雪降る温泉
夕食を食べて部屋に戻ってきた私たちは、広縁にある椅子に座ってお茶を飲みながら食休みをしていた。
外は静寂に包まれており、街灯もあまりないためか暗く感じる。
しかし、私としてはこの静かな雰囲気は趣があって好きだし、所々に見える家の明かりは暖かさを感じるので悪くない。
「愛那」
そんなことを考えながら窓の外を眺めていると、向かい側に座った瑠花先輩が声をかけてきた。
「はい」
「今日は、連れてきてくれてありがとう」
彼女はそう言うと、私の方へと深く頭を下げてくる。
「や、やめてください!そんな頭を下げられるほどのことでは!」
「ううん。愛那があの時に旅行に誘ってくれたから、私はあの人に会わなくて済んだ。
それに、愛那がいてくれたから今の私がいるの。本当にありがとう」
私は彼女の言葉にどう返事をしたら良いの分からず、上手く言葉が出てこない。
そんな私を見て、瑠花先輩は私の近くにくると膝の上に乗せていた手を優しく握ってくれる。
「愛那は私の大切な人。あなたがいたから私は変われた。今度は私が愛那を支えるから、何かあったら言ってね」
おそらく瑠花先輩は、朝会った時に話した愛華のことや私の気持ちについて話してくれているのだろう。
「ありがとう…ございます」
感情を言葉にするのが苦手な彼女が、ここまで私を気遣って心配してくれている。
そのことが嬉しくて、思わず泣いてしまいそうになるが何とか堪えてお礼を伝えた。
「瑠花先輩。私、まだ自分がどうしたいのか、どうするべきなのかがわかりません。
それに、まだ人を愛することが怖くて、答えを出すこともできません。
でも、ちゃんと瑠花先輩やみんなと向き合って、後悔のないようにしたいと思います」
「うん。期待して待ってる」
それからしばらくの間、私たちは今日の夕食の話や明日の予定についた話をして、沈んだ気持ちを切り替えていくのであった。
話が落ち着いた私たちは現在、二人で露天風呂へと来ていた。
夜の露天風呂はとても気持ちよく、少し肌寒くはあるが、それに合わせて熱めに入れられているお湯は心地よかった。
「はぅー」
私の横では、今にも溶けてしまいそうなほどにまったりとしている可愛い瑠花先輩がいる。
いつもは下ろしている髪を、今は頭の上でお団子のようにしてまとめているため、細くて綺麗なうなじが露わになっている。
その扇情的な姿に思わず見惚れてしまうが、今はそれよりもお風呂が気持ち良いので私も肩まで浸かって体を温める。
「あ、雪」
瑠花先輩の言葉に空を見上げてみると、パラパラと大粒の雪が降り始めた。
「すごい」
「ほんとですね」
ここまで綺麗な大粒の雪を見るのは生まれて初めてのため、少しだけ心が弾む。
私は雪が好きだ。冷たくて綺麗で、それでいてどこか温かみを感じられるから。
それは汚れを知らない白い雪が降り積もることで、あたりを白く染め上げる様が全てを優しく包み込んでいるように見えるから。
木の色も土の色も家の屋根の色も、全てを白い雪が覆い隠すのを見ていると、自分の汚れた心も染め上げてくれるような気がするから。
いつも見慣れた景色が雪で覆われる様は、きっと綺麗で素敵なことで、時間が経てば戻ってしまうけれども、それでも確実にみんなの記憶に残る。
そんな儚くも美しい雪が私は大好きなのだ。
「愛那、楽しそう」
「そう見えますか?」
「うん。子供みたいで可愛い」
「先輩はすごく綺麗です」
瑠花先輩は雪を見ている私のことを可愛いと言ってくれたが、彼女の落ち着いた雰囲気と白い肌に雪はすごく似合っているので、神秘的に見えるほど綺麗だった。
「ふふ。ありがとう」
それから私たちは、雪が降る幻想的な露天風呂をのぼせない程度に楽しんだ。
露天風呂から上がった私たちは、床の間に敷かれた布団にそれぞれ横になっていた。
寝るにはまだ早い時間だが、今日は慣れない土地に来て観光のためにいろいろと歩き回ったため疲れてしまったのだ。
それに、気持ちの良い温泉にも入ったからか、凄く眠い。
私は目を瞑っているが、このまま眠ってしまっても良いくらいには布団の柔らかさも最高だ。
すると、何やら私の布団がもぞもぞと動いた気がしたので目を開けてみると、横には何故か瑠花先輩がいた。
いや、並んで寝ているのだから横にいるのは当たり前なのだが、私の布団に入ってきて腕にしがみつくようにしながら真横にいるのだ。
「あの…先輩」
「ん、なに?」
「何故、私の布団に入っているのでしょうか」
「気にしないで。この方が落ち着くだけ」
せっかく布団が2つあるのだから、別々に寝れば良いのにとも思うが、彼女が甘えん坊なのはいつものことなので、彼女の好きなようにさせることにした。
くんくん
すりすり
ちゅちゅ
好きなようにさせ…
ちゅちゅ
ぺろぺろ
ちゅ〜
「あの、先輩」
「ん?」
彼女の好きなようにさせた結果、首筋で匂いを嗅がれ、頬擦りをされ、キスをされたあげく舐められて吸われたので、さすがに恥ずかしくて止めた。
(元気だなぁ。普段は運動とかほとんどしない人なのに、何でこんなに体力あるんだろ)
そんな事を考えながら、いまだ何がダメなのか分からないという顔をしている瑠花先輩に私が疲れている事を伝える。
「先輩、私今日は疲れてて。あまりそういう事をする気分じゃ…」
「ん。わかった。なら明日ね。今日はもう寝よう」
先輩はあっさり引き下がると、数分後にはすぅすぅと可愛い寝息を立てて眠りについた。
「ほんと、猫みたいな人だなぁ」
マイペースな瑠花先輩にそんな感想を抱きながら、私は横で眠る彼女を抱きしめて自分も眠りにつくのであった。
余談だが、翌日の瑠花先輩との行為はめちゃくちゃやばかった。
一晩我慢させるとこうなるのかと思い知ることになる夜だったのは、また別のお話だ。
翌日。私はいつもより早い時間に目が覚めて部屋を見渡す。
暗い室内と見慣れない天井、そして畳の良い香りが少しずつ意識を覚醒させていく。
「そっか。旅行に来てたんだ」
布団に入っているはずなのに、部屋は実家にいる時よりも寒くて、思わず身震をいしてしまう。
暖房をつけようと思い布団から出ようとするが、何故か体が動かなかったので布団の中に視線をやると、布団に潜って私にしがみつくようにしながら眠っている瑠花先輩がいた。
「寒くて潜ったのかな」
息苦しくないのかとも思ったが、気持ちよさそうに眠っているのを見る限り大丈夫なようだ。
どうしようかと悩んでいると、瑠花先輩が布団から顔を出して頬に軽くキスをしてきた。
「すみません、起こしちゃいましたか?」
「ううん。たまたま目が覚めただけ」
まだ眠そうにしながらもそう答えた瑠花先輩は、また私にギュッと抱きつくと、胸に顔を埋めてくる。
そんな彼女を私も抱きしめ返してあげると、瑠花先輩は嬉しそうに「ふふ」っと笑ってまた眠ってしまった。
瑠花先輩の柔らかい肌と体温が気持ちよくて、寒いと感じていた事を忘れて私もまた夢の中へと意識を手放した。
次に目が覚めると外はすっかり太陽が上って明るくなっており、時間を確認すると10時を少し過ぎたあたりだった。
「先輩、起きてください」
「…んん」
「そろそろ起きないと観光に行けなくなりますよ」
今日の予定は、外でお昼を食べた後に樹氷を見にいくことになっているため、そろそろ起きてもらわないと支度が間に合わなくなる。
何とか瑠花先輩を起こして布団から出た私たちは、彼女の髪を整えたり服を用意したりと急いで準備をした。
「準備できましたよ。行きましょう」
「ん、ありがとう」
時間内に準備を終えた私たちは、まずは空腹を満たすために飲食店へと向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます