初めての料理
寧々さんが更衣室を出て行き、しばらくしてからようやく落ち着いた私は、着替えて店内の方へと向かう。
それからはいつものように接客をしていくのだが、さっきの寧々さんとのことが忘れられず、無意識のうちに彼女のことを視線で追ってしまう。
(だめだ。集中しないと)
頭では分かっているのだが、ふとした瞬間には視界に寧々さんを捉えてしまい、結局は最後まで集中することができないのであった。
バイトを終えて家に帰ってくると、夕食を食べるためいつものようにダイニングへと向かう。
「お母さん、ただいま。ご飯食べれる?」
扉を開けて中に入るが、リビングにお母さんの姿はなく、キッチンの方に目を向けると人の後ろ姿が目に入る。
しかし、それはいつも見ているお母さんの背中ではなく、姉の愛華の後ろ姿だった。
「愛華…?」
「あ、おかえり愛菜。今ご飯できるから待ってね」
愛華は一度振り向いて微笑むと、また前を見て料理を始める。
(愛華が料理を?)
彼女が料理をする姿は初めてみるし、包丁で物を切る音を聞く限り慣れていないことが窺える。
少し気になって彼女の方へと近づくと、何とか指を切らないよう気をつけながら料理をした。
「だ、大丈夫だよ。まだ慣れてないだけだから。愛那は席に座ってて」
愛華は慌てながらそう言うが、彼女の綺麗な手に傷がつくかもしれないと思うと、さすがに黙って見ていることはできなかった。
「なら、一緒に作ろう。その方が二人でいられる時間も増えるし」
「愛那がそう言うなら…わかった」
愛華は了承すると、横にずれて場所を譲ってくれる。
どうやら作っていたのは豚の生姜焼きだったようで、愛華の手元に気をつけながら二人で料理を作っていくのであった。
料理を作り終わると、私が服を着替えに行っている間に愛華が料理をテーブルの上に並べてくれていた。
戻ってきて椅子に座ると、横に座っている愛華がニコニコしながら見てくる。
「いただきます」
愛華に見守られながら箸で生姜焼きを口に運ぶと、少し焦げてはいたが、生姜の風味が口に広がり味付けには文句がないほどちょうど良かった。
「おいしい」
「ふふ。よかった。本当は全部一人で作りたかったんだけどね。でも、二人で作るのも楽しかったからいいかな」
愛華は楽しそうに笑いながらそう言うと、私が全部食べ終えるまでそばにいてくれた。
「そういえばお母さんは?」
食事を食べ終えたあと、二人で使ったものを洗いながら、私はいつもいるはずのお母さんがいないことが気になったので尋ねる。
「部屋で休んでるよ。今日は私が愛那のご飯を作りたいってお願いしたから、やる事もなくて部屋に行ったよ」
「なるほど」
食器や調理器具を片付けたあと、お風呂に入るため下着やタオルを取りに部屋へと戻る。
必要なものを持ってお風呂場に向かい服などを脱いでお風呂場に入ると、髪や体を洗っていく。
すると、後ろで扉が開いた音がしたので振り返ると、そこには一糸纏わぬ姿の愛華が立っていた。
「あ、愛華?どうして?」
「たまには一緒に入るのもいいかなって。…もしかして、迷惑だった?」
そう言って、少し不安そうな顔をする愛華が可愛かったため、思わず大丈夫と答えた。
愛華は嬉しそうに笑うと、私が浴槽に入ったのを確認してから自身の体や髪を洗っていく。
そして一通り洗い終わると、浴槽にゆっくりと足を入れ、私の向かい側に座った。
うちのお風呂はそこまで大きくはないが、二人くらいならこうして入ることができる。
ただ、やはり幅が狭いため、お互いの足が触れ合って少しくすぐったかった。
何を話したら良いのか分からず黙っていたが、愛華の方から視線を感じたので見てみると、彼女はじーっと私の方を見ていた。
というより、私の胸を穴が開くほど見つめてくる。
「な、何でそんなに胸を見るの」
さすがに恥ずかしくなった私は、思わずそう尋ねると、愛華は真剣な顔をしながらなおも目を離さずに答える。
「…私より胸大きくない?」
「……ん?」
「絶対に私より大きいよね。双子なのに何で」
「そんなことないと思うけど」
私が見た感じ、そこまで差があるようには見えないが、愛華には私の方が大きいように見えるらしい。
「うーん。私がこんな感じで…」
愛華は徐に自分の胸を下から触ったり揉んだらして感触や大きさを確認すると、今度は私の胸に手を伸ばして同じことをしてくる。
「んん…」
さすがに揉まれると思わず声が出てしまうが、愛華はそんなのはお構いなしと言わんばかりに揉み続ける。
「うーん。やっぱり愛那の方が大きいよ」
「そ、そう…かな。あっ。かわら…ないと…思うけど…ぁん。それより…愛華…」
このまま続けられると、さすがに変な気持ちになってきそうだったので、私は何とか愛華の名前を呼んで行為をやめてもらう。
「ご、ごめんね愛那。すごく柔らかかったから夢中になっちゃって…」
「もういいよ。それより、そろそろ上がらない?さすがにいろいろありすぎてのぼせそう」
「そ、そうだね」
愛華もさすがに今回の件は恥ずかしかったのか、私の提案にすぐに了承し、私たちはのぼせる前にお風呂から上がった。
「愛那、さっきはごめんね」
お風呂から戻りリビングにいた私たちは、アイスを食べながら上がった体温を覚ましていると、横に座っている愛華がさっきの間について謝ってきた。
「大丈夫だよ。別に怒ったりしてないから」
「本当に?でも、急にあんなことされたから嫌だったでしょ?」
先日、瑠花先輩や優香には堂々と宣戦布告していたのに、私と二人になると突然自信を無くしてしまう彼女。
おそらく、まだ以前に私に対して冷たく当たったことが心に残っているのか、時々どうしたら良いのか分からなくなり自信を無くしてしまうようだ。
「本当に大丈夫だよ。それに…別に嫌でもなかったし」
確かに恥ずかしくはあったし、愛華に触られていると思うとドキドキもした。
けど、感じのはそれだけで、別に嫌悪感などはなかったのだ。
「だからもう気にしなくて良いよ」
「…ありがと」
お互い落ち着くことができた私たちは、時間ももう遅くなったため、自分たちの部屋へと戻り休む事にする。
部屋に戻ってきた私は、四人の大切な人たちのことを考える。
みんな魅力的で優しくて、そして私のことを支えてきてくれた人たちだ。
でも、人と付き合うのであれば他の三人との関係を断ち、一人だけを愛さなければならない。
もう誰かを愛する事に恐怖や抵抗はない。ただ、あの四人から誰か一人を選ぶということは、他の三人をまた傷つけてしまうという事だ。
私たちの関係は歪だ。私と四人はお互いに支え合って依存しあっている。
私は四人を、四人は私を失うと、果たしてこれまでのように生きていくことができるのだろうか。
「みんなはどうかわからないけど。少なくとも私は無理かもしれない…」
四人の大切な人たちが今の私を支えてくれたおかげで、こうして立ち直ることができたし、今の私を形作ってくれていると言っても過言ではない。
一人でも欠けるようなことがあれば、きっと私は…
みんなとずっと一緒にいたいが、それはみんなに対して不誠実だし、何より普通に考えてありえないことだ。
「相談してみようかな…」
私はあの人に今の気持ちを相談する事に決め、その日はゆっくりと眠りにつくのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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