私が支える side優香

 目が覚めると、私は自分の家のベットで横になっていた。


「あれ…私どうして…」


 何故ベットで寝ているのか思い出そうとした時、あのおじさんから必死で逃げていた時のことを思い出す。

 あの憎しみの籠った表情は恐怖しか感じず、頬を叩かれた時の痛みと無力感が思い出される。


 それだけで私の体はまた震えだし、思わず叫び出しそうになった。


 しかし、右手を誰かに握られている気がして恐る恐るそちらを見てみると、私の手を握りながらベットに体を預けて寝息を立てている愛那の姿があった。


(そうだ。愛那が助けてくれたんだ…)


 あの絶望的な状況の中、愛那は私のことを助けるために頑張ってくれた。

 それはまるで物語に出てくる王子様のようで、思い出しただけで胸がドキッと高鳴る。


 私は初めての気持ちにどうしたら良いのか分からず、ぼーっと愛那のことを眺めていた。

 すると、部屋の扉がゆっくりと開き、静かにお母さんが部屋の中に入ってくる。


「優香、目が覚めたのね。よかったわ」


 お母さんは私が目を覚ましたのを見ると、声を震わせながら抱きしめてくれた。

 これまで礼儀作法や勉強に厳しかったお母さんがここまで感情的になるのは珍しく、どれだけ心配してくれたのかが伝わってくる。


 そして、お母さんから感じる確かな愛情が私の心を優しく包み込み、安堵したからか涙が溢れてくる。


「うぅ…。おか…さん…」


 私はしばらくの間、初めてお母さんの前で子供のように泣き続けるのであった。





 数十分ほど泣き続けた私は、ようやく落ち着くとお母さんに愛那のことについて尋ねる。


「ねぇ、お母さん。何でここに愛那があるの?」


 外はすでに真っ暗で、何時なのかまでは分からないが、夜の遅い時間なのだけは分かった。


「ふふ。それはね。愛那ちゃんが優香のことが心配だからここにいても良いかって聞いて来たからよ。


 最初は親御さんも心配するだろうし止めようとしたのだけれど、あまりにも真剣にお願いしてくるものだから、許可したの。

 でも、さすがに疲れて寝てしまったようね」


「そうなんだ…」


 愛那が私のために残ってくれた。その事実がすごく嬉しくて、胸の奥が暖かくなってくる。


「愛那…」


 繋がれた右手に少しだけ力を込めると、愛那も無意識に握り返してくれた。

 それが何だか面白くて、くすくすと笑ってしまう。


「あら。もしかして…」


 お母さんはそんな私を見ながら、一人で何かに納得したように頷いている。


「どうかしたの?」


「いいえ。何でもないわ。ただ、あなたの幸せのためなら、私は優香の味方になるからね」


 おそらく、お母さんは私が愛那に抱いている感情に気づいたのだろう。

 その上で私の味方になってくれると言ったのは、お母さんも愛那のことを気に入っているからなんだと思う。


 でも、愛那には好きな人がいるから、私のこの気持ちが実ることはきっと無い。

 だって、その好きな人も愛那のことが大好きで、二人はどう見ても相思相愛なのだから。


 それでも、お母さんが私の味方でいてくれるというのは嬉しかったので、私は私なりに大好きな二人のことを支えていこうと思うのであった。





 あの事件から数日が経ち、私は事件について話を聞かされた。


 どうやらあのおじさんは、お父さんの昔の知り合いらしく、自分の経営している会社が倒産寸前まで追い込まれており、多額の借金ができた。


 そして以前、何とかお金を貸してくれないかとお父さんに頼み込みんだが断られ、結局会社は倒産。


 残った借金を返済する術もなかったおじさんは、逆恨みでお父さんの娘である私を誘拐し、身代金で借金を返済しようとしていたようだった。


 何とも迷惑な話である。


 あの日以来、私には二つの変化があった。

 一つ目は、愛那に対する自分の恋心に自覚したこと。

 多分、愛那と初めて出会い、ありのままの私を受け入れて寄り添ってくれたあの日から、私は少しずつ惹かれていたんだと思う。

 そしてあの事件の時、私のために行動し助けてくれた愛那に私は恋をした。


 二つ目は男の人が苦手になった。正確に言えば怖くて近づくことができなくなったのだ。

 同じ学校の男の子や先生なら何とか耐えられるのだが、知らない男の人を見るとあの時のことを思い出してしまいパニックになる。


 だから落ち着くまでの間、私は学校以外に家を出ることはなかったし、学校に行く時も車で送迎をしてもらった。


 それでも少しずつ落ち着いてきた私は、中学に上がる頃には何とか自分で外を出歩けるようになった。


 しかし、今度は何故か愛那と愛華の関係が壊れ始め、私たちが三人で揃うことは減っていった。


 愛華は愛那とお揃いで伸ばしていた髪をバッサリと短く切り、愛那が話しかけても曖昧な返事ばかりでちゃんと話そうとしない。


 そしてついには無視をするようになり、私たちとは違う人たちと一緒にいるようになった。


 愛那は頑張って話そうとしているし、関係を元に戻そうともしていた。

 それでも愛華が距離を置き関係を断とうとしているから、二人の溝は深まるばかりだった。


「愛那、大丈夫か?」


「ん?なにが?」


「愛華のこと…」


「あぁ、大丈夫だよ。きっと前みたいに戻れるから。心配しないで」


 そう言って笑う愛那だったが、それはまるで自分に言い聞かせているようで、見ているこっちの胸が痛くなる。


 それに私は知っている。愛那が自分の何がいけないのかを必死に考え、思いついたことは頑張って直そうとしていることを。


(私が何とかしないと。二人を支えるって決めたんだ)


 大切な二人のために行動すると決めた私は、愛華にメッセージを送り人気のないところに呼び出した。


「何のよう?優香」


「なぁ、愛華。なんで愛那のことを避けてるんだよ」


「別に。前が近すぎただけだよ。今が普通なんだよ」


 愛華はそう言いながら、胸元で組んだ腕を指で叩いていた。

 その仕草は愛華が苛立っている時の仕草で、昔からイラついたことがあれば指でどこかを叩く癖があった。


「愛那がお前のことをどれだけ大切で好きなのか知ってるだろ!それにお前だって…!」


「うるさい!優香には関係ないでしょ!」


「何でだよ!お前たち二人でずっと一緒にいたじゃないか!それに私たち友達だろ!」


「私たち二人は近すぎたんだ。だからこんな抱いちゃいけない感情を…。こんなの普通じゃない!

 それに、優香のことは友達だと思ってるけど、私たちの関係には口出ししないで。迷惑だから」


 愛華はそう言うと、もう話す気は無いと言わんばかりに踵を返して戻っていった。


「二人は両思いだっただろ。それが何で…」


 二人のために何もできなかった無力感。大好きな愛那を笑顔にしてやれなかったことへの悔しさで俯いた顔を上げることができなかった。


 それからも、愛那と愛華の関係が元に戻る事はなく、私は愛那と二人でいる時間が増えていった。


 愛華が私たちのもとに来ることは無くなり、愛那も学校では愛華に話しかけようとはしない。


 それでも、たまに愛那が寂しそうに愛華を見つめている姿を目にすると、胸が締め付けられるように痛くなる。


(はぁ。私は本当に役立たずだ)


 お金があって勉強ができたとしても、大切な友達のために何もできないのであれば何の意味もない。


 結局私は、一人では何もすることのできない弱い人間だったのだ。





 そんな関係が続き高校二年生の夏休み明け。いつものように教室に向かうと、そこに愛那の姿はなかった。


 しばらくして教室に先生が入って来たが、始業式があるから体育館に移動するように言うだけで出席確認などはしなかった。


(どうしたんだろ…)


 愛那のことが気になりはしたが、学校に来ているのかも分からなかったため、とりあえずは始業式のために体育館へと移動する。


 始業式が終わり教室に戻って来てから少しすると、愛那が教室へと入って来た。


「あ。あい…な…」


 しかし、視界に映った愛那の様子が夏休み前とはどこか違った。

 夏休み期間中、私はずっと母方の祖父母の家にいたので、愛那には一度も会っていなかった。


(何があったんだ)


「あ、優香。おはよ」


 そう言って笑った愛那だったが、いつものような明るさもなく、どこか心が折れてしまったような雰囲気が感じられた。


「久しぶりだな。夏休みはどうだった?」


 私はなるべくいつも通りを装い、それとなく彼女に夏休み中のことを尋ねてみる。


「うーん。特に何もなかったかな」


 愛那は笑いながら答えてくれるが、やはりその笑顔には気力を感じられず、今にも消えてしまいそうなほどに儚かった。


「そうか」


 しかし、私もこれまで二人の役に立てなかったことからそれ以上尋ねる勇気が持てず、曖昧に答えて話を終わらせた。


 あの日から愛那は授業をサボってどこかに行くようになり、たまにふらっと戻って来てはまたどこかへと消えるようになった。


 そんな日が数日続いたある日、私の家に愛那の両親がやって来た。


「すみません。こちらに愛那が来ていませんか」


 二人の話を聞くと、どうやら最近愛那が家に帰っていないらしく、もしかしたらと思いうちを尋ねて来たようだった。


 私たちが来ていないことを伝えると、二人は頭を下げて帰っていった。





 それから二日ほど経った日。私は近くの住宅街を歩いていると、愛那が知らない女性と一緒に出てくるのを見かけた。


 私は急いで彼女に近づくと、逃げられないように腕を掴み、女性に断りを入れてから自分の家へと連れていく。


 家の手伝いをしてくれている人たちが出迎えてくれるが、そんなのに構っている暇はなかったので、全て無視をして自分の部屋へと向かう。


 部屋に入った私は、何も言わずに彼女の頬を思い切り叩く。

 愛那はびっくりした顔で私のことを見てくるが、私はもう止まることができなかった。


「何やってんだよ!お前ずっと家に帰ってないらしいな!学校に来てもほとんど授業に出ないし!お前の両親が心配して家まできたんだぞ!!」


 何も言い返すことのない愛那に、私は自分の怒りと気持ちをぶつけていく。

 すると、愛那に気持ちが伝わったのか、彼女はポロポロと涙を流し始めた。


 私はそんな彼女を抱きしめると、昔、彼女が私にしてくれたように、落ち着くまで優しく背中を撫で続けた。


 落ち着いた愛那から話を聞くと、どうやら夏休み中に愛華から振られたらしく、全てがどうでも良くなり家に帰らなくなったそうだ。


 その話を聞いた瞬間、私は愛華に強い怒りを覚える。

 しかしそれと同時に、愛華が愛那を要らないと言うのであれば、私がずっと蓋をしてきた気持ちを打ち明けても良いのではないかと思った。


(もう後悔はしたくない)


 覚悟を決めた私は、自分の着ていた服を脱いで下着姿になると、戸惑っている愛那に自分の気持ちを伝える。


「私は愛那のことを愛してる。だから私のことも愛してくれ」


 彼女が私の心の傷に寄り添い支えてくれたように、今度は私が彼女の傷に寄り添い支えていく。


 その覚悟を込めて、私は愛那にキスをした。その後、私たちの関係はただの幼馴染から変わってしまったが、付き合うことはなかった。


 それは愛那の気持ちがまだ変わっていないのと、彼女が人を愛することに臆病になってしまったからだ。


(大丈夫。待つことには慣れてる)


 この先、私たちの関係が深まるかはまだ分からないが、それでも大好きな人のためなら、私は迷わず行動することに決めたのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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