気持ちを届けに
翌日。いつものように学校を終えた私は、とある人に相談をするため、その人がいる場所へと向かっていた。
しばらく電車に乗って移動してから改札を通り、駅周辺から少し離れた場所へと向かって歩いていく。
「着いた」
私が一人でやってきたのは、いつもお世話になっているバイト先のカフェだった。
ただ、今日はシフトが入っていないため、一人の客としてこの場所に来ている。
お店に入って周囲を見渡すと、平日の夕方なためお客さんはあまり多くなく、比較的落ち着いている方だった。
「あれ?愛那ちゃん?今日はお休みだよね?」
「はい。今日はお客としてきました」
「そっか。なら、席に案内するね」
お店に入ると、いつも一緒に働いている女性が話しかけてくれたので、私は客としてきたことを伝えて席へと案内してもらう。
「今日、彩葉さんはいますか?」
「うん。いるよ。呼んでこようか?」
「お願いします」
「りょーかい。ちょっと待っててねー」
彩葉さんが来るのを待っている間、せっかくだからと思い、近くにいた女性を呼んで注文をする。
「おまたせ、愛那。あとこれ、注文したやつね」
私が注文してからしばらく待っていると、奥からコーヒーを2つ持った彩葉さんがやってきて、テーブルに置く。
「ありがとうございます」
「いいよ。それで、今日はどうしたの?」
私の向かい側に座った彩葉さんは、私が休みなのにも関わらずここにきた理由が気にならなのか、さっそく本題について尋ねてくる。
「今日は、彩葉さんに相談したいことがあって」
「そういうことね。いいよ。話してごらん?」
彩葉さんは私が相談したいと伝えると、納得した顔をして一度頷き、優しい笑みを浮かべてから話すように促してくる。
「相談というのは恋愛についてなんですが、実は今、双子の姉と幼馴染、あと瑠花先輩と寧々さんからアプローチを受けてまして。
私としてはみんな大切だし大好きなんですけど、誰か一人を選ばなければと思うと選べなくて。
みんなは私の気持ちが決まるまで待つと言ってくれてますが、私もそろそろ答えを出さなければと思ったんです。
でも、どうしたらいいのか分からなくて。みんな私のことをこれまで支えてきてくれた人たちなので、どうしても選べないんです」
「なるほどね。これまた贅沢な悩みだね」
彩葉さんの言う通り、これは確かに贅沢な悩みだと思う。
私を好きでいてくれる人がたくさんいて、その中から私は選ぶ立場にいる。
もちろん相手にも私か、はたまたこれから出会う誰かを選ぶ権利はあるが、現段階での選択権は私の方にある。
「うーん。愛那はどうしたいの?」
「私はみんなが大好きです。これからもずっとみんなと一緒にいたい。
でも、人と付き合うのであれば、普通は一人の相手と付き合うんですから、それが無理だということは分かってます。
だから私は、自分がどうしたらいいのか分からなくなってしまったんです」
「ふむふむ。それなら、逆に誰も選ばないっていうのは?
そうすれば、みんなとは恋人じゃないし、これまで通りでいられるんじゃないかな」
確かに彩葉さんのいう通り、私が四人の中から一人を選ぶのではなく、誰も選ばずにいたら、これからも今の関係でいられるかもしれない。しかし…
「それだけはだめです。みんなは私に対してしっかりと向き合ってくれています。
それなのに私だけが他の人も大切だからと何も選ばないのは、相手に不誠実だと思うんです」
みんなは自分たちの辛い過去や悩みを乗り越え、私だけを見て好いてくれている。
それなのに、私が他の人も大切だからとその人たちにも目を向けるために何も選択しないというのは、みんなに失礼なことだと思う。
「そうねぇ。確かに人と付き合うのであれば、その人だけを愛するものだよね」
「はい。それが普通ですし、当たり前のことですから」
「ねぇ、愛那」
「はい」
「あなたはいつから普通に囚われるようになったの?」
「え…?」
普通に囚われるようになった。その言葉の意味がよく理解できなくて、私はどう言葉を返したら良いのか分からなくなる。
「確かに世の中の常識や普通を考えるのであれば、誰か一人を選んで付き合うっていうのは正しいよ?
それに愛那が言ったように、相手の気持ちを考えるのであればそっちの方が誠実だし正しい」
彩葉さんはそこまで言うと、自身の前に置いたコーヒーを一口飲み、喉を潤してから私のことを真剣な顔で見てくる。
「でもね?それはあくまでも常識や普通に当てはめた場合のことでしょ?
男と女が将来を見据え、結婚して子供を作ったりその後の人生に当てはめた場合のもの。
でも、私たちにはそれが当てはまらないでしょ。私たちの恋愛対象は同じ女の子なんだから、その時点で常識や普通とは少し違う」
彩葉さんの言う通り、一人の人と付き合うというのは、お互いが将来を誓い、その過程で子供を授かって幸せに暮らしていくためのものだ。
それが普通であり、一般常識で考えるのであれば何も間違えていない。
(私たちは女の子が好き…)
ただ、私たちの恋愛対象は女の子だ。この時点で、私たちはその一般常識や普通が当てはまらないのだということを改めて理解した。
「それに、今の日本では同性婚が認められていないから、私たちは結婚できない。
確かに同性愛者を認める制度とかはあるけど、それはあくまでもそういった制度であって、法的には認められていないから。
海外に行って結婚するなら話は別だけど、日本にいる限り私たちは結婚という一般常識や普通には当てはまらない。
なら、無理して誰か一人を選ぶ必要も無いんじゃないかな?」
彩葉さんの話を聞いて、私はそういう考え方もあるのかと思った。
彼女の言う通り、私たちがこの国にいる限り、現在の法律ではどうしても結婚をして自分たちが家族だということはできない。
(なら全員を選ぶ?でも、それは人としてどうなんだろうか)
確かに法律上、私たちは結婚をすることができない。
しかし、だからといって複数人と付き合うというのは、それはそれで人として良くないのではないかと思う。
「もともと私たちは普通じゃない。少しずつ同性愛者が認められてきてはいるけど、これまで異性愛が普通だった世の中で、私たちが本当の意味で受け入れられるにはまたまだ時間がかかる。
でもね愛那。あなたはもともとそんなものは気にしていなかったでしょ?
自分が同性愛者だということを認めて受け入れ、その上で相手に自分の好意を素直にぶつけてきた。
そんなあなたが、今更なにを普通に囚われているの?
みんなが好きなら、みんなにその気持ちを伝えなさい。一人だけを選んで向き合うのではなく、みんなを選んで全員と向き合うの。
あなたの考えや思いを聞いて決めるのは、その気持ちを向けられた側よ。愛那が決めることじゃない。
愛那は愛那が思うように、自分の気持ちを素直にみんなに伝えなさい。それからどうするのかはあなたたち次第で、気持ちを伝えた後に全員で話し合うことだよ」
「みんなと向き合う…」
本当にそれでも良いのかと不安に思うが、私がみんなを同じくらい好きなことは変わらない。
それなら、みんなに今の気持ちを素直に伝え、ちゃんと向き合って話し合うのも大切なことだろう。
私はこれまでそうやってみんなと接してきた。自分の気持ちを素直に伝え、感情の赴くままに行動した。
なら、今更それらを恐れて立ち止まる必要はないだろう。
「ありがとうございます。みんなに今の気持ちを伝えてみようと思います」
「えぇ、頑張りなさい。あなたたちはまだ若いのだから、若いうちは感情のままに好きに行動するのが一番だよ。
それで間違えそうになれば、それを止めるのは私たち大人の役目だ。また何かあれば相談しなさい?」
「はい。ありがとうございました」
私は彩葉さんにお礼を言ってお店を出たあと、すぐにスマホを取り出してみんなに連絡をする。
もしかしたらみんな都合があって会えないかとも思ったが、幸いにも全員が了承の返事をしてくれた。
(みんなには受け入れてもらえないかもしれない。それでも、今の私の気持ちを伝えよう)
私は覚悟を決めたあと、みんなと合流する約束をした場所に向かうため、走り始めたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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