初めての喧嘩
家の最寄り駅まで帰ってきた私は、改札を通って外に出る。
そして家までの帰り道につこうとした時、ふと視界に二人の人物が入った。
(あれは、愛華と前に一緒にいた男の子?)
そこで私は、金曜日に愛華が両親に日曜は遊びに行くと言っていたことを思い出す。
(まさかここで出くわすとはね)
別に彼女がどこで誰と会おうが関係ないが、いざその光景を目の当たりにすると少しだけ気になってしまう。
(んー。このまま帰ったら鉢合わせしそうだよね。カフェで時間でも潰そうかな)
カフェで時間をずらして帰ることにした私は、愛華たちとは反対の方へと歩いていく。
「いらっしゃいませー」
カフェに入った私は、壁際の席に座って適当に飲み物を頼む。
待ってる間暇だったので、スマホを使って時間を潰していると、優香からメッセージがきた。
『今どこにいる?』
『駅の中にあるカフェ。どうかした?』
『お、ちょうど近くにいるから会いに行ってもいいか?』
『いいよ』
優香と私たちは幼馴染だが、家が近いというわけではない。
最寄りの駅は同じだが、家は反対方向にあるため、少しだけ離れている。
先ほど見た光景がまだ忘れられなかった私は、一人でいるのが嫌だったので優香の提案に了承した。
それから少しの間、頼んだ飲み物を飲みながら待っていると、私が座っている席の方に優香が歩いてきた。
「急に声かけてごめんな」
「大丈夫だよ。それで、急にどうしたの?」
「いや、特に理由はないんだけどな。そろそろ愛那が帰ってきそうな時間だったし、私も近くにいたから声かけてみただけだよ」
「ふーん」
「それより。愛那は何ですぐに帰らなかったんだ?」
優香は私がすぐに家に帰らなかった理由の方が気になったのか、何故なのかと尋ねてくる。
「帰ろうとしたんだけど、さっきたまたま愛華がデート帰りのところ見かけてね。男の子と一緒だったから、鉢合わせしないように時間をずらしてるんだ」
「あぁ、そういうことか」
愛華の名前を聞いただけで優香は少し不機嫌になってしまったから、私は話を変えるために彼女が何をしていたのか聞くことにした。
「優香こそ、今日は何で駅にいたの?」
「母方の祖母の家に行ってきたんだ。最近体調が良くないらしいから見に行ってきた」
「大丈夫なの?」
「あぁ。別に病気とかではないし、日頃の疲れとか出たんだと思うよ」
優香は私を安心させるために笑いながら話すが、彼女は母方の祖母のことが大好きなので、心配しているのが伝わってくる。
「何かあれば言ってね。できることは少ないと思うけど、一人にはしないから」
「ありがと。いてくれるだけですげー嬉しいよ」
その後、優香も飲み物を注文したので、私も一緒にお代わりを注文する。
今私が優香にしてあげられることは何もないが、彼女の不安が少しでもなくなることを願いながら一緒にいるのであった。
あれから1時間ほど飲み物をお代わりしながらいろいろな話をした私たちは、カフェを出て駅の前にいた。
「ありがと愛那」
「ううん。また何かあれば声かけて」
「ほんと、いつも助かるよ」
優香はそう言うと、一度目を逸らしてからまた私のことを見つめてきた。
「愛那」
「なに?」
「一つお願いがあるんだ」
優香はそういうと、少しだけ目を逸らしてもじもじしながらお願いを言う。
「少し屈んで欲しい」
「…これでいい?」
私は彼女に言われた通り、優香と同じ目線になるように膝を曲げて屈む。
すると、優香は私の左頬に手を添えると、今度は右頬に顔を近づけてきてそっとキスをする。
「…優香?」
「た、たまにはいいだろ!?今日のお礼だ!」
優香は顔を赤くしながら早口でそう言うと、私から目を逸らしてしまった。
彼女が自分から私にこういうことをするのは珍しいので、私としても凄く嬉しかった。
だから私も、外だということを気にせずに彼女のことを抱きしめると、お返しとして額にキスをする。
「なっ?!」
「ふふ。私もお礼だよ。今日はありがとね」
「…ばか。気をつけて帰れよ」
「優香もね」
お互い背中に回していた腕を話すと、私は地面に置いてたカバンを持つ。
「また明日ね」
「あぁ。また明日」
優香と別れの言葉を交わした私は、改めて自分の家への帰路へとつく。
私は愛華たちを駅で見かけたことなどすっかり忘れ、幸せな気持ちで家に帰っていくのであった。
家の近くまで帰ってきた私は、時間を確認するためにスマホを開く。
時刻はすでに18時を回っており、両親に帰ると伝えていた時間をだいぶ過ぎてしまっていた。
(怒られることは無いだろうけど、一応謝っておいた方がいいよね)
家に着いたらまずは両親に謝ることに決めた私は、ドアを開けて中に入る。
「ただいまー」
「…遅い。何してたの」
「…え?」
誰もいないだろうと思い、玄関に入るとすぐに靴を脱ごうと思って下を向いた私は、声をかけられたことに驚いて顔を上げた。
するとそこには、何故か怒りを滲ませた瞳で私を見下ろす愛華がいた。
「何で遅かったの」
「…駅にあるカフェで優香とお茶してたんだよ」
「は?優香と?」
「そうだよ」
「時間通りに帰った来ないとお父さんとお母さんが心配するでしょ。なんでお茶なんかしてきたのさ」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸中にはなぜという疑問ばかりが生まれてくる。
何で私が愛華にここまで怒られてるのか分からないし、今さらどうして私に構ってくるのかも分からない。
ただ、せっかく幸せな気持ちで帰ってきたのに、愛華の理不尽な怒りのせいで私までイライラしてきた。
「うるさいなぁ。愛華がデート帰りだったのを駅で見かけたから、時間をずらすためにカフェに居たんだよ。そしたらたまたま優香が近くにいたから会っただけ。理解した?」
私が愛華に対してここまで感情的になった事は無かったので、愛華は驚きで目を見開いていた。
「…みて、たの?」
「見たよ。それで二人の邪魔をしないために気を遣ったのにさ。感謝されこそすれ、何で怒られなきゃいけないわけ?」
「…それは」
愛華はそれから黙って俯いてしまい、彼女の言葉が続く事はなかった。
私はそんな彼女の曖昧な態度が気に食わなくて、荷物を持って横を通り過ぎる。
「私疲れたから休むね。ご飯は後で食べるって言っといて」
私はそれだけ言うと、階段を上って自分の部屋へと向かった。
部屋に入ってすぐ、怒りが抑えきれなかった私はカバンを床に投げ捨ててベットに倒れ込む。
(むかつく。自分から離れていったくせに、今さらなんで構ってくるわけ)
最近の愛華は本当によく分からない。私が嫌いならほっといてくれれば良いのに、やたら私のことを気にかけてくる。
そして、何より一番気に入らないのは…
(愛華に気にかけられてることが嬉しいと思ってる私が一番むかつく…)
これまでずっと距離を置かれて来て、三ヶ月前には振られて、ようやく吹っ切れたと思っていたのに。
それなのに、いざ話しかけられるようになると喜んでしまう自分がいた。
「はぁ。…愛華の匂いがする」
愛華は隠しているつもりかも知れないが、私がいない間に彼女がこの部屋で寝ていることは知っている。
ずっと愛華のことが好きだったのだ、彼女の匂いくらい覚えている。
その匂いが私のベットに付いていれば、彼女が私の部屋で寝ていることくらいすぐに気づく。
「みんなに会いたい…」
私は3人の大切な人たちを思い浮かべて、愛華のことを忘れようとする。
それだけで少し気持ちが落ち着いたので、私は本当にあの3人が好きなのだと改めて実感した。
早く明日を迎えてみんなに会うために、私は目を閉じて意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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