負けず嫌い〈前編〉

 俺の前世での幼馴染だった王神嶺華は、負けず嫌いを超えた『負けたら死ぬ病』にかかっていた。


 自分より足の速い選手、自分より正確なパスが出せる選手、自分よりゴールを決める選手を見つけては、そのそれぞれと競い合い、こてんぱんに打ち負かした。

 小学生の頃は男子中学生を、中学生の頃は男子高校生を相手に、自分より強い者を探し回っていた。


「私は人類最強のサッカー選手になるの」


 嶺華は同世代女子の中で一番の選手だと認められても満足せず、男だろうが年上だろうが、ただ目の前に立ちはだかる強敵を、全て倒さねば気が済まないようなヤツだった。


 そういう規格外に自信過剰な王神嶺華に、アオクマ・アスラは似ていた。

 顔や声だけでなく、話し方や仕草、ポニーテールのボリューム感も、そのメンタリティもそっくりだった――というか完全にコピー&ペースト。


「よし、勝負しよ!」

 目の前で、青いポニーテールが楽しそうに跳ねている。


「はぁ? またぁ? もういいだろぉ?」

「全然よくない! アンタが『アオクマ様にはかなわないですぅ』って、わたしに泣きつくまでやるんだから」


「アオクマ様にはかなわないですぅ、えーん」

「ウソ泣きじゃん!」

「バレたか」


「コーチ! ミニゲームしよ!」

「はいはい」


 アスラが泣きながら追っかけてきたあの日から、練習終わりに俺たちだけ追加のゲームをするのがルーティーンになっていた。デュオのペアを決めるためのゲームも当然やるから、毎回2連戦。正直、しんどい。


「スコアC」

「はい、俺の負けー」

「これで3勝2敗、私の勝ちー!」


 俺の方もミスをする演技が上手くなり、最初の頃の不自然さが全く無くなっていた。


「もう気が済んだろ?」

「ぜんっぜん!」


 それからというもの、日常生活のありとあらゆることが勝負と化し、その全てでアスラは俺に勝とうとした。


 たとえば算数のテストがあった時――

「アンタ、テスト何点だった?」

「78点」

「はい、80点! 私の勝ちー!」


 たとえば、給食の時――

「どっちが早く食べ終わるか勝負!」

「はぁ?」


 カレーライスのような異世界メシをかき込み、すかさず彼女は手を挙げた。

「私のゴフッ! ゴフッ、ゴフッ!」


 たとえば、放課後に少年団のグラウンドに移動する時――

「グラウンドに早く着いた方が勝ちだからね!」

「おい! 車――じゃなくて、船来てっから危ねぇって!!」


 横断歩道が赤に変わりそうになっても、おかまいなし。

「私の勝ちー!」


 そしてその全てで、彼女は俺に勝利した。

 というか勝たせてあげた。もう、本当に面倒くさかったから。

 もしかするとアスラは、嶺華よりも深刻な負けず嫌い病を患っているのかもしれない。本物の方は、1回でも完勝すれば、それで満足してくれたもんな。


 そういや嶺華は、ゲームだけは俺に負けても悔しがらないヤツだった。そのおかげで、ゲームだけは全然上達しなかったし。あれ、何だったんだろ。


「あんたは私のライバルなんだから、ちゃんとしなさいよ!」

 今朝も俺は、グラウンド入口で仁王立ちしている女子小学生から、有難いお言葉を頂いて溜め息をつく。


 だーから、ガキは嫌いなんだよ。

 うるさいし、しつこいし、頭悪いし。


「ずいぶん仲がよろしいことで」

「へ?」


 突然、エイルの声が聞こえてきて、俺は我に返った。

 隣の席に座っていた元チュートリアルキャラクターが、ジト目で俺の方を向きながら、ウッドボトルのお茶を飲んでいる。

 そうだ。学校の昼休みにエイルを捕まえて、さっきからアスラとのことを愚痴ってたんだっけ。


「いや、だからさ、お前からアイツに言ってほしいわけ。『アスラはオウガよりも強いんだから、もう勝負しなくてもいいんじゃない?』って」

「はぁ? 自分で言えばぁ?」


「言ったよ、言っても聞かねぇんだよアイツ」

「ふーん。じゃあムリなんじゃなーい?」


 エイルは自宅から学校に隠し持ってきた異世界ポテチ――小さめのピザぐらいの大きさがある大判――を割りながら、まるで興味がなさそうに俺から目を背けていた。


「そんなこと言うなって。お前、アスラ仲いいじゃん」

「アタシは『お前』ってゆう名前じゃありませーん」


「そんなこと言わずにさぁ――」

「最近のオウガ、本当におかしいよ。頭打ってから性格変わりすぎ。『オレ』とか言うようになったし、なぁんか大人ぶっちゃってさぁ」


「そっ、そうか……?」


 そりゃあ、中身は前世で高校生だもんな。もっと小学生のフリしないとマズいか。

 でも、元のオウガがどんな感じの喋り方してたかなんて知らねぇし。


「竜狩も急にめちゃくちゃ上手くなっちゃうしさぁ、前は『りゅうがこわいよぉ』ってアタシに泣きついてきたくらいなのに」

「そうだったな」


「で、アタシとアスラ、どっちをパートナーにするか決めたの?」

「はぁ?」


「今月末のデュオの大会。たぶんオウガのパートナーは、アタシかアスラになると思うんだぁ」

「えっ? 竜狩のデュオって男女混合なの?」


「男女コンゴー?」

「つまり、男と女で組むってこと」


「うーんと、女子同士、男子同士で組むこともあるけど」

「へぇ……」


 そういえばプロの試合を立体テレビで観たときも、男女混合だったような気がする。あれは女装した男の選手じゃなかったのか。

 というかそもそも、この世界には男女間の身体能力差が問題になってないような――


「で、どっちをパートナーにしたいの?」

「そういうのって、コーチが決めるんじゃね?」


「組みたい人を伝えておけば、そうしてくれることもあるんだけど」

「そうなんだ……じゃあ、エイル」


「えっ!? アタシ??」


「いや、どう考えてもアスラとは無理だわ。一緒にプレーしたら、俺のこと背後から斬ってきそうだし」

「ふっ、ふーん……じゃっ、じゃあ、ベルクコーチに伝えておくねー」


 エイルは目線を落として顔を赤らめながら、床にボロボロと異世界ポテチをこぼしていた。


 そして迎えた次の日、少年団でのゲームの時間にて。


「今日の練習後に、大会に出場してもらうデュオのペアを発表する――」

 ベルクコーチの言葉は、今日がパートナー選びの最終日だということを意味していた。


「今日のゲームでは今までに組んだことのない相手と組むかもしれないが、とりあえずそれでやってみてくれ。それじゃあ、名前呼んでいくぞぉ。まずはエイルとメリル!」


『え〜アタシたち!?』

 寸分違わぬタイミングで発せられた驚きのハーモニー。


 そのメリルという猫耳の女の子はエイルの妹で、たまにこの少年団に遊びに来る黒髪の少女エルフだ。身長も体格も肌の色もエイルと双子のようにそっくりで、ベルクコーチに聞いてみたら、髪の色で2人を見分けているらしい。

 まるで双子のように、動作も声色もピッタリなことが多い。


 だがメリルの性格は、慎重派のエイルとは正反対に大胆不敵。竜狩のプレースタイルもアグレッシブで、ガンガン攻めていく。使用武器は双剣で、よく前衛アタッカーをしていた。


「オウガとだけは組みたくないなー」

 大剣を背に腕のストレッチしていたアスラが、俺に向かってそう言ってきた。


「珍しく意見が合うじゃん」


 ベルクコーチは次々とミニゲームのペアを発表していき、呼ばれた生徒たちからその場を離れていく。


「でも案外、俺たちが組まされたりしてな」

「まさか」


 そんな冗談を抜かしたのも束の間、いつの間にか周りから、俺たち以外の全ての生徒たちがいなくなっていた。

 つまり、その「まさか」だったってことだ。


「えー、最後のペアは、オウガとアスラ!」

「えぇぇぇぇっ!?」

「ほらな」


「ぜぇぇぇったいに、私のジャマはしないでよね! 今日は特別に付き合ってあげるけど!」

「またもや意見が合うじゃん」


 俺たちは自分たちの順番が回ってくるまでの約20分間、全く口を利かず、離れた場所で召喚の順番を待っていた。


「オウガ&アスラペア!」

 他の生徒たちのゲームが終わったところで、ようやく最後の最後でベルクコーチから名前が呼ばれ、アスラがヘッドギアを被りながらやってきた。


「もう一度言うね。わたしのジャマだけはしないで」

「わかってるよ」


 フィールドサークルの中に入ると、ベルクコーチの右手から召喚盤が放たれた。

 いつも通りの魔方陣が展開し、竜が姿を現す。

 しかもそれは、つい数日前に対峙した例の赤い翼竜だった。

 何本もの剣が連なっているかのような鋭い歯を、見せびらかすかのように威嚇してきた。

 でも今日は、あのときほど上手く狩れないかもしれない。まず2人プレー用だから、竜のHPは2倍になってるし、今回は“頼もしい”味方もいる。


「課題竜はティラノレウス。始めっ!!」


 角笛が吹かれると同時に、アスラが竜の真正面へと突っ走っていった。


「うおおおおおお――ギャンッ!!」

 すると、さっそく竜の角攻撃によって吹き飛ばされたアスラが、俺の足元に転がってきた。


「お前、ほんと学習能力ねぇよなぁ」

「うっさい!」


 アスラは剣を支えに立ち上がり、勇ましく振りかぶって、竜の頭部にクリティカルの一撃をお見舞いした。


「勢いだけはいいな、勢いだけは」


 俺もアスラのあとに続いて、竜の挙動を警戒しながら、その脚部に大剣を一閃。

 そして今度は竜の尻尾を目掛けて縦に振り下ろそうとしたが、フェイント動作を察知した俺はそれをキャンセル、右にローリング回避した。


 その次の瞬間、俺に向かってきた攻撃は、竜の尻尾でも爪でも牙でもなく、青い大剣だった。


「あっっっぶね!!」


 すかさず俺は右に横っ飛びをして、大剣が振り下ろされた場所から2メートルの場所で顔を上げた。

 アスラは竜の動きに加えて、俺の動きも読めていない。と言うより、見ようという素振りすらしていない。

 まるでソロプレイをするのと同じ感覚で、力任せに大剣を振り回しては、俺のすぐそばを横切っていく。


「アンタ! ジャマ!!」

「どっちが!!」


 竜の尻尾攻撃を避けたあと、大剣の横斬りを躱す。

 竜の火炎球を歩いて避けたあと、同じくそれを避けようとローリングしてきたアスラを横腹にくらう。

 竜の噛みつき攻撃をガードして凌いだあと、背中にゴツンと大剣の一撃をくらった。


「いってええええな! おいっ!!」

「わたしの前に来ないでよっ!!」


 このような不毛な繰り返しを10分間ほど続けた挙句、なぜかアスラが2死してゲームオーバー。

 すでにゲームを終えた生徒たちは、まるで爆笑コントでも観ているかのようにゲラッゲラと笑っていた。


 アスラは忌々しげな表情で立ち上がると、眉間に皺を寄せに寄せ、怒り状態の竜のように鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。


「あぁっ、もうっ最悪! アンタ、私の動き見なさいよ!!」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

「まっ、べつにいいけど。これでコーチに私たちの相性がサイアクだって知ってもらえたでしょ」


 このとき俺は、何者かの視線を感じていた。でもそれが、どこからの、誰からの視線であるかまではわからなかった。


 シャワーを浴び、普段着に着替えてクラブハウスの外に出てくると、そろそろ陽が暮れそうな時間帯になっていた。

 生徒たちが円になって集まる中、ベルクコーチが1枚の紙を持ってやってきて、みんなをその場に座らせた。


「それじゃあ、来たる少年竜狩大会で組むことになるペアを発表をしていく。まずは6年生から――」


 俺はふと目線を上げると、あの時に感じた違和感の正体を捕らえた。

 夕日を背中に浴びながら、ラオコーチが微笑んでいる。その眼は、たしかに俺の方へと向けられていた。

 嫌な予感がする。

 そして嫌な予感というのは、往々にして当たるものだ。


「次は4年生のペア。まずは、オオカミ・オウガとアオクマ・アスラ」

「はあああああ!?」


 俺の予想通り、アスラが驚きの声を上げた。

 エイルもエイルで、口をあんぐりと開けたまま、スタン状態のように硬直していた。


「なんだ? ずいぶん嬉しそうだな」

 ベルクコーチも露骨に嬉しそうな顔をしていた。ドッキリ大成功という感じだ。


「いーやーだー!! オウガとだけは、ぜぇぇぇったいに、やぁぁだぁぁあ!!」


 アスラがベルクコーチの着ていたシャツの袖を引っ張っているのを見て、ラオコーチも笑っていた。口角をずいぶんと上げて、両頬を膨らませながら、俺たちに対して満面の笑みを向けていた。

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