似ている私たち side瑠花
私の両親は、物心ついた時から仲が悪かった。いや、口喧嘩をするならまだ改善の余地はあったと思う。
しかし、私の両親の間には会話など一切なく、同じ家に暮らしているはずなのに互いが互いをいないものとして扱っていた。
そんな二人なので、当然私の面倒も最低限にしか見てくれず、ご飯が出てくる以外の関わりはなかった。
物心ついた時からそんな状態だったので、私にとって家族とはそんなものだと思っていたし、二人の関係にはとくに違和感とかは感じなかった。
まぁ、そんな関係が長く続くわけもなく、私が小学校3年生の頃、母親は何も言わずに家を出て行った。
その時はまだ私が小さかったということもあり、さすがに父親も毎日帰って来ては冷凍食品やらインスタントの物を用意して食べさせてくれた。
それからさらに数年が経ち、私が中学に上がった頃、ついに父親もたまにしか家に帰ってこなくなった。
ただ、何もしないことに多少の罪悪感はあったのか、それとも何もしないと外聞が悪いと思ったからなのかは分からないが、生活費と食料だけは送ってくれていた。
私もその事には感謝していたし、当時はそんな風に気遣ってくれる父親がそれなりに好きだった。
(お父さんは仕事で忙しい。だからこれだけでも仕方ない)
小さい頃から会話することはほとんどなかったが、さすがに家に一人で居るのは寂しかったので、そうやって自分の心を納得させる。
そんな生活が続き一年が経ち、寂しさにも慣れて来た頃、私は信じられないものを見てしまった。
いつも家にいるだけでつまらなかった私は、家から少し離れたところにある映画館に行く事にした。
とくに見たいものは無かったが、気晴らしには丁度良いと思ったので、映画館に着いたら適当に見る予定だった。
(何か面白そうなのは)
上映中の映画と時間が表示されたパネルを眺めながら何を見るか考えていると、私の前を歩く親子が目に入り、私は驚きで目を見開く。
(お父さん?)
そこには、仕事でいつも家に帰ってこないはずの父親が、私とあまり歳の変わらない女の子と見知らぬ女性の3人で歩いていた。
父親の顔は、家で見たことのある無表情ではなく、笑顔で楽しそうにその人たちと話していた。
その瞬間、私は全てを理解した。私が小さい頃から二人の仲が悪かったのは、おそらく父親の浮気が原因だろう。
しかも、一緒にいる子供の年齢を見る限り、母親が妊娠してからの。
(はは。何だ。私は本当にいらない子だったんだ)
その後はとても映画を見る気にもなれず、電車に乗って家へと帰って行った。
その日から、私は何もかもがどうでも良くなり、無気力に生きていくだけの人形のようになった。
学校は適当な理由でよく休むようになったし、家から出ることも必要最低限になった。
幸いにも勉強はできる方だったので、出席日数だけ気にしていればとくに問題は無かったし、友達もいなかったので気にする必要はなかった。
そんな無気力で生活していく内に感情はどんどん死んでいき、高校に入る時には笑い方さえも忘れてしまった。
父親は私が成長するにつれて家に帰ってくる回数はさらに減っていき、年に一回しか帰ってこなくなった。
しかし、私としてもあんなクズには会いたく無かったので、帰ってこない方が嬉しかった。
高校に進学してからも私の生活が変わることはなく、登校しても適当な理由で授業をサボっては人気のないところに行き一人で過ごした。
勉強の方は教科書を見てれば何となく分かるので、テストの時も問題はなかったし、学年でも10位以内には入っていたので、先生もたまに話しかけてくるだけだった。
高校に入ってから始めたカフェのバイトは楽しかったが、これといって心が動かされるということもなく、結局は暇つぶしのようなものでしかなかった。
(私、何で生きてるんだろ…)
高校3年生になり、進路に向けてみんなが頑張っている頃、私は自分の存在意義が分からなくなっていた。
呼吸をして、食事をして、勉強をして、バイトをして、何にも関心がなくただただ無気力に生きていくだけの私。
みんなのように夢や目標がある訳でもなく、かといって何もしなければそれはそれでつまらない。
そんな自我が曖昧な状態で高校最後の夏休みが終わったあの日、私は運命の出会いをした。
いつものように長期休暇明けの始業式をサボった私は、3年間ずっとお世話になっている屋上に続く踊り場へと向かった。
この場所は人が来ることがほとんどなく、一人でいたい私にとっては最高の場所だった。
その日も誰もいないだろうと思い階段を上って目的の場所に着くと、見たことのない女の子が一人座っていた。
黒くて綺麗な長い髪に、大人っぽくて整った顔立ちの女の子。ほぼ毎日ここに来ている私だったが、こんな子がいるのは初めて見た。
その子も私に気がついたのか、何も言わずに私の方を見てくる。
先客がいるなら仕方がないと思い、踵を返して戻ろうとした私に、後ろから声がかけられた。
「戻らなくてもいいですよ」
「…わかった」
いつもなら声をかけられても無視していたはずなのに、何故か彼女のことが少しだけ気になった私は、改めて彼女の方を向いて階段を上り反対側の壁に背を預けて腰を下ろした。
(少し、私と似てるかも)
何があったのかは知らないが、この世で一番信じていたものに裏切られた。彼女からはそんな雰囲気が感じられ、そこが少しだけ私と似ているような気がした。
だからなのか、いつもなら無視しているはずの他人に対して、珍しく私から話しかけてみた。
「あなた、何でここにいるの」
とくに深い意味はなく、本当にただの興味本位で尋ねた私の言葉に対して、儚げな雰囲気の女の子は、私のことをチラッと見たあと視線を合わせずに答える。
「なんか、全部どうでも良くて。だから人のいないここにきました」
「そっか。私と一緒だね」
彼女に何があって、私と同じ考えになったのか少し興味はあったが、誰しも知られたくないことはあるだろうし、今日初めて会ったばかりだ。
今後この子と会うことはないだろうと結論づけた私は、彼女から視線を外して目を閉じる。
それからしばらく経つと、向かい側で人の動く音がしたので目を開ける。
どうやら女の子は帰るようで、立ち上がって階段を下りて行こうとしていた。
私がまた一人になるんだなと思っていると、その女の子は何を思ったのか、私の方に振り返り目を合わせて来た。
「また、来てもいいですか」
その言葉を聞いて、私は少しだけ驚いた。もう会うこともないし、ここに彼女が来ることも無いだろうと思っていたから。
「いいよ」
私はこの少しの時間で彼女のことが気に入ったのか、無意識のうちに返答する。
彼女は私の返答に少しだけ微笑むと、階段を下りて教室へと戻って行った。
それから私と彼女は、よく授業をサボってはこの場所で会うようになった。
最初こそあまり会話もしなかったが、お互い少しずつ話をするようになり、今ではかなり打ち解けたと思う。
そんなある日、私はずっと気になっていた彼女、姫崎愛那がここに来るようになった理由について聞いてみた。
「愛那」
「なんですか?」
「愛那は前に、全部どうでもよくなったって言ってたけど、何があったの?」
「あぁ。それはですね…」
愛那はまた寂しそうな、そして今にも泣いてしまいそうな顔をしながら話をしてくれた。
「私、ずっと好きな人がいたんです。でも夏休み中に振られちゃって。思いが強かった分ダメージも大きくて。なんか生き甲斐を失った感じがしたんです」
「その好きな人って?」
「双子の姉です。気持ち悪いですよね。同性で、しかも姉が好きなんて。分かってはいるんですが、好きだって気持ちには正直でいたいんです」
自分が普通とは違うと自覚しながらも、それでも自分の気持ちに素直で隠そうとしない愛那はすごく綺麗で、ずっと自分の感情を殺してきた私にとっては眩しく感じられた。
だからなのか、そんな彼女に当てられて、私も自分の家庭環境や気持ちを自然と話してしまった。
私の話を聞いた愛那は、何も言わずに私のことを抱きしめて、他人のことだというのに涙を流してくれた。
それがとても嬉しくて、私も最後に流したのがいつかも分からない涙で頬を濡らした。
しばらく愛那に抱きしめられながら泣いた私は、ようやく落ち着いたところでもう一つの秘密を話す。
「…あとね、私も実は女の子が好きなんだ」
「え、そうなんですか?」
「うん」
私はもともと人を好きだという感情は分からなかったが、父親が浮気をして母親を裏切っていたのを知り、異性というものが嫌いになった。
それ以来、まだ人を好きになったことはないが、付き合うなら女の子が良いと考えるようになった。
「じゃあ、私たちは似たもの同士ですね」
「ふふ。そうだね」
この時、私は初めて心から笑えた。そして、少し楽しそうに笑う愛那を見て、私の止まっていた感情が動き出す。
経緯や形は違えど、好きな人や大切な人が離れていった私たち。
そのことに絶望し、心が傷つき生きる意味を失った私たち。
女の子が好きで、似たもの同士な私たち。
そして、私のために泣き、私と一緒に笑ってくれた愛那に、私は人生で初めての恋をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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