第12話 静かな夜と、騒がしい朝①(解呪)

 彼の手にあった白石の指輪が、変化を見せた。


「?」


 夜の黒い窓に映るそれを、はじめ何かの反射で見間違えたのだと、サミュエルは思った。


 しかし。

 明らかに指輪が多彩なきらめきを見せはじめ、彼はあわてて石を確認する。


 サミュエルの指にあった、ただ真っ白だったはずの石は、七色の遊色を内包して神秘の光を発していた。それとともに魔石の魔力が高まってきているのを感じる。


「!!」


「アーレ、それは?」

 サミュエルの困惑に、エマも気づいた。視線を寄せて尋ねてくる。


「これは……、俺の呪いを解くために取り寄せた魔石なんだが……」


 今までどうあっても、何の反応も見せなかった。それがここに来てなぜ突然──。


(もしや発動している?!)


 エマをソファに残し、サミュエルは部屋中央の執務机に急いだ。

 引き出しを開け、ナイフを取り出す。


「アーレ!」


 エマが悲鳴に似た叫びを上げた時には、彼の腕には一筋の切り傷が、赤い血を垂らしていた。


「…………」


「アーレ! どうしたの! 大丈夫? 痛くない? すぐに治療をしないと」


 無言で傷を見続けるサミュエルに、エマが走り寄った。

 

「……治らない」

「え?」


「エマ、傷が治らない!」

「え、ええ」


 どうしちゃったの、アーレ。


 そう言わんばかりの眼差しを向けるエマに、サミュエルは言葉を足した。


「《魔王妃の涙》が有効なら、こんな傷、すぐに消えてたんだ」

「!!」


 理解した。彼の、言わんとすることを。

 確かに瀕死の状態からも、彼はあっさりと全快した。


「じゃあ、もしかして」

「ああ。呪いが解けたのかもしれない」


 ふたりは思わず、顔を見合わせた。


 40年以上、サミュエルを悩ませ続けた、"時を止める"呪い。

 どんな傷も病気も治してしまう反面、一切年を取ることも出来ず、社会から姿を隠すより仕方がなかった呪い。


 その呪いが今、《聖女の微笑み》と呼ばれる白石の魔力によって、消されたかも知れない。


 サミュエルの胸は高鳴った。


(これで人間として、エマと年を重ねていくことが出来る──?)


 もちろん、実際には何年かを経てみなければ変化はわからない。

 だが、手につけた白石の指輪が効力を発揮しているのは、まざまざと実感できた。体内の細胞すべてが一斉に芽吹いたかのように、呼吸し始めたのを感じる。

 今まで覚えなかった、時が刻まれていく感覚。


 "希望がつながった"。


 そう思った。


「エマ!! きみはきっと幸運の女神だ!」

「ふぇえ?!」


 両手を強く握られエマは、あまりの顔の近さに心臓が張り裂けそうなほど、どぎまぎした。


(わ、私は何もしてないのに)


 正直、生まれて16年のエマに、サミュエルの苦悩は実感し辛い。

 本心では、"アーレ・・・が怪我をするなど耐えられないので、奇跡の光は維持しておいてほしい"とも思う。


 それでも彼が時間に取り残され、幾人もの人や世間と別れて来たことに思いを馳せると。


(良かった──)


 心から、そう思えた。


 彼の全身からはじけるような喜びが、触れた指先を通しエマに伝わってくる。


「良かった、アーレ」


 改めて、微笑みながら。エマは再び愛しい相手の口づけを受け入れた。


 サミュエルの指輪は石いっぱいに光を揺らめかせ、絶えることなく輝きを持続していた。


 

 ──引き金トリガーはわからない。


 母の愛は守りにもなるが、過剰な縛りは時として子の成長を妨げる。

 そうして閉じてしまった時間は、影響ある他者との交流で、再び開かれる。

《魔王妃の涙》の発端が"母の強い思い"なら、《聖女の微笑み》のきっかけは、エマと結んだ交誼が、何らかの変化を持たらしたのかも知れなかった。


 すべては伝説で、憶測のままに。

 サミュエル・アーレ・トレモイユは、正しく進む時間ときの内へと戻ったのだった。

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