私の理解者 side優香
私の家はいわゆるお金持ちだ。何代か前のお祖父様は総理大臣を務めたこともあるし、今は全国で旅館経営やホテル経営をしているため裕福な生活ができている。
ただその分、礼儀作法や習い事、そして勉強などには厳しかった。
だからなのか、小学校に上がる頃には人の機微に聡く、他者が私をどう見ているのか何となく分かるようになっていた。
お金持ちの娘。佐伯家のお嬢様。子供とは思えない態度への気持ち悪さ。
それら全ては私の外側のみを見て判断されたものであり、誰一人として私の内面を知ろうとはしてくれなかった。
小学校に入学してからも、親から私と仲良くするように言われているのか、特に用もないのに話しかけようとしてくるクラスメイトたち。
「おはよ!優香ちゃん!」
「おはようございます。(めんどくさい)」
「あの、もしよかったら今度うちに遊びに来ない?パパとママも優香ちゃんに会ってみたいんだって!」
「ありがとうございます。時間があれば行かせてもらいますね。(めんどくさい)」
「優香ちゃん!お昼休み一緒に遊ぼうよ!」
「ええ。喜んで。(めんどくさい)」
当たり障りのない返事をしながらも、内心では全てがめんどくさくて、これ以上関わって欲しくないと願い続けた。
小学校3年生のとある日、私は同じクラスにいた双子の女の子たちが気になった。
その二人は友達とも話していることはあるが、基本的にずっと二人で行動しており、私のことも全く見向きもしていなかった。
(まるで、世界に二人しかいないみたい…)
私がそう感じてしまうくらい、二人はお互いを尊重し大切にしあっていた。
(羨ましい…)
自分を隠さずに、素直に気持ちを向けられる相手がいる二人を見ていると、私は自然とそう思ってしまった。
それから数ヶ月ほど経ったが、私の学校生活が変わることは無かった。
いつも退屈な日々。私と仲良くしようと話しかけてくる子供たちの背後にはその両親たちの影がチラつく。
面倒でつまらなくて代わり映えのない日々。
そんな私は最近、我慢できなくなると一人で校舎裏に来て愚痴るようになった。
「はあ、いつまでこんな生活しないといけないんだ」
しかしいくら辛くても、幼い私は家族に怒られることが怖かったため、結局それらの愚痴を直接言うことは出来なかった。
その日もいつものように誰もいないだろうと思い一人愚痴ると、近くで聞こえないはずの足音が聞こえた。
「え…?」
私は驚いてそちらに顔を向けると、前に教室で見た双子の片割れが私のことを見ていた。
「ど、どうしましたか?」
内心言葉が乱れていたことに気づかれていないか焦っていたが、自分を偽るのは慣れていたので、すぐにその仮面を被り尋ねる。
「えっと、愛華のこと探してて。見てないですか?」
一瞬誰のことを言われているのか分からなかったが、双子のもう片方だろうと思った私は素直に見ていないことを伝える。
「ごめんなさい。誰も見ていないです」
「そっか。わかりました」
しかし、その子は何故か帰ろうとせず、ただ私のことをじっと見てきた。
「なにか?」
私がそう声をかけると、女の子は何かを決心したように一度頷き、私の方に一歩近づいて来た。
「あの、ね。無理して丁寧に喋らなくていいよ?」
その言葉を聞いた瞬間、私の思考は停止して何も考えられなくなる。
「さっきの喋り方の方が楽そうだったから、その方がいいと思う」
聞かれていた。その事実が私の心に大きな衝撃を与え、さらに何も知らない女の子に同情されたことで自分の感情が抑えられなくなる。
「お前に…お前に何が分かるんだよ!」
私は今まで話したこともない相手に怒鳴り、自分の感情をぶつけていく。
一度溢れてしまった負の感情は止まるところを知らず、勝手に口が声を発していく。
「小さい頃からずっと礼儀作法に勉強ばっかり!言葉遣いもちゃんとしないと怒られるし、自由なんてない!何も強制されることなく育ってきたお前に私の気持ちなんて分かんないだろ!!」
そこまで一息で言った私は、肩で息をしながら顔を上げることができなかった。
それはあたってしまったことへの罪悪感と、我慢している涙を見られたく無かったからだ。
(さすがに帰ったよな)
酷いことを言ってしまったことは自覚しているが、あんなことを言わればさすがに帰っただろうと思った。
しかし、その女の子は帰ることはなく、むしろ私のもとに駆け寄ると力一杯抱きしめてきた。
「辛かったんだね。私、あなたみたいに頭良くないから分からないけど、大変だったんだね」
そう言いながら私を抱きしめる彼女は少し鼻声で、体も僅かに震えていた。
おそらく、分からないながらに私のことを心配し、私のために泣いてくれているのだろう。
「うぅ…つら、かった。もうこんなの…いやだ…」
私もそんな彼女につられてしまい、泣きながら本音を吐露してしまう。
彼女はそんな私を抱きしめながら、母親が子供をあやすように背中をトントンと軽く叩いてくれた。
私が泣き止んだ頃、空は茜色に染まっており、今いる校舎裏は暗くなりつつあった。
彼女から体を離した私は、視線を逸らしながらもあたってしまったことを謝ることにした。
「ごめん。私、酷いこと言った」
「ううん。大丈夫だよ」
そう言って笑ってくれた彼女の顔を見ていると、少しだけ胸が温かくなる。
「ね、ねぇ。あなたの名前教えて?」
「愛那だよ!」
「私は優香。よろしく」
「うん!よろしく!」
愛那は本当に私のことを知らないのか、初めましてと挨拶をしてくる。
「私、愛那と同じクラスだよ」
なので私は、自分が彼女と同じクラスであることを伝えた。
「え?!そうなの?!ごめんね、知らなかった」
「私、結構目立つと思うんだけど」
「本当にごめんね。私、愛華以外の人を覚えるの苦手で…」
そう言って気まずそうに笑った愛那の言葉に、私は何故かモヤッとした感情を抱く。
「あ!私そろそろ帰らないと!愛華も見つけないとだし、どうしよう」
そういえば、愛那がここに来た理由は双子の片割れを探していたからだった。
どうやら私のせいで迷惑をかけてしまったようなので、自分も探す手伝いをすると伝えた。
「本当に?!ありがとう!」
事情を聞いてみると、二人はどうやらかくれんぼをしていたようで、愛那が双子の姉を探しているとのことだった。
それからしばらく二人で探し回った結果、愛那がなかなか探しにこないので飽きてしまった愛華が昇降口で待っているところを見つけた。
そして、私はそのまま愛那から愛華に紹介され、私たちは友達になった。
最初は二人の見分け方が分からなかったが、よく見てみると愛那は左目の下に泣きぼくろがあり、そこで見分けがつけられるようになった。
しかも、二人は私が言葉遣いを荒くしても否定をせず、寧ろそっちの方が良いと言って受け入れてくれた。
私はそんな二人のことが大好きになり、家に行ったり呼んだりと仲良くなることができた。
二人との出会いから二年が経ち、私たちは五年生になった。
この二年間は本当に楽しくて、二人の前では素の自分でいられるため、以前よりも気持ちが楽になった。
そんなある日、愛華が体調を崩して学校を休み、私と愛那の二人で帰路についていた。
「愛華は大丈夫なのか?」
「うーん。今朝は熱もだいぶ下がったって言ってたから、多分大丈夫じゃないかな」
「そっか。このままお見舞い行ってもいいか?」
「もちろん!愛華も喜ぶよ!」
愛那が愛華を一番大切にしていることは二年経っても変わっておらず、彼女は愛華の話になると楽しそうに笑う。
そんな愛那を見る度に、何故かモヤモヤとした感情が胸に広がるが、これが何なのかは分からなかった。
その後、愛那と一緒に彼女の家へと向かい愛華のお見舞いを済ませた私は、一人で家まで帰っていた。
「やぁ、一人で帰るのかい?」
突然後ろから声をかけられ振り向いた先にいたのは、以前に一度だけ家で見かけたことのあるおじさんだった。
「あ、はい。友達の家に寄っていたので」
私の返事を聞いたそのおじさんは、いきなりニタァっと薄気味悪い笑みを浮かべると、私の方へと近づいてくる。
「そうかそうか。なら一人は危ないから、おじさんが家まで連れて行ってあげるよ」
「い、いえ。大丈夫です。一人で帰れるので」
私はその人の気持ち悪さと何ともいえない危機感に駆り立てられ、一人で帰れることを伝えながら一歩ずつ下がっていく。
「遠慮しなくていいんだよ。さぁ、こっちにおいで」
「い、嫌です!」
私は自分の直感を信じ、急いでそのおじさんから走って逃げる。
「まてっ!!」
おじさんは先ほどまでの優しさで塗り固めた仮面など脱ぎ捨て、憎しみを込めた表情で追いかけてくる。
まだ自分の家に着くまでは距離が遠く、しかもこの辺の道には詳しくない。しかも、今は夕方なので人もおらず、私はどんどん家の少ない方へと向かってしまう。
「はぁ…はぁ…!手こずらせやがって!」
とうとう捕まってしまった私は、そのおじさんに頬を思い切り叩かれて、私に強い恐怖を与えた。
(誰か、助けて…。愛那…)
恐怖で声が出なかった私は、心の中で必死に助けを求め、愛那のことを呼ぶ。
「うわっ?!なんだ?!!?」
すると、私の胸ぐらを掴んでいたおじさんが突然騒ぎ出し、私のことを離した。
「優香!こっち!」
何が起こったのかは分からなかったが、聞こえてきた声は私が求めていた人物のものだったので、急いで向かう。
「愛那!!」
愛那に手を引かれた私は、また走り出して近くの家へと逃げ込んだ。
それからはあっという間だった。助けてくれた家の人が警察を呼んでくれて、私を追いかけていた人はあっさりと捕まった。
「愛那、ありがとう。でも、どうして…」
私は愛那に抱きしめられながら、何故助けに来れたのかを尋ねる。
「愛那が忘れ物をしてから届けに行ったら、ちょうど逃げてるところ見たんだ。それで、必死になって追いかけたの」
どうやら最初から私のことを助けようとしてくれていたらしく、何とか追いついた時に持っていた私の忘れ物を投げつけたらしい。
「本当に、ありがとう。あい…な…」
さっきまで感じていた恐怖と疲労感、そして助かったという安心感が一気に私を襲い、私はそのまま愛那の腕の中で気を失ってしまうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
思ったより長くなってしまったので、優香のお話はもう1話続きます。
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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