家族 side愛華
愛那と初めて喧嘩した。生まれてからこれまで、私たちが喧嘩をすることは一度もなかった。
最近では私から距離を置いてはいたが、それでも愛那が私に対して明確な怒りを向けることはなく、これからも私がどんな態度を取っても彼女が怒ることはないと思っていたのだろう。
あの日、私は同じクラス男の子に誘われ、一緒に出かけた。
とくに深い意味は無かったけれど、周りの友人たちもせっかくだから行ってきなと言うので、断ることができずに行く事になった。
これまで友人たちと遊びに行くことは何度かあったが、休日に男の子と二人で出かけるということはなく、これが初めての経験だった。
(これって、デートなのだろうか)
異性と一緒に出かけることがデートになるのかは分からないが、少なくとも二人きりで出かけるのだから、いつもと違うことだけは分かる。
当日、その日は愛那がバイト先の先輩の家に泊まりにいっていたので、部屋に彼女の姿は無かった。
(またここで寝ちゃった…)
いつものように愛那の部屋で目を覚ました私は、ベットから体を起こすと、自分の部屋へと戻り出かける準備をする。
私じゃない女の人と一緒に愛那がいることはすごく嫌だけれど、それでも自分が決めたことだから何も言うことができない。
(それに、私も男の子と二人で会うんだから尚更か)
自己嫌悪に浸りながら準備を終えた私は、両親に出かけることを伝えて家を出ると、待ち合わせをしている駅まで向かった。
待ち合わせ場所に着くと、私を誘ってきた男の子が私のことを待っていてくれた。
「あ、おはよう。姫崎さん」
「おはよ。一条くん」
今日、私のことを誘ってくれた男の子の名前は
同じクラスの男の子で、たまに一緒に帰ったりもする友人だ。
彼は優しい性格をしており、勉強もできるため女子からの人気も高い人だ。
「今日はよろしく」
「こちらこそ」
挨拶を終えた後、私は一条くんに連れられて買い物に行ったり、映画を見たり、疲れたらカフェでお茶をしたりと、それなりに楽しい時間を過ごせたと思う。
一条くんは常に私のことを気遣ってくれたし、私が疲れているのを察してカフェで休むことも提案してくれた。
最後は私のことを家の近くまで送ってくれたが、一条くんが私に何かをするということは無かった。
本当に彼は優しい人だと思うが、それ以上の感情を抱くことはできず、結局何事もなくお出かけは終わった。
(やっぱり、愛那じゃないとつまらない)
出かけている最中、私の頭にはどうしても愛那のことがチラついた。
買い物をしていれば愛那が好きそうな物を探してしまい、映画を見れば愛那がこの映画を愛那はどう思うかと考え、カフェでは愛那なら何を選ぶか考えてしまう。
私から距離を置いたはずなのに、今では私の方があの子のことばかり気にしてしまっている。
(愛那、遅い…)
時計を見るとすでに18時を過ぎており、愛那が帰ってくるとお母さんに話していた時間をとっくに過ぎていた。
愛那のことを心配していると、彼女がようやく家に帰ってきた。
私は急いで玄関の方へと向かい、靴を脱いでいる彼女に声をかけた。
「…遅い。何してたの」
「…え?」
私が声をかけると、愛那は靴を脱ごうとしていた手を止めて顔を上げると、驚いた顔をして私のことを見てきた。
「何で遅かったの」
彼女がすぐに答えないことに少しイラっとした私は、語気を強めて再度尋ねる。
「…駅にあるカフェで優香とお茶してたんだよ」
「は?優香と?」
「そうだよ」
優香の名前を聞いた瞬間、私の心臓が何かに締め付けられたようにギュッとなり嫉妬が心を支配する。
「時間通りに帰った来ないとお父さんとお母さんが心配するでしょ。なんでお茶なんかしてきたのさ」
本当はこんな事を言いたいわけでは無かった。別に愛那を責めるつもりなんて私にはなく、ただ心配だったから事情を聞きたかっただけだった。
なのに嫉妬心が邪魔をして、怒りを込めて批難するように言ってしまうのは、きっと私の心が弱いからだ。
でもきっと、愛那なら私の気持ちを理解して、いつものようにごめんねと言って受け入れてくれるだろう。そう思っていたのに…
「うるさいなぁ。愛華がデート帰りだったのを駅で見かけたから、時間をずらすためにカフェに居たんだよ。そしたらたまたま優香が近くにいたから会っただけ。理解した?」
愛華から帰ってきたのは私に対する怒りと、理解できないという冷めた視線だった。
そして、あの帰りのことを愛那に見られていたのかと思うと、一気に血の気が引いて指先の感覚がなくなっていく。
「…みて、たの?」
「見たよ。それで二人の邪魔をしないために気を遣ったのにさ。感謝されこそすれ、何で怒られなきゃいけないわけ?」
「…それは」
愛那の言うことは正しい。私が彼女から離れ、付き合ってはいないが男の子と2人でいるところを邪魔しないように気遣ってくれたのなら、それを責めている私は間違った怒りを彼女にぶつけていたことになる。
もはや唇の感覚もなくなり、うまく言葉も出てこない私は、彼女から視線を外して俯くことしかできなかった。
「私疲れたから休むね。ご飯は後で食べるって言っといて」
愛那は私の横を通り過ぎながらそういうと、階段を登って部屋へと戻って行ってしまった。
それからの事はあまり覚えていない。私は気付けば部屋に戻っており、扉を背にして膝を抱えて座り込んでいた。
「私は、どうしたら」
嫉妬、不安、嫌悪、色んな感情が私の心を蝕み、自分がどうしたら良いのかどんどん分からなくなってくる。
「誰か…助けて…」
愛那は友達が多くはないが、それでもありのままの彼女を受け入れてくれる人たちがいる。
しかし私の周りには、上辺の私だけしか知らない友人ばかりで、本当の私を受け入れてくれる人たちはいない。
いや、もしかしたら話せば理解してくれる人もいるかも知れないが、長年避けてきた道を進むことは怖くてたまらない。
それに、一人だけありのままの私を受け入れてくれる人はいた。それを自分勝手な理由で離れ距離を置いたのは私自身なのだ。
今更それを後悔しても、もう遅いのだ。
あの日から私は、愛那と話すことができなくなった。
前までは、私が距離を置くために意図的に話さないようにしていたが、今は彼女と話すのが怖くて避けていた。
それでもやはり気になってしまい、愛那のことを無意識に視線で追ってしまうのはどうしようもなかった。
冬休みに入ったある日、私はお母さんから愛那が今年の家族旅行に行かないという話を聞かされた。
詳しく話を聞いてみると、どうやら誰かと旅行に行くらしく、その話聞いた私は居ても立っても居られず、急いで愛那の部屋に向かった。
部屋の扉をノックすると、中から愛那の返事が聞こえてきたので、私はノブ掴んで部屋へと入る。
「あ、愛華?なにかよう?」
愛那は少し驚きながら私のことを見ると、今度は何しにきたのかも訝しむような視線で見てくる。
そんな目で見られたことがなかったので、私は思うように言葉が出て来ず、尋ねたいことを尋ねることができなかった。
「なに?今忙しいんだけど」
愛那は私が一向に話さないことに呆れたのか、視線を外して荷物を詰め込みながら要件を聞いてきた。
私はなんとか絞り出すようにして、先ほどお母さんから聞いた話について尋ねてみる。
「…旅行に行くって…聞いたんだけど」
「あぁ。うん。そうだよ」
私に興味がないかのように視線を合わせようとせず、淡々と答えるその態度に少しイラついた私は、聞きたかったことを全て聞くことにした。
「誰と行くの」
「バイト先の先輩と」
「どこに」
「東北」
「いつ行くの」
「二日後」
「なんで?」
「愛華には関係ないでしょ」
(バイト先の先輩って事は、高校で一緒にいたあの人?それとも大学生の方?)
どちらにしても、愛那が誰かと二人きりで旅行に行くことが許せず、私の感情はまた嫉妬の渦に飲み込まれ、先日から抱えていた感情と一緒に溢れてしまった。
「なんで…なんでなんでなんで。ずっと年末は家族で旅行に行ってたよね?なのになんで他の人と行くわけ?普通家族を優先するよね?おかしくない?おかしいよね?絶対おかしい。こんなの普通じゃない。女同士で好きあって、あまつさえ旅行?私は認めない。絶対間違ってる。おかしいおかしいおかしい…」
私は今、自分が何を言っているのか分からず、口が、体が、感情が言うことを聞かなかった。
すると、突然何かが私の体を包み込み、顔を上げると愛那が私のことを抱きしめていた。
「っ…!離して!女同士でこんなの普通じゃない!離してよ!」
彼女から離れようとして、私は必死になって暴れるが、愛那が私を抱きしめた腕を離す事はなかった。
しばらくして私が落ち着くと、愛那は私から体を離して落ち着いたかと尋ねてくる。
「…ごめん。迷惑かけた」
「いいよ、別に」
「もう用が済んだから行く。旅行…楽しんで…」
本当は行ってほしくなかったが、私に彼女を止める資格はないし、あんな姿を見られたのでここにいるのは辛かった。
部屋を出ようと後ろを振り返った時、愛那が私を呼び止めて声をかけてくる。
「愛華。辛い時は人に相談するといいよ。友達は無理でも、お父さんとお母さんなら大丈夫だから」
私は何も返事をしなかったが、何故か愛那のその言葉は実感がこもっているようで、不思議と私の心に残った。
愛那が旅行に出かけた後、私とお父さんとお母さんも三人で旅行に出かけた。
旅行はお父さんの車で向かうので、そんなに遠くには行けないが、それでも家族と一緒なら、愛那といられるならいつもそれだけで楽しかった。
でも、今年はその愛那がいない。お父さんもお母さんもいつもより元気がない私をみて元気付けようと気にかけてくれるが、それでも愛那がいない寂しさを埋める事はできなかった。
そして旅行最終日の夜。泊まったホテルの部屋で三人で話をしていた時、お父さんとお母さんは少し真剣な顔をして話しかけてきた。
「なぁ、愛華」
「なに?」
「愛華は、愛那のことが好きか?」
好きかと聞かれて一瞬ドキッとしたが、家族的な意味だと解釈して答える。
「うん。好きだよ」
私が答えると、今度はお母さんがお父さんに変わって確信をついた質問をしてくる。
「それは、家族としてかしら。それとも女の子として?」
「っ…!」
まさかの質問に、私はすぐに答えることができず言葉を詰まらせる。
それだけで二人は確信したのか、さらに真剣な表情で話を進める。
「実はね。今回の旅行中、愛那から愛華を気遣って欲しいって言われたの」
「それで愛華のことを見ていたんだが、お前が愛那を恋しがる感情が、家族以上のものに感じてな」
どうやらこの旅行中、両親は私のことを気遣いながら、私が愛那に向けている感情について気付いたようだ。
「ごめん…なさい。気持ち悪いよね。こんなの普通じゃないよね。でもどうしようもなくて。私も頑張ってこの気持ちを捨てようとしたけど、できなくて…」
私の言葉を聞いた両親は、涙を流しながら私のことを抱きしめてくる。
「そんな悲しいこと言わないでくれ。お前は普通の子だ。人が人を好きになるのは当たり前なのだから。お前は何も間違っていない」
「えぇ。あなたは気持ち悪くないわ。その気持ちも間違っていない。だからこれ以上、一人で抱え込まないで」
両親から言われた言葉は本当に温かいもので、私のグチャグチャだった心が少しずつ晴れていく。
そして、私は久しぶりに両親の前で子供のように気が済むまで泣くのであった。
私が泣き止むと、二人は愛那について話をしてくれた。
「実はな。愛那が一時期、家に帰って来なくなった時期があっただろう?」
「あの時、愛那が愛華のことを好きだって話を聞かされたのよ。だから私たちとしては、あなたたち二人が幸せならそれでいいと思っているの。
だから愛華も、自分の気持ちに素直になって、あなた自身が自分のことを受け入れてあげなさい」
「愛那が…」
愛那が私のことを好きだと両親に話していたこと、そして私のことを心配して両親に気遣うように言ってくれたこと。
何より私のことを理解し、受け入れてくれた二人には本当に感謝しかない。
(旅行から帰ったら、もう少し自分の気持ちに素直になろう)
まだ友達に自分のことを話すのは怖いが、愛那が、そして両親が私の味方でいてくれるのなら、私はもう少し頑張ってみても良いのかもしれない。
こうして、自分の気持ちと向き合うことができた私は、旅行から帰ったら頑張ろうと心に誓うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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