変わる日常

 学校が終わった私は、今日はバイトも休みということで家に帰ろうとしていた。


 横には朝に一緒に帰る約束をした愛華と、私たちが一緒に帰る話をしたら自分もと言ってきた優香がいた。


 瑠花先輩も一緒に帰りたそうにしていたが、彼女は今日はバイトがあるため渋々一人で帰って行った。


 そんなわけで、私たち三人は一緒に帰路へと着いているのだが、右に愛華と左に優香の二人がおり、愛華は手を繋いできて優香は腕を絡めてきている状態だった。


「愛那、帰りに甘いものでも食べて行かない?」


「愛那、ゲームセンターにでも遊びに行かないか?」


(しかも二人とも全然お互いで喋ろうとしない)


 二人はずっと私に話しかけてくるので、どうしたら良いのかわからない。


(昔は二人でも話してたのに)


 三人が揃うのは本当に久しぶりだが、前とはそれぞれ感情も関係も変わっているため、以前のような仲良し三人組という感じではなかった。


「てか、何で愛華がちゃっかり手を繋いでんだよ。人目を気にしてんじゃないのか」


「姉妹なんだからこれくらい普通だよ。それより優香の方が近すぎるんじゃない?」


「私たちはいつもの事だからいいんだよ」


(これ、ほんとにどうしたらいいんだろ)


 私を挟んで言い争いをする愛華と優香だが、お互い繋いだ手と腕を離す気は全くない様で、右手はより強く握られ、左腕は優香の体に引き寄せられる。


 その後も二人からのアプローチと言い合いは続き、結局その日はどこにも寄り道をせずに家へと帰った。





 家に帰ってきた私たちは、お互いに部屋で休んで夕食を食べた後、リビングでテレビを見ながらまったりしていた。


「愛那。はい、あーん…」


「あーん…うん。美味しい」


 私たちはお父さんが帰りに買ってきてくれたイチゴを食べているのだが、愛華が突然食べさせてあげると言ってきたので、断る理由もとくに無かったため、ありがたく彼女に甘えていた。


 愛華に食べさせてもらう度に、口の中にはイチゴの甘酸っぱさが広がる。


「あ」


「ん…ごめん、噛んじゃった」


 愛華が最後の一粒を口に入れてくれた時、間違えて彼女の指も少しだけ噛んでしまった。


「痛くなかった?」


「ふふ、大丈夫だよ」


 愛華の指を傷つけてしまったのでは無いかと不安になったが、手を見せてもらうととくに傷は無いようだったので安心した。


 すると、愛華が突然私の指に自身の指を絡めてくると、少しだけ爪を立てて手の甲に刺してくる。


「っ…。急にどうしたの?」


「ふふ。気にしないで。痛くしてごめんね?」


「それは大丈夫だけど」


 突然のことに少し驚きはしたが、別に血が出るほど爪を刺されたわけでも無いのでそのこと自体は気にしない。


 それよりも秘密だと言った含みのある言い方の方が気にはなったが、おそらく聞いても教えてくれなさそうなので頭の隅に追いやる。


 その後も愛華は繋いだ手を離す事はなく、結局お互いの部屋に戻るまで繋いだままだった。





 翌日もとくに変わった事はなく、昨日のように愛華と二人で学校に登校し、優香と瑠花先輩も混ざって四人でお昼を過ごす。


 そうなれば必然的に三人は喧嘩のやうな事と何故か私とのエピソード自慢が始まるわけだが、それを聞かされている私としては恥ずかしくて仕方がない。


 おそらくこれからはこんな光景がずっと続いていくような気がしなくもないが、心のどこかでこの三人を見たいるのを楽しく思ったいる私もいる。


(ただ、やっぱり欲を言うなら寧々さんもいた方が楽しいだろうな)


 ここにはいないもう一人の大切な人。彼女に会えるのはバイトか私が遊びに行った時くらいで、今目の前にいる三人ほど頻繁には会えない。


 そのことに寂しさを感じるが、だからこそ寧々さんに会いたいという気持ちも強くなる。





 そして放課後。今日はバイトがあるため愛華たちとは学校で別れ、一人でバイト先へと向かっていた。


「お疲れ様です」


「お疲れ、愛那。今日もよろしくね」


 バイト先に着いた私を出迎えてくれたのは彩葉さんで、作業を行っていた手を止めて声をかけてくれる。


「はい。よろしくお願いします」


 彩葉さんに挨拶を済ませた私は、着替えるために更衣室へと向かう。


「お、愛那か」


 扉を開けて中に入ると、そこには寧々さんがおり、彼女もどうやら今さっき到着したようだ。


「お疲れ様です。今日はよろしくお願いしますね」


「うん、よろしく」


 寧々さんはそう言って視線を外すと、それ以降は何も話しかけてくることはなかった。


(どうしたんだろ。何かいつもと雰囲気が違う気が…)


 理由は分からないが、直感的に寧々さんの様子がいつもと違う気がした。

 ただ、そのことを尋ねても答えてくれるかは分からなかったので、とりあえずは私も着替えて準備をする。


 すると、着替え終わった寧々さんは扉の方へと向かっていき、部屋を出る前に立ち止まった。


ガチャ


 鍵が閉められた音がしたのでそちらを見てみる、寧々さんは私に背を向けたまま部屋を出て行こうとしない。


「寧々さん、どうかしましたか?」


 私は心配になって声をかけてみるが、彼女からの返事はなく、しばらく沈黙が続く。

 改めて声をかけようとした時、寧々さんは振り返ると私の方へと近づいてきて、ぐいっと体を引き寄せられる。


「ね、寧々さん。本当にどうしたんですか」


 腰を回され、制服のワイシャツ越しに感じる彼女の腕は力強く、思わずドキッとしてしまう。


 これまで彼女がこんなに強引な事をしてきたことは無かったため、私はどう対処したら良いのかわからない。


 戸惑っている私をよそに、寧々さんはまだボタンを留めていなかった胸元は顔を寄せると、優しくキスをしてくる。


「んっ…」


 くすぐったさから思わず声が出てしまったが、彼女はその行為を止めることはなく、下を這わせ、少し甘噛みをした後に吸ってくる。


 少しして顔が離れると、胸元には赤いあざが出来ており、それがキスマークである事が分かる。


 腰に回された腕は未だ離されておらず、顔を上げた寧々さんと見つめ合う私だったが、次第に彼女の顔が近づいてきて唇が重なる。


 触れるだけの軽いキスではあったが、初めて寧々さんからキスされたことやキスマークのことが頭から離れず、胸の鼓動が早くなる。


「寧々さん。急にどうしたんですか」


「瑠花から聞いたんだ。愛華さんのこと」


 今度は私から視線を外さずじっと見つめてくる彼女の瞳には私しか映っておらず、どこか我慢するのをやめたような雰囲気が感じられる。


「それって…」


「昨日バイトで瑠花と一緒だったとき、愛華さんが愛那に向けてる感情や、幼馴染の話を聞かされた。

 そして最後に、自分はこれから本気で行くとも言ってた。


 あたしは他の子達みたいに同じ高校にいるわけじゃないし、会えるのもバイトの時だけだ。それが寂しくて悔しくて、どうしようって一晩考えた。


 身を引くなら今かもしれないと思ったけど、やっぱりあたしは愛那が好きだから諦めない事にした。


 あたしももう逃げない。全力で愛那を落としに行くから。だからどうか、会える時間が短くてもあたしのことを忘れないでくれ」


 最後にそう言った寧々さんは、私の額にキスを落とすと、腰から腕を離して更衣室を出て行った。


 私はしばらくの間動く事ができず、ただ扉の方を眺めていた。

 しかし、今までのような作り物で偽りのかっこよさではなく、彼女本来の素直なカッコよさと、私を求めるその可愛さが頭から離れず、胸の高まりが止まらない。


(これまでとのギャップがやばい)


 たまにしか会えないからこその特別感。本気を出した寧々さんに…いや。他のみんなも含めて、私は流されて答えを出さないよう自分に誓いを立て、火照った頬を落ち着かせるために少しだけ時間をかけて着替えるのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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