ずっと見たかった
旅行から帰ってきて駅に着いた頃には、外はすでに日が沈み暗くなっていた。
私は電車を降りる前に、ここまでずっと一緒だった瑠花先輩に挨拶をする。
「瑠花先輩、旅行とても楽しかったです」
「私も楽しかった。また行こう」
「はい。それじゃあ、私はここで…」
「愛那」
「は…ん!」
ここで降りることを伝えようとした時、瑠花先輩に呼ばれたので返事をすると、彼女は人目を気にせずにキスをして来た。
「私、これから本気で行くから」
私が驚いて言葉を返さずにいると、電車の扉が閉まり、瑠花先輩はそのまま帰って行ってしまった。
私はあまりの事にしゃがみ込んでしまい、思わず顔を手で覆う。
「はぁ〜やばい。私もそろそろ覚悟を決めないとかな」
瑠花先輩は別れ際、本気で行くと言った。それはつまり、私を本気で落としに来ると言う事だ。
(あの人のことだから、多分これからも人目を気にせずに色々やってくるだろうな)
そんな未来が容易に想像できるが、私もいつまでも逃げてはいられない。
「とりあえず、できることからやっていこう」
気持ちを切り替えた私は、いつまでもここにいるわけにもいかないため、改札を通って家へと帰るのであった。
家に帰って来た私は、ダイニングに向かうと、まずは両親に帰って来たことを伝える。
「ただいま」
「お、おかえり」
「お帰りなさい。ご飯はどうする?」
「食べる」
ご飯を食べると伝えると、お母さんはキッチンの方へと向かっていった。
私がテーブルに着くと、お父さんもリビングのソファーから立ち上がり、食卓に着いた。
「あれ。お父さんも食べるの?」
「いや。お父さんたちはもう食べたよ」
「ならどうしたの?」
「旅行の話を聞こうと思ってね」
「なるほど」
それならと思い旅行での話をしようとした時、お母さんも話を聞きたいから少し待つように言われた。
しばらく待っていると、お母さんがシチューを持ってテーブルに戻って来た。
「お待たせ」
「ありがとう」
「それじゃ、旅行の話を聞かせてくれないか?」
「うん」
そこから私は、旅行中に見た雪景色の話や温泉の話、料理の話や樹氷の話など、私が思い出に残ったことを話して聞かせた。
「そうか。ずいぶん楽しめたようだね」
「すごく楽しかったよ」
「いいわねぇ、雪景色。あなた、来年は私たちもそっちの方に行ってみない?」
「そうだね。それも楽しそうだ」
私の話を聞き終えると、お母さんは雪景色に興味を持ったのか、お父さんに自分も行きたいと伝える。
「そっちはどうだったの?」
自分の話を終えた私は、次はお父さんたちがどうだったのか尋ねる。
とくに愛華のことが気になっていた私としては、出来れば二人から彼女の話を聞きたいと思っていたのだ。
「こっちはな…」
お父さんはそれから、旅行中にどこへいったのか、何を見て回ったかを話してくれた。
そして二人は最後に、旅行中の愛華の話や最終日の夜の話を聞かせてくれた。
「そっか。愛華が…」
「あぁ。あの子もあの子で悩んでいたのだろう」
「これで少しでも、あの子の気持ちが楽になるといいのだけど」
二人は愛華のことを心配しているのか、少し不安げな雰囲気が感じられる。
私としても、愛華の気持ちが少しでも前向きになってくれれば嬉しいので、今回の旅行で気遣ってくれた両親には感謝しかない。
「それにしても、愛那と愛華は本当に似ているな」
「…え?」
「ふふ。本当にね」
二人は私のことを見ると、突然楽しそうに笑い出した。
「どこが似てるの?」
「愛那も愛華も、好きだけど気持ちを伝えられないところとかよく似ているよ」
「ほんと、二人は小さい頃から仲が良かったものね。私たちとしては、変な男と結婚するよりも二人でいてくれた方が安心なのよね」
「はは。そうだね。何処ぞの馬の骨に可愛い娘を渡すくらいなら、二人で付き合ってくれた方が安心だよ」
「あ、はは」
実はこの二人、ご覧の通り結構な親バカなのである。小さい頃から私たちの事を大切にしてくれており、子供が女の子だけというのもあって、かなり可愛がってくれているのだ。
それからもしばらくの間、お互いの旅行中の話や楽しかったことなどを話し、私は自分の部屋へと戻った。
久しぶりに戻って来た部屋はいつもと変わらずとても落ち着く。
お風呂に行く前に荷物の整理をするため、床に置いたカバンから服などを出していると、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞー」
何だかデジャブを感じるなぁ、と思いながら返事をすると、案の定扉を開けて入って来たのは愛華だった。
「おかえり、愛那」
「ただいま、愛華」
部屋に入って来た愛華は、どこか憑き物が落ちたような穏やかな表情をしていた。
「少し、話さない?」
「いいよ。そこ座って」
愛華を部屋に入れた私は、彼女をベットに座らせる。
私はそれを確認すると、向かい側のクッションに座った。
「それで、どうかしたの?」
「うん。まぁ、いろいろあるんだけど。愛那と話したくてね」
愛華はそう言うと、いつ以来になるのか分からない柔らかい笑顔で微笑んでくれた。
(愛華が…笑って…)
それだけで私の心に込み上げてくるものがあり、嬉しさから自然と涙が溢れてしまう。
「あぁ、もう。泣かないの。本当に昔から泣き虫だね」
愛華はそう言うと、ベットから降りて私のことを抱きしめてくれる。
「だって…愛華が。愛華が…」
愛華が私に笑いかけてくれた。それはずっとずっと待ち望んでいた事で、本当に嬉しい事だったのだ。
しばらく愛華に抱きしめられながら泣いた私だったが、落ち着くと途端に恥ずかしくなってしまい、思わず彼女から距離をとった。
「ふふ。落ち着いたみたいだね」
「うん。ありがと」
少し気まずくなってしまった私は、それ以上言葉を紡ぐことができず、どうしたら良いのか分からなくなってしまう。
そんな私を見て、愛華はまた楽しそうに笑うと、少しずつ自分のことを話し始めた。
「愛那。私ね、ずっと普通でありたいと思ってたんだ」
「普通?」
「そう。中学生になった頃から、私の周りでは恋愛話をする人が増えて来てね。
それで、聞けばみんな男の子が好きで、私みたいに女の子が好きな人は一人もいなかった。だから私はみんなとは違う。普通じゃないんだって思って、それが怖くて耐えられなかった」
「だから、私と距離を…」
「うん」
愛華の話を聞いて、私は言葉が出てこなくなる。やはり愛華は愛華で色んな悩みを抱えており、その結果、私から距離を置こうとしていた。
しかし、彼女の気持ちを知らなかった私は、自分のことばかり考えてもっと近づこうとし、一方的に気持ちを伝えていたのだ。
(なんて自分勝手で我儘なんだろ)
自分の身勝手さを改めて実感させられた私だったが、愛華はそんな私を気にせずに話を続ける。
「でも、愛那が私に話しかけてくれる事は嬉しかったし、気にかけてくれることも嬉しかった。
それに、愛那が他の人と仲良くしているのを見ると胸が締め付けられて嫉妬もした。その度に、私は愛那が好きなんだって実感したよ」
愛華は私のことを好きだと言ってくれたが、果たして今の私にその気持ちを受け取る資格はあるのだろうか。
普通でありたいと思っていた彼女にしつこく話しかけ、我儘で自分勝手に彼女を傷つけて来た私に。
それに、今の私には他にも大切な人が…
「そして、感情がぐちゃぐちゃになってどうしようもなくなった時、お父さんとお母さんが言ってくれたんだ。
私は普通だって。人が人を好きになるのは当たり前だって。だから…私ね…」
愛華はそこで言葉を切ると、私の頬に右手を当て、左頬にキスをしてくる。
「私、諦めない事にした。自分の気持ちを受け入れて、素直に生きる事にしたよ」
そう言って笑う愛華は本当に綺麗で、その分いまだ何の覚悟も決まっていない私が酷く惨めに思えてくる。
それに、私も彼女に伝えなければならない事がある。
「あのね、愛華。私…」
「わかってる。私以外にも大切な人がいる事は。それでも、私は愛那が好きだよ。必ず振り向かせるからね」
愛華は最後にそう言うと、話は終わりだと言わんばかりに立ち上がり、「またね」と言って部屋を出ていった。
部屋に一人になった私は、今後自分がどうしていきたいのか、みんなとの関係をどうしたいと思っているのかを真剣に考えるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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