乙女ゲー世界の王子様に転生したけど、こいつとは絶対結婚しない

浅草文芸堂

第1話 酷いはじまり①

「結婚……して?」


 そう言う少女の頬は赤く染まっている。

 言い辛いことを彼女の口から言わせてしまった。

 俺は、気の利かない奴だ、ときっと激しく責められるに違いない。


 ここは王立魔法学園にあるロイヤルルーム。

 王立魔法学園とは魔力を持つ貴族の子弟達が魔法を学ぶための学園だ。

そのロイヤルルームと言えば王族や名門貴族しか立ち入ることのできないVIPルームとなる。

 俺的には、お金持ち学校の生徒会室……といった雰囲気か。

 広々とした部屋には、でん、と黒檀の執務机が置かれている。

 その前に並べられたソファとテーブルには細かな模様が施されていて、いかにも高そう。

 壁には赤地に獅子の王国旗が飾られ、厳粛な気持ちにさせられる。

 そんな旗の前で、俺は美少女から告白を受けていた。

 授業前の朝のひと時、この場所に他の者の姿はない。


「もう……わかっているでしょ?」


 豪奢な金髪に相応しい、縦ロール。

 気品と誇りを感じさせるお嬢様だ。

 学園の制服を着ていても、それを貫いて名門の威風が見てとれる。

 制服を貫きそうなのはその胸も、だ。

 はちきれんばかりのその胸元に俺の視線が誘導されたとしても誰も責められない。

 更に、俺が戸惑うくらいのかぐわしい香り。

 キメの細かい白い肌は滑らかだろう。

 その肌が微かに震えている。

 緊張しているのか。

 それとも他のなにかに耐えているのか。

 ぷいっと横を向いて口を尖らせている様も見た目はかわいいが……。

 俺はこれから引き起こされるであろう感情の爆発に備える。

 彼女は絶対、気持ちを昂らせることになるだろう。

 一呼吸おいて、俺は落ちついた声で返した。


「するわけねーだろ」


 うん、思ったより冷たい声で言えたぞ。

 ここできっぱり言っておかないと。

 いつもみたいに調子に乗らせてはいけない。


「……は?」

 

 ひぇ。

 美少女の返答はドスが効いていた。

 一気に周囲の空気が冷え固まったかのよう。

 その証拠に、俺は息苦しい。

 空気が固まって吸い込めなくなっているからに違いない。

 これはなんらかの外れスキルのチートな利用法……?

 そして、奴の瞼が引くついていやがる……。

 やべえ合図。


「……お前……わたしが我慢して頼んでやってるのに……今、なんつった?」


 俺、多大な勇気を振り絞って口答え。


「結婚なんてするわけねえって言ったんだ」

「……よくそんなことが言えたもんだな、ああんっ!?」


 狂犬みてえ。

 歯ぁ剥き出して血走った目。

 美少女のガワが台無しだ。

 やっぱり中身が滲み出ちゃうんだな。


「わたしが困ってるんだぞ!? 普通、お前の方から『結婚させてください、面倒は全部見ます』って頭下げて頼むもんだろぉん!? それをまったく気の利かない奴だよ、お前は! ちっちゃい頃からほんとにもう! やり直し! ちゃんとやれ!」

「そっちこそよく考えろよ! 俺達が結婚するとか……ありえねーだろーが!」

「ああああああっ! この色ボケのナスガキはよぉっ! あれか? 陽キャだからって偏差値低い生き方しても余裕とかかましてんじゃねえぞこらぁ!? わたし、何度も説明したよな? それでも理解できないバカなの? わたしはお前と結婚しなけりゃバッドエンドまっしぐらなんだよ! なのに……そのわたしを見捨てるってのか!? 鬼! 悪魔! イキリ陽キャ!」


 口汚ねえ……。

 しかも、地団太踏んでマジでガキだ。

 俺は言い返す。


「なんと言われたって俺は嫌だかんな! 姉ちゃんと結婚するとか! キメえよ! マジで気持ちわりい!」


 美少女がびくっとした。

 俺の言葉が心の敏感な部分に触れてしまったらしい。

 震え声になっている。


「あ? わたしのことキモいって言ったのか? タカアキ、お前……! 家族にまでキモいって言われたらわたし……わたし……! あああああ、畜生っ! どうせ、どうせわたしは……!」

「いや、姉ちゃんも気持ちわりいって思わねえの!? 姉弟で結婚だぞ!? 想像しただけで……うぇええぇぇえ」

「なにキメえこと想像してんだよ、お前えっ! 結婚ったって、本当に結婚するわけじゃなくて! お前はただ、わたしを一生養って面倒見てくれりゃそれでいいんだよ! まさかお前……わたしに変なことしようとか考えたわけじゃないだろうな!? きっしょ!?」

「誰が!? ていうか、姉ちゃんのことを一生養って面倒見ろとかそれもきついんだが!?」

「お前はこの国の第3王子なんだから、わたしの面倒くらい余裕で見れるんだよ! だから、結婚するって言えや!」


 俺は天を仰ぐ。


「なんだってこんなことに……! おかしーだろこんなの!?」

「しょうがないだろ! わたし達はなんだか知らないけど、わたしがやってた乙女ゲーの世界に入り込んじゃったんだから! しかもわたしはこのままじゃバッドエンド確定の悪役令嬢なんだぞ!? ゲームの主人公蹴落として王子と結ばれるしかマシな結末ないんだよ! 弟なら姉を助けろ!」


 ニューポート領主ミト侯爵家の娘、アネット・ミトは神聖勝利王国第3王子である俺、ジナン・デイモンにそう凄んでみせた。

 やっぱり悪役令嬢なんだな、と納得する怖い顔になっていた。

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