第5話 エマ、地下室を走る②(噂の真相)
アーレの周りには幾人かの子どもたちが座し、先ほどのふたりの女の子は、立たされて叱られている、そんな状況に思えた。
アーレが慌てたように、窓外のエマと、ふたりの子ども──リュシーとクロエと呼んでいた──を見比べる。小屋の扉を開き、エマを中に招き入れながら、眉根を寄せて確認してきた。
「エマ様、まさか地下を通り抜けられたのでは?」
「ご、ごめんなさい、入ってはいけないと言われてたのに」
「……何かご覧になられましたか?」
(アーレの声が、緊張してる?)
いつも穏やかで、冷静なアーレが?
まさか、噂の奴隷!! ……たちは、いなかったわ。
「暗いし必死だったから。たくさんの甲冑とかはあった気がするけど……」
答えた途端、アーレが目に見えて動揺した。
「あ、あれは、トレモイユ伯爵が若い頃に趣味で集めた
(あら?)
「ゾフ様は"ガラクタ"って言ってたー」
「何ッ?! ゾフのやつ! あ、いや、」
「でもアーレ様はお気に入りなんだよねぇ」
「アーレ様にうっかり話を振ると大変なことになるの」
「めちゃくちゃ説明されちゃうよ。ライレキがどーの、使い方がどーの」
「お前たち……!
くすくす
思わずエマから笑いがこぼれる。
(素の彼は「俺」って言うのね)
エマにとってのアーレは、年が近いはずなのに自分よりずっと大人で、何でも卒なくこなす完璧な人だったけれど。
デキる家令の意外な一面を見て、エマはなんだかとても嬉しくなり、少しからかってみたくなった。
どうやら伯爵様のコレクションに、アーレも相当夢中らしい。
「なぜあなたが慌てるの、アーレ。トレモイユ伯爵のコレクションなのでしょう?」
「そうです! 俺、いえ、私には関係のない品々です」
ハッとしたように、エマの言葉に乗る彼なんて、初めて見る姿だ。
「殿方ってああいうのがお好きなのね。お父様もお好みだったから、わかります」
「! カデュアール男爵も? ぜひ、語り合いたい……!!」
小声で答えたアーレが、力強く小さな握りこぶしを作ったのをエマは見逃さなかった。
(可愛いわ。うちの弟たちみたい)
「もしや地下室に入るなと言われたのは、それを見られたくなかったせい?」
奴隷の気配など、どこにもなかった。
エマは明るい気持ちで、これまで気になっていたことを尋ねることが出来た。
落ち着きを取り戻したらしいサミュエルが、ため息交じりに説明する。
「それもありますが、危ないのです。武器も多いし、古い道具をたくさん置いているので、もし崩れてきたら怪我をします。いくつかの仕掛けもあり、暗く迷いやすい場所です。ことさら足を踏み入れられることもないかと……」
「そうだったのね。勝手に入ってごめんなさい」
「いえ、元はといえばどうやらこの子たちが……。そうだ! お前たちも通り道に使うなとあれほど言っておいたのに!」
「お姫様が見たかったの」
(??)
「アーレ様が前に、お姫様が来てるって、おっしゃってたから」
「だからといって禁じた地下を通る理由にはならんぞ。そもそも"見たい"という発言自体、エマ様に対して失礼極まりない」
腕組みしたアーレが、仁王立ちで子ども達を見下ろしているが。
(お姫様? 私に失礼? ちょっと待って。それってつまり)
「ア、アーレ。"お姫様"ってもしかして私のこと?」
確認するのが恥ずかしい。違っていたら、とんでもない恥さらしだ。であるのに。
「そうです」
あっさり真顔で肯定されて、エマは耳まで熱くなるのを感じる。
(そ、そんな、私はただの男爵家の娘で)
その上いまは人妻の身だ。
婚姻届けにサインをしただけの妻だけど、間違いなく既婚者である。
(お姫様だなんて……!)
しかもアーレがそう言った、という事実がもう「どんな評価なの?」と問いたくなる。
(アーレに、アーレに「そうです」って
もし理由を尋ねていたら、エマはさらに困惑していたかもしれない。
「大切で可愛いから」と、どこかの60歳は答えかねなかったから。
この2か月、エマのことを"存分に世話を焼いて良い相手"として認識していた
問題は"孫として"。そう思っている点にあったが。
少女たちがか細い声で言う。
「……ごめんなさい、アーレ様」
「でもお姫様。本当にすごくおキレイ」
(キャアアアアア、やめてぇぇぇぇ)
キレイ? キレイでしょうか? ありふれた金髪ですよ? 瞳の色だって、普通に青で珍しくもなんとも。
いっそ美人と名高かった祖母にでも似ていれば、もっと胸を張れたのに。
つややかな黒髪で、明るいブラウングリーンの瞳が魅力的な女性だったと聞く。
そんなことをエマがぐるぐると考えていると、子どもの声が
「ぐすっ……」
「エマ様、ごめんなざぃ……」
「お前たち、泣けばいいというものでは――」
「ま、待って、アーレ!! 発言とか、私は気にしてないから。地下は私も通っちゃったし、私も謝るから、お願い、許してあげて」
むしろ"お姫様"と呼んでもらえて、すごく嬉しかった。
それに私が屋敷からついて来なければ、この子達も地下を通ったことがバレなかったはずなのに!
そう思ったエマがあわてて
「エマ様もこうおっしゃっているから、今回のことは特別に不問に付す。だが二度目はないぞ? 許可なく地下は通らない。言葉には気をつける。わかったな?」
アーレの念押しに、
「ありがとう、アーレ。ねえ、この子達はどういう子達なの?」
固唾をのんでやりとりを見守っていた周りの子たちは、十人はいる。
「元奴隷や……使用人の子もいますが、領内の"これは"と見込んだ子ども達です。将来トレモイユの役に立ってもらうために教育をしています。2年間徹底的に学ばせ、適性を見て、次の場へ送り出す予定です。通常は他の者が教育に当たっているのですが、たまに私やゾフが進捗具合などを確認していまして」
今日アーレがいたのは、その確認の日だったらしい。
トレモイユのシステムの一環で、こういう場所を各地に何か所か設けてあると、アーレは説明してくれた。
つまりは養成機関であり、この小屋は教室だった。
奴隷の子ども、地下室の噂。
何かがねじ曲がって広がっていただけ?
エマは自分の中で伯爵家に対する疑惑が霧散していくのを感じた。
それにこの場所。
空気が良くて、風が爽やかで、とっても癒される。
子どもを見ていると、弟たちを思い出す。
「アーレ。私またここに来ても良いかしら?」
気がつくと、エマはそんなことを尋ねていた。
アーレが目を丸くしたのが、おろした前髪越しにもわかった。
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