幼馴染の嫉妬は可愛い
私と愛華は同じ高校に通っているが、家を出る時はいつもバラバラだ。
理由は単純で、愛華が私を避けるように最初に家を出ていくからだ。
それに、私はあまり朝が強くないため、教室に着くのはいつも登校時間ギリギリになる。
今日も私は、いつもと同じようにチャイムがなる少し前に教室に着き、席に座る。
「おぉー。相変わらずギリギリ登校だな」
「ギリギリでも、時間内にくれば問題ないんだからいいでしょ?」
「それはごもっともで」
席に着くなり話しかけてきたのは、小学校からの幼馴染である
彼女は喋り方こそ男の子っぽいが、身長は154cmと少し小柄な方で、綺麗な黒髪を腰まで伸ばした清楚系な見た目をしている。
何故こんな喋り方なのかは彼女の家庭環境による影響が大きく、出会った頃からずっとこの喋り方だった。
しかし、私としてはこの方が彼女らしくて好きなので、とやかく言うつもりはない。
「なぁー、今日は遊びに行こうぜ?」
「無理。今日もバイトだから」
「ちぇ。いつになったら遊んでくれんだよ」
「んー、しばらくは無理そうかな。今週は金曜日以外ずっとバイトあるし、土曜日はバイト先の先輩の家に泊まりにいくし」
「まじかよ。金曜は私が予定あるしなぁ。てか、またバイト先の人の家に泊まりに行くのかよ。私の家にはいつ来てくれんだ?」
優香はそう言うと、少し拗ねたような表情をしながら前を向き頬杖をつく。
そんな彼女が可愛くてもう少し揶揄ってあげたくなるが、これ以上やると可哀想なのでこの辺でやめておく。
「来週なら行けるけど?」
「まじか?!いつならいいんだ?!」
さっきまで拗ねていたのが嘘のように、目を輝かせながら顔を寄せてくる優香は少し子供っぽくて微笑ましくなる。
「来週の土曜日はどう?」
「その日なら私も大丈夫だ!」
「わかった。なら、土曜日に行くね」
「やった!!」
優香はよほど私が泊まりにくることが嬉しかったのか、周りを気にせずに大きな声で喜ぶ。
そんな彼女の反応が面白くて、バレないようにクスクス笑っていると、ふと思い出したことがあったので聞いてみることにした。
「そういえば、愛華とは最近どう?」
「はっ。知らねーよ、あんなやつ。最後に話したのがいつかも覚えてねぇ。そういう愛那はどうなんだよ」
「私も相変わらずかな。昨日もたまたま会ったから話しかけたんだけど、無視されちゃった」
「またかよ。あいつと同じクラスじゃなくてほんとよかったぜ」
優香がここまで愛華を嫌っているのは私が原因だ。昔は3人でよく遊んでいたのだが、愛華が私を避けるようになってからは優香とも距離を置くようになった。
そして、優香は私が愛華のことが好きだったことを知っているので、愛華が離れていったことで私がどれだけ悲しんだかも知っているため、こんな関係になってしまった。
「まぁ、愛華のことはもういいよ。それより、土曜日は朝から遊ぶでしょ?何をしようか」
「それなら、私が完璧なデートプランを考えておくよ!」
「デートって、お互い誰とも付き合ったことないでしょ」
そんな私たちが完璧なデートなど知る由もないので、笑って受け流す。
優香は少しだけ恥ずかしかったのか、耳を赤くして私から目を逸らした。
「と、とにかく。何するかは私が決めるから、愛那は楽しみにしててくれ」
「わかったよ」
恥ずかしがりながらも、私をエスコートしようとしてくれる彼女が可愛かったので、自然と微笑んでしまった。
優香との話が一段落つく頃、ちょうど始業のチャイムが鳴り、担任の先生が教室へと入ってきた。
授業が全て終わり、放課後になると私はいつものように帰り支度をしてバイトに行く準備をする。
「よしっと。私はそろそろ帰るけど、優香はどうする?」
「ちょいまちー。私も途中まで一緒に帰るから」
「りょーかい」
優香の準備が終わるまで暇だったので、何となく窓から外を眺めてみる。
すると、見知った女の子が男の子と二人で歩いているのが視界に入った。
(あれは愛華かな。じゃあ、その隣にいる彼が…)
愛華は三ヶ月前、珍しく私に話しかけてくると、好きな人ができたと言ってきた。
それから付き合ったという話は聞いていなかったが、今こうして仲良く一緒に帰っているのをみると、多少の進展はあったようだ。
さすがに三ヶ月も経ったので、愛華が他の誰と居ようがもう何とも思わないだろうと思っていた。
しかし、片思いしていた期間の方が長かったせいか、愛華が他の人と仲睦まじい姿を見ると、まだ少しだけ胸が痛む。
私は頭を振ってさっき見たことを忘れることにし、改めて優香の方を見る。
「終わったぞ。…って、どうした?」
「なんでもない。行こうか」
本当のことを言ってしまうと、また優香に心配をかけてしまいそうなので、私は何でもないと誤魔化すと、彼女を連れて教室を出るのであった。
学校を出た私たちは、近くの駅まで手を繋いで歩く。優香は昔から私との距離が近く、こうして手を繋いだり腕を組んで出かけることが多かった。
「優香。このまま一緒にバイト先に来る?」
「絶対行かない」
「なんで?」
「お前が他の女とイチャつくの見たくない」
何故なのか尋ねてみると、何とも可愛らしい理由で私のバイト先に来たくないらしい。
「ふふ。可愛いね」
「やめろ。可愛くないだろ」
「可愛いよ。だってそれ、嫉妬してくれたってことでしょ?」
「やめてくれ。本当に恥ずかしいから…」
彼女はそう言うと、顔を赤くしながら私とは反対側を向いてしまった。
それでも髪の間から見える耳は赤かったので、隠しきれてはいないのだが。
優香と私は付き合っているわけではないが、幼馴染という以外にも、少しだけ特殊な関係だ。
それに、彼女は昔からあまり友達が多い方ではないので、私への独占欲が少しだけ強く、他の人と仲良くするのをあまり良く思っていない。
その後も優香のことを揶揄いながら駅まで歩いて行き、私たちはいつものようにそこで別れた。
電車に乗ってしばらくたち、そこからさらに歩いていくと、ようやくバイト先に着く。
ここは駅から離れているため少し通いづらいが、それが逆にお客さんとなる女性たちにとってはありがたかった。
いくら女性限定のお店だと言っても、駅近にあるとお店に入るまではやはり周りの目は気になる。
だから私のようなレズの人にとって、人目が少しでも減るここは最高の場所なのだ。
「お疲れ様です」
「ん。愛那、お疲れ」
「瑠花先輩、お疲れ様です」
お店に入ると、瑠花先輩は私が来たことに気づき近寄ってきて、ギュッと抱きしめると顔をすり寄せてくる。
「愛那、今日もいい匂いする。バイト終わったら泊まりにくる?」
「下着とかないので無理なのことは、昨日も言いましたよね?」
「憶えてる。でも、どうしても愛那と一緒にいたいの。だめ?」
私のことを抱きしめながら上目遣いで見上げてくる瑠花先輩はとても可愛くて、少しだけ胸がドキッとする。
(年上のはずなのに、何でこんなに可愛いんだろ)
「…わかりました。なら、明日泊まりに行きます。それでいいですか?」
「うん!大丈夫!」
瑠花先輩はそう言うと、いつも眠そうにしている目を嬉しそうに細めて笑った。
結局、彼女のお願いに負けてしまった私は、家に帰ってから親に話すことや準備しなければならないものを頭の中でまとめていくのであった。
バイトが終わって家に帰ってきた私は、さっそく両親のところへ向かい明日の話をすることにした。
「お父さん、お母さん」
「ん?どうした?」
「なぁに?愛那」
「明日なんだけど、高校の先輩に泊まりに来ないかって誘われたから、バイトが終わったらそのまま行ってきてもいいかな」
「それは別に構わないが、次の日も学校だろ?大丈夫なのか?」
「うん。着替えとかも用意して持っていくから大丈夫」
「わかったわ。ただ、あまり迷惑はかけないようにね」
「ありがとう」
両親は私が友達の家に泊まりにいくことをあまり咎めたりしない。もちろん許可を取らずに行けば怒られるだろうが、報告すれば基本的には許してくれる。
これは別に両親が私に興味がないとか愛していないからとかではない。
実は愛華だけが知らないことだが、私は両親にだけは自分がレズであることや愛華が好きだったことを伝えてある。
失恋したあの日から数日間、私は何もかもがどうでもよくなった時期があった。
そして、両親に何も言わず家に帰ってこない日もあったので、さすがに心配した二人が話を聞いてくれたのだ。
最初、自分が女性を好きなことや愛華が好きなことを打ち明けるのは怖かったが、私の話を聞いた二人は泣きながら私を優しく抱きしめてくれた。
気持ち悪いと言われることも覚悟していた私だが、二人はそんなことは言わなかった。
むしろ『辛かったね』『話してくれてありがとう』と受け入れてくれた。
その日から、両親は私が話さえすれば知り合いの家に泊まりにいくことを許してくれるようになった。
これは私が愛華を好きだったことを知った両親なりの気遣いであり、優しさであり、愛なのだ。
いつも思うが、本当にこの二人が両親で良かったと心の底からそう感じる。
二人から許可をもらった私は、今日も一人でご飯を食べ、後片付けをした後は部屋へと戻っていくのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
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