総菜パンを食べていた姉ちゃん。
体育祭のとき、みんなが応援合戦している間、端っこでポツンと座ってた姉ちゃん。
そんな光景が、ふと、俺の中に浮かぶ。
……俺はなんだか姉ちゃんがかわいそうに思えてきた。
「……ああ、そうだな。正直、姉ちゃんのことなんかもう一生俺の奴隷みたいにしてこき使ってやろうと思ってたけど、そこまでは……」
言いかけて、正気に返る。
あれ?
そうすると結局俺は……本当に姉ちゃんと結婚しないといけないのか?
あの姉ちゃんと?
ド真っ黒の黒髪ジャージ姿で寝っ転がってはクソ動画見てえへえへ笑ってるような姉ちゃんと?
それって……死ぞ?
生きるべきか死ぬべきか……。
「ごめん姉ちゃん、やっぱ無し」
「はああ!? 今更なに言ってんだ!? 結婚しろよ、おい!」
さっきまで泣きそうだったのはなんだったんだよ!?
これは俺と姉ちゃんの生死をかけた結婚の物語だ。
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