寧々さんは優しすぎる
突然だが、茨木寧々はもともとは異性愛者だった。彼女は中学から高校までバスケをやっていたそうだ。
当時は髪が短かったらしく、それに加えて背が高くて整った容姿のせいか、女子生徒によくモテていたらしい。
そして高校3年の頃、とある一人の女子生徒に告白された。
その子は部活の後輩で、寧々さんもその子のことは後輩として可愛がっていたらしい。
寧々さん自身は異性愛者であるが、可愛がっていた後輩であること、そして彼女の優しさにより断ることができず、結局付き合うことにしたそうだ。
それから数日間、一緒に帰ったりお昼を食べたりと楽しい時間を過ごした。
初めてできた恋人ということもあり、寧々さんは彼女を大切にし、手を繋いだりもなかなかできなかったらしい。
しかし、その彼女といる時間は本当に幸せで、異性愛者ではあったが少しずつ後輩のことが好きになっていった。
それからさらに数日後、寧々さんは彼女からデートに誘われたそうだ。
初めてのデートということで気合を入れた寧々さんは、前日から着ていく服を頑張って選び、初めてのデートプランも考えた。
迎えたデートの日。寧々さんは前日に選んだ服を着て家を出た。
待ち合わせ場所で彼女と合流し、頑張って考えたデートプランをもとにデートをする。
彼女もとても楽しそうにしてくれて、寧々さんは内心デートがうまくいったと喜んだそうだ。
そして、デートをしたことで彼女の魅力を知り、彼女のことをこれからも大切にしていこうと誓った。
しかし翌日。その気持ちは無惨にも裏切られることになる。
デートに行った次の日。寧々さんはいつもより浮かれた気持ちで学校に行った。
お昼休みになると、早く彼女に会いたかった寧々さんは、自分から彼女の教室へと向かう。
すると、教室の入り口で彼女が友人たちと話しているのを見かけた寧々さんは、邪魔をしないために少し離れたところで待つことにした。
しかし、それが彼女の心に消えない傷を与えることになった。
たまたま後輩たちの話していた内容が寧々さんの耳に入ってしまったのだ。
『寧々先輩とデート行ったんでしょ?どうだった?』
『んー、ぶっちゃけ期待外れだった』
『なんで?』
『だって、私が好きなのはかっこいい寧々さんなのに、デートに来た時の寧々さんはスカートですごく可愛い服だったんだよ?私が求めてたのとなんか違ったよ』
『あはは、そうだったんだ』
彼女のことを大切にしていこうと決めた寧々さんにとって、その言葉はあまりにも残酷だった。
しかし、それでも彼女が好きで心優しかった寧々さんは、その言葉を聞いても別れたりはせず、高校を卒業するまで付き合ったそうだ。
その間、彼女の心がどれだけ傷つけられてきたかのか私には分からない。
ただ分かるのは、寧々さんはその日以降、みんなが求めるかっこいい自分を装い、口調を男っぽくし、可愛いものが好きな自分を隠すようになったということだけだ。
二人で作ったシチューを食べ終えた私たちは、一人ずつお風呂に入ると各々自由に過ごしていた。
「寧々。私がここに座ってて邪魔じゃない?
「全然大丈夫。むしろ安心するからそこにいてよ」
「わかった」
私は現在、寧々さんの足の間に座り、彼女に寄りかかりながらスマホを使っていた。
寧々さんはどうやら、昨日大学で課題が出されたらしく、参考にするための本を読んでいた。
「そういえば、最近ピアス増えなくなったね」
彼女が開けているピアスの数は、彼女が告白されて断ってきた女の子たちの数だ。
彼女自身、みんながかっこいい自分だけを求めているわけではないということは分かっているが、それでも最初の彼女に言われた言葉が忘れられずにいる。
だからあの日以来、告白されても人と付き合うことができず全て断ってきた。
自分勝手な理由で断っていることに罪悪感を感じた彼女は、相手から逃げている自分が許せなくて、その分ピアスを開けて忘れないようにしている。
「うん。今は愛那が好きだし、愛那はあたしの全部を知ってるからね。だから告白されて断っても罪悪感があまり無いんだよね」
おそらく私がいるという理由が出来たことで、他者の気持ちを断ることに対する罪悪感が減ったのだろう。
人は何かをする時、理由があるのとないので気持ちの持ちようが変わる。
それが良いことであれ悪いことであれ、気持ちに影響を与えるのは確かだ。
「ふふ。ありがと」
私は寧々さんの右頬に手を添えながら、振り返って彼女の左頬側に顔を近づけてキスをする。
「んなっ?!愛那?!!?」
寧々さんは人と付き合ったことがほとんどないため、キスなどもしたことがない。
だから私がこうしてたまにキスをすると、いつもとは違う可愛らしい反応をしてくれる。
「嬉しかったからついね。ほら、課題頑張って」
「う、うん」
寧々さんはまた本に目を通していくが、先ほどとは違いあまり集中できていないようだ。
そんな彼女の反応を楽しみながら、私たちはゆっくりとした時間を過ごす。
それから数時間後には寧々さんも本を読み終え、私も疲れたので二人でベットに横になり眠りについた。
瑠花先輩は肉食系だが、寧々さんは草食系なのでそういった行為をしたことはまだない。
私も寧々さんのことは好きだが、彼女はこれまでたくさん自分を殺して生きてきた。
だから私は彼女の気持ちを尊重するし、彼女に合わせてゆっくりと寄り添っていきたいと思っている。
翌朝。私は美味しそうな匂いを感じて目を覚ました。
まだぼやけている目を擦りながらテーブルを見てみると、出来立ての目玉焼きや味噌汁、そしてご飯などがテーブルに並べられていた。
「あ、おはよ愛那。ちょうど朝ごはんが出来たから顔でも洗ったきな」
「うん」
私はベットから降りると、洗面台の方に向かい顔を洗う。
そしてテーブルについて二人で朝食を食べながら今日の予定について話す。
「寧々は行きたいところある?」
「んー、特にないかな。愛那は?」
「私もないんだよね」
「なら、今日は部屋で映画とか見るのはどう?」
「いいよ。なら、近くのコンビニにお菓子とか買いに行こうか」
この後の予定が決まった私たちは、朝食を食べ終えると着替えて近くのコンビニに向かった。
そこでお互いに好きなお菓子や飲み物を買ったあと、アパートへと戻ってきて映画を見る。
寧々さんは結構乙女思考なので、恋愛映画が大好きだ。
私も嫌いというわけではないが、私自身は最初から同性愛者なので、普通の恋愛映画にはあまり共感が持てない。
だからなのか、今も横で感動して涙を流している寧々さんの気持ちが私にはいまいち理解できなかった。
それでもストーリー自体は面白いので、こうして寧々さんと一緒に見ているわけだが。
その後も何作品か映画を見たあと時間を確認すると、そろそろ変える時間になっていたのでそのことを寧々さんに伝える。
「寧々。私そろそろ帰らないと」
「ん?もうそんな時間か。わかった、近くまで送るよ」
「ありがと」
私がリュックを背負うと、寧々さんはもう一つのカバンを持ってくれた。
こうしたさりげない行動はかっこよくて好きだし、彼女の優しさが感じられる。
しかしこういった行動は、彼女が男っぽく見えるよう意識してきた結果の一つでもあるため、少しだけ胸が痛む。
アパートを出たあと、私たちは最寄りの駅まで歩く。
その間、私も来年には受験生になるので、大学についての話を聞かせてもらった。
寧々さんは楽しそうに大学の話や友達の話をしてくれたので、彼女を傷つける人がいないことに安堵した。
話をしていたらあっという間に駅に着いてしまい、私たちはそこで繋いでいた手を離した。
「それじゃあ、帰りますね」
「また泊まりに来てくれよ」
「もちろんです」
私は寧々さんからカバンを受け取りながらまた来る約束をすると、駅の改札を通る。
そしてもう一度後ろを振り返れば、寧々さんはまだ私を見送ってくれていたので、いつものように手を振る。
寧々さんもそれに気づいてくれて手を振り返してくれたのを確認すると、私は電車に乗って家へと帰るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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