私と彼女たちの違い side愛華

 世の中には常識というものがある。悪いことをしたら謝る、犯罪を犯してはいけない、そして人は異性を好きになる。


 私は小さい頃から妹の愛那のことがずっと好きだった。

 最初はただ妹として、そして家族として好きだったが、気づいた時には恋心に変わっていた。


『愛華ちゃんは、好きな人いるの?』


『私はね、愛那が好き!』


 小学生の頃、常識に疎かった私は自分の恋心に疑問を持たなかった。

 だから友達と好きな人の話になれば、私は迷わず愛那の名前を出していた。


『愛那ちゃんは女の子でしょ?そうじゃなくて、好きな男の子はいないの?』


 しかし、友達は私が愛那に向ける感情がただの姉妹愛だと思ったのか、好きな男の子について改めて聞いてくる。


『男の子はいないかな』


 この時は、愛那が好きだと言っているのに何故男の子について聞いてくるのか分からなかった。


 幸いにも、私もその時の友達もまだ幼かったので、それ以上深い話になることは無かった。





 中学生になると、周りの友人たちは恋愛というものに興味を持ち始め、話すことといえばそういった話ばかりになる。


『愛華』


『なに?』


『あんた好きな人とかいないの?』


『愛那かな』


『また愛那か。ほんと仲がいいね』


 この時から、私は自分の恋心に疑問を持ち始めた。

 何故なら、友人たちが好きになるのはみんな男の子ばかりで、誰一人同姓が好きだという人はいなかったし、付き合ったという話も聞いたことがなかった。


(もしかしたら、私は普通じゃないのかな)


 その日から、私は友達を観察してみたりスマホで調べたりして情報を集めた。


 結果分かったのは、人は一般的には異性を恋愛対象とするのが普通だが、最近では同性愛者という人もいるらしく、私もどうやらその同性愛者らしかった。


(つまり、私は他の人とは違うってこと?)


 その事実を知った瞬間、私は何ともいえない恐怖と気持ち悪さで胸がいっぱいになる。


(こんなこと、人に言えるわけない…)


 学校とは社会の縮図だ。人と関わっていく以上、良い噂も悪い噂もすぐに広まる。

 そんな場所で私がレズだと知られれば、忽ち私の居場所など無くなるだろう。


「隠さなきゃ。絶対に…」


 自身が一般常識からズレていることが分かった私は、少しずつ愛那と距離を置くようになった。


 愛那とお揃いで伸ばしていた髪は短く切り、家でも外でも話さないようにした。


 それでも愛那は私から離れようとせず、何度も私に話しかけて関係を元に戻そうとしてくる。


 愛那が私に向ける感情が、私と同じで姉妹愛ではなく恋愛感情だということはわかっていた。

 それでも、その気持ちを受け入れることが私にはすごく怖かった。


 大好きな愛那と距離を置くのは辛かったし、何より話しかけてくれてるのに無視してしまうことが申し訳なかった。


 しかし、それ以上に自分が他の人と違うという現実を受け入れることの方が耐えられなくて、私は逃げるように愛那を無視し続けた。





 そうして月日が流れ、高校生になった。愛那は年々綺麗になってきて、同じ双子のはずなのに私より大人びて見える程だ。


 本人は気づいていないようだが、愛那と付き合いたいと思っている男子は多かった。


 実際に私の周りにいた男子にも、愛那を紹介して欲しいとお願いされたことがある。


(私の大切な愛那を紹介するわけないでしょ)


 その度に私は、嫉妬と敵意を隠してやんわりと断り、変な輩が愛那に近づかないようにしていた。


 愛那から逃げている私にそんな資格が無いのは分かっているが、今も昔も彼女を愛しているという気持ちに変わりはなかった。


 そして、愛那もそれは変わらないようで、高校に入学してからも変わらず私に話しかけてくれていた。


 気持ちに素直になれたら楽なのかもしれないが、他の人と違うというのが私にとってはとても辛かった。


 友人たちに気持ち悪がられたら、両親に軽蔑されたら、愛那に捨てられたら、そんな事ばかりが頭をよぎってしまう。


「もうどうしたらいいのか分からない」


 私にもっと勇気があればこんなに悩まずに、今頃は愛那と付き合えていたかもしれない。


「こんなこと考えても意味なんてないのに。ほんと、吐き気がする」


 いつまでも前に進むことのできない私と、自分の気持ちに素直な愛那。

 そんな愛那を見ていると、自分が惨めに思えてきて気持ち悪さすら覚える。


「もう、終わらせよう…」


 愛那にこれ以上近づかれると、私がどうにかなってしまいそうだったので、私は愛那との関係を終わらせることにした。





 高校2年生の夏、私は久しぶりに自分から愛那に話しかけた。


「愛那、少し話があるんだけどいい?」


「うん。いいよ」


 今は夏休みのため、両親は共働きで家におらず、私と愛那だけがリビングにいた。


「どうしたの、愛華?」


 長く話すと私の心が揺れてしまいそうだったので、私は単刀直入で話をする。


「愛那、私、好きな人ができた」


 愛那は私の言葉を聞くと、今にも泣き出しそうな表情をする。

 しかし、彼女が涙を流すことはなく、付き合えるといいねと微笑むだけだった。


 話が終わった私は自分の部屋に戻ると、ベットに倒れ込み声を押し殺して泣く。


「ごめん…愛那。ごめんね…」





 それからの日常は、これまでと大きく変わった。


 あの日から数日間、愛那は私を避けるように家に帰ってこなかった。

 どこで何をしているのか心配ではあったが、原因である私が声をかけても筋違いなことは分かっているため、気持ちをぐっと我慢する。


 さらに一週間が経った頃、愛那は突然両親にバイトをしたいと言い始めた。

 最初こそ両親は反対していたが、愛那が何度も頼み込んだことで、結局は両親の方が折れた。


 それからの愛那は目に見えて変わっていった。

 黒かった髪を茶色に染め、耳には誰に開けてもらったのか分からないピアスを付けていた。


 そして、週末はよくバイト先の人の家や優香の家に泊まりにいくことが増えた。

 その結果、必然的に愛那が私に話しかけてくることが減り、一緒に生活する時間も減っていった。


「これでいいはずなのに。なんでこんなに寂しいんだろ」


 愛那が泊りに行った日、私は少しでも寂しさを紛らわせるために、勝手に彼女の部屋に入りベットで眠るようになった。


「私、何してるんだろ…」


 好きな人なんていないのに、愛那から離れるために嘘をついた。

 さらに嘘だとバレないよう、興味もない男の子と一緒に帰ったりもしている。


 しかし、誰といてもどんな話をしても全く楽しくないし面白くもない。

 それよりも、私とあわよくば付き合いたいと思っていそうな下心が透けて見える視線が不快でたまらなかった。


「気持ち悪い」


 どんなに避けようとしても、やはり私はレズだからなのか、それとも愛那以外に触られたくないからなのか。

 理由は分からないが、男の子から向けられる視線が気持ち悪くて仕方がないし、触られた時は酷い吐き気を催しそうになる。


「愛那」


 私はその時のことを思い出しただけで気持ち悪くなった気持ちを鎮めるため、愛那の枕をギュッと抱きしめて眠りについた。





 二ヶ月が経つと、愛那が週末に泊りに行く生活にもだいぶ慣れた。


 その間も、彼女がいない時は勝手に部屋を使って寝ていたが、幸いにも愛那にはまだ気づかれていない。


 そんな時、私は愛那が知らない女の子と腕を組んで歩いているのを見かけた。


(優香じゃない。誰だろ)


 愛那が私や優香以外と腕を組んでいる姿はこれまで一度も見たことがなかった。

 その相手が気になった私は、近くにいた友人に尋ねてみる。


「ねぇ、あの人誰か分かる?」


「あの人?…あぁ、望月先輩だよ。望月瑠花先輩。私たちの一つ上で、可愛いのにいつも一人でいるから割と有名な人だよ」


「ふーん…」


 初めて聞く名前だが、そんな事はどうでも良かった。


(知らない女が愛那と腕を組んでるなんて)


 その事実だけが私にとっては重要で、激しい嫉妬が私の心を染めていく。


(調べなきゃ)


 その日から私は、望月瑠花についての情報を集めることにした。

 伝手を使って友達の先輩からも話を聞いてもらい、少しずつ情報を集めていく。


 そうして分かった事は、まず望月瑠花には友達が一人もいない。勉強は学年で10位以内に入るほど優秀だが、運動は苦手。


 そして、両親は彼女が幼い頃に離婚し、今はほぼ一人暮らしをしているそうだ。

 幸いにも小学生の頃から一緒の人がおり、これらの情報を集めることができた。


 さらにはその人から望月瑠花の家を知ることもでき、最低限の情報を手に入れることができたが、愛那との関係だけは全く分からない。


(友達のいない望月瑠花と愛菜がなんで知り合いなの)


 いくら調べても分からなかった私は、最終手段として愛那をつけてみる事にした。


(はは。私何やってるんだろ。これじゃあただのストーカーじゃん)


 そんな自虐をしながらも、我慢できなかった私はその行動をやめなかった。


 結果分かったのは、望月瑠花と愛那は同じバイト先で働いており、愛那はたまに彼女の家に泊まりにいっているということだ。


 そして、愛那をつけていて分かったことがもう一つある。


(望月瑠花は愛那が好きだ)


 私自身が愛那のことを好きなのだ。なら、彼女が愛那を見る瞳に好意が込められていることくらいすぐに分かる。


 その他にも、バイト先の大学生らしき女性や優香も愛那のことが好きなようだ。


「気に食わない。…でも」


 私の愛那に手を出そうとする全てが気に食わないが、それ以上に自分の気持ちに素直な彼女たちが羨ましかった。


「私、ほんと何やってるんだろ…」


 愛那のことは好きだが、やはり私は普通から外れるのが怖かった。


 愛那への愛情と彼女の周りにいる女の子たちへの嫉妬や羨望、そして自分への呆れで頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。


(もう分からない。あんな嘘までついたのに、結局愛那が気になっちゃう…)


 自分と彼女たちの違いを知ってしまった私は、そんな彼女たちを羨むことしかできず、結局いつものように前に進むことができないまま泣くことしかできないのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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