すれ違う双子は近くて遠い

琥珀のアリス

失恋からの始まり

 双子とは、本当に近いようで遠い存在だと思う。小さい頃は、純粋にお互いのことが大好きで一番だったし、大切な片割れだと思っていた。


 しかし、時間の流れというものは残酷で、成長していく中で多くの人と出会い、世の中の常識に触れていくにつれて二人だけだった世界には他者が入り込む。


 そんな私たちの小さな世界に他者が入り込むことで、お互いの価値観が変わっていく。

 そうして、恋愛感情を抱くのは異性へと変わっていくのだ。


愛那あいな。私、好きな人ができた」


 私にそう話してくるのは、双子の姉である姫崎愛華ひめさき あいか。私の大切な片割れであり、初恋相手だ。


 愛華は名前の通りとても華があり、多くの人に愛されて学校でも人気がある。

 小さいころに二人でお揃いに伸ばしていた髪も、今では顎のあたりで短く切り揃えられていた。


 小さいころ、私たちは本当に仲が良かった。当時の私たちは何をするにも一緒で、お風呂や寝る時も一緒だった。

 そして、将来は結婚しようねと約束するほどに仲良しだったのだ。


 しかし、お互い成長していくにつれて二人でいる時間は少しずつ減っていき、今ではあまり話すこともなくなった。


 というよりも、愛華の方から私と距離を置くようになったのだ。

 私はまだ愛華のことが好きだし、結婚はできなくとも恋人関係にはなりたいと思っている。


 だから未練がましく、私だけは昔のように髪を伸ばしていたし、積極的に話しかけるようにもしていた。


(でも、それも今日で終わりか。愛華に好きな人ができたのなら、私はもう関わるべきじゃないよね)


「そっか。同じクラスの人?」


「うん」


「付き合えるように頑張ってね」


 こうして高校2年生の夏。私の長い長い初恋は、失恋という形でついに終わりを告げたのだった。





 愛華に好きな人ができたと言われてから三ヶ月が経った。

 私は黒かった髪を茶色に染め、耳にはピアスを開けていた。


 ただ、別にこれは自暴自棄になったからとかではなく、前から興味はあったが、愛華と少しでもお揃いでいたかったがゆえに諦めていたことをやっただけのことだ。


 最初こそ両親や友人たちに驚かれたが、みんな似合っていると褒めてくれた。

 しかし、何故か愛華だけは少しだけ寂しそうな顔をしていたので気になったが、おそらく好きな人と何かあったのだろうと結論付け、気にしないことにした。


 そして、一番大きく変わったのは私がバイトを始めたことだ。

 場所は家から少し離れたところにある女性限定のカフェで、夜はバーもやっている。


 ここの特徴は女性限定という点で、私のようなレズの人も多くやってくるため、そういった人には密かな人気のデートスポットにもなっている。


 バイトをしたいと両親に言った時は最初こそ反対もされたが、何とか説得を続けてようやくバイトをすることができたのだ。


 そんな変化だらけの三ヶ月を過ごした私だが、逆に愛華の方には特にこれといった変化がなく、好きな人と付き合ったという話も聞いていない。


 確かに、たまに男と一緒にいるのを見かけることはあるが、むしろ前以上に愛華からの視線を感じるようになり、私の周りにいる時間が増えたような気がする。


(まぁ、もう私には関係ないけど)





 そして、今日も学校が終わった私はいつものようにバイト先のカフェに来ていた。


「お疲れ様です」


「あら、お疲れ。今日もよろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


 私が今話しているのは、このカフェの店長である水無月彩葉みなずき いろはさんだ。

 彩葉さんはとても優しい人で、他のスタッフからも人気が高い。そしてなによりガチレズなのだ。


 というか、ここで働いている人はみんな恋愛対象が女の人ばかりで、彩葉さんがそういった悩みを抱えてる人を積極的に雇っている。


「よーっす、愛那!今日も可愛いな!」


「お疲れ様です、寧々さん」


 私を可愛いと言いながら後ろから抱きついてきたのは、茨木寧々いばらき ねねさん。私の2つ上の先輩で、ここでバイトをしている大学生だ。


 ピンクアッシュのグラデーションが綺麗な髪色と、いくつも開けられたピアス。

 身長が高くて少し吊り目気味のところがかっこよく、お客さんからの人気も高い人だ。

 

 噂によれば、ピアスの数はこれまで付き合った恋人の数らしい。

 もしそうならかなりの人と付き合ったことになるわけだが、私は彼女のピアスの意味を知っているので特に気にしたりはしない。


 ちなみにだが、私にピアスを開けてくれたのは寧々さんだ。


「なぁー、今日はうちに泊まってくだろ?」


「だめ。愛那は今日はうちに泊まる。寧々はさがってて」


 あまり抑揚のない声でそう言ったのは、望月瑠花もちづき るか先輩。

 私と同じ高校の3年生で、いつも気怠げで猫っぽい雰囲気と小柄な身長から、バイト仲間やお客さんからはとても可愛がられている。


 瑠花先輩とはたまたま知り合う機会があり、同じ女の子が好きということから意気投合した。

 そのため、ここのアルバイトを紹介してくれたのも瑠花先輩だった。


「お疲れ様です、瑠花先輩」


「お疲れ。それより、今日は泊まりに来てくれるよね」


「明日も学校があるじゃないですか。さすがに平日は無理ですよ」


「むぅ。それならうちから一緒に行けばいい。名案」


 瑠花先輩はそう言うと、慎ましやかな胸を張って、可愛いドヤ顔でそんなことを言う。


「下着とかないのでだめです。また今度泊まりに行きますから」


「確かに下着は大事。わかった。絶対来てね」


「はい」


 私が了承すると、瑠花先輩は上機嫌で更衣室に向かう。

 私も彼女についていこうとしたが、後ろから手を掴まれてしまい動くことが出来なかった。


「なぁ。瑠花の家には泊まりに行くのに、あたしんとこには来てくんないのか?」


 後ろを振り向くと、少しだけ寂しそうな顔をした寧々さんが私のことを見ていた。

 寧々さんはいつもはかっこよくて明るい人だが、たまに見せる可愛さがギャップとなりとても魅力的だ。


「なら、今週の土曜日に泊まりに行きます。それでどうですか?」


「よっしゃ!約束だかんな!」


 嬉しそうにガッツポーズをした寧々さんは、また接客をするためにホールの方へと戻っていった。

 すると、誰もいなくなったのを確認した彩葉さんが私に話しかけてくる。


「相変わらずモテるわねぇ」


「私には勿体無い人ばかりです」


「いいじゃない。青春って感じで素敵よ?あとは愛那次第じゃないかしら?」


 彩葉さんはそう言いながら流し目で私のことを見てくる。

 この人は無駄に色気があるので、できればそういった行動は控えて欲しいものだが、それを言うと意識してるみたいで嫌なので口にすることはない。


「それはそうと、最近はどう?」


「そうですね。皆さんのおかげでだいぶここにも慣れてきました」


「よかった。でもあまり無理はだめよ?困ったことがあったらいつでも声をかけて?」


「いつも気にかけてくれてありがとうございます」


「大丈夫よ。私は店長なんだし、こういうのも仕事のうちだから。さて、そろそろ着替えておいで?」


「はい」


 私は返事をしたあと、着替えるために更衣室へと向かうのであった。





 バイトが終わった私は、いつもと同じ時間に家へと帰ってきた。

 バイトはいつも21時までなので、ご飯を食べる時は一人になる。


 最初の頃はお父さんもお母さんも食べ終わるまで一緒にいてくれたが、さすがに何もないのに付き合わせるのも申し訳なくて、結局私の方から断った。


「あ…」


 ご飯を食べていると、後ろから声が聞こえたので振り返ってみる。

 そこには、いつもこの時間は部屋にいるはずの愛華が立っていた。


「ん?…愛華?こんな時間にどうしたの?」


「…別に」


 彼女はそう言うと、冷蔵庫の方へと向かっていく。どうやら喉が渇いたため、飲み物を取りに来たようだ。


 彼女は用を済ませると、私のことなど無視してダイニングを出て行こうとする。


「おやすみ、愛華」


 私は何となく声をかけてみたが、案の定彼女からの返答はなく、また一人でご飯を食べていくのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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