負けず嫌い〈後編〉
俺が一番嫌いな言葉は、『努力は必ず報われる』。
そんで一番嫌いな行為は、『無駄な努力を繰り返すこと』だ。
あらゆるゲームには、勝利条件と敗北条件が存在し、その攻略法が隠されている。
敗北条件を避けながら、勝利条件を満たすための最適解を見つけていくのが、ゲーム攻略の原則であり、やみくもに無謀なプレイを繰り返すことなど時間の無駄でしかない。
プレイヤーはゲームで失敗したら、失敗した原因を徹底究明し、成功するために必要な次の仮説を導きだすべきだ。そして仮説を検証しては、また次の仮説を組み立て、その繰り返しによってプレイヤーは強くなれる。
ゲームに限らず、ありとあらゆる物事はそうやって進めていくべきなのに、世の中にはただただ失敗を繰り返すだけの馬鹿がいる。努力する自分に酔いしれたいだけの馬鹿が。
そんな奴らの姿を見るたびに俺は、濃厚な苦味のある泥が、腹の底から湧き出てくるような嫌悪感を覚えた。
今まさにこの瞬間、そのねっとりとした苦味が、俺の喉元までせり上がってきている。
目の前で熱心に竜狩に興じている女子小学生が、何度も何度も同じミスを繰り返しては、その度に竜の攻撃をくらって転がっていたからだ。
俺がこれまでに行ってきた竜狩分析によって、竜の攻撃は全てアルゴリズム――反応に対して決まった応答を返す一連のパターン――によって制御されているということがわかっていた。
つまり、竜が攻撃する前の予備動作を的確に読み、その攻撃範囲を目測し、そこから離れさえすれば、一度も竜からの攻撃をくらうことなくゲームクリアすることも可能だということ。
また反対に、プレイヤーから竜に攻撃する場合も、竜の攻撃後の硬直時間内に射程範囲まで接近できれば、効果的な部位に、余裕を持って武器を当てることが出来る。
ドラゴンキラーないし、この世界における竜狩には、竜の動きを読んで攻撃を躱し、効率的に攻撃を当て続けることが求められている。
そのようなアクションゲームに必要とされる基本的な認識が、アオクマ・アスラには欠けていた。
いわゆる「基礎が出来ていない」という状態だ。
突っこんでは倒れて起き上がり、また突っこんでは倒れるという無限ループ。
己の失敗を振り返って反省するという概念を知らない彼女は、今日も元気に無駄な努力を繰り返す。
「楽しそうだなぁ」
練習の最後を締めくくるゲームの間、俺は腕組みをしながらアスラのプレーを観察していた。
まったく。今のコイツを見てると、あの時の誰かさんを思い出すから虫唾が走る。
「ちょっと、あんたも手伝いなさいよ!」
青いポニーテールが、上下左右に忙しなく揺れている。
無駄な努力を苦にしない人間にとって、無駄な努力に汗を流すという行為は、これ以上ないほど尊いものなのかもしれない。
「『あんたがいない方がマシ』なんだろ?」
「ヘイトぐらい稼げっての!」
文句を垂れつつも、アスラは赤い竜の頭部に一撃をくらわせ、クリティカルエフェクトが炸裂。
攻撃のセンスはあるんだよな。ただ絶望的なまでに――
「ヤッバ!!」
アスラはまた懲りずに、竜の噛みつきフェイント動作からの尻尾攻撃をくらっていた。
アスラは回避や防御への理解度が皆無だ。予測もクソもない。
はたして彼女は『避け方を知らない』のか。それとも、そもそも竜の攻撃を『避ける気がない』のか。
どちらにせよ、致命的な問題があると言える。
「死ぬ! 死ぬぅぅぅ!!」
アスラの頭上を回転するHPゲージが0になり、哀愁を感じさせるゲームオーバーのBGMが流れると、赤い翼竜は勝利の雄叫びをあげながら天空へと消え去っていった。
「ったく、アンタやる気ないの?」
「ないよ」
「ないの!?」
アスラは大剣を投げ捨て、グラウンドの上に寝転がった。散々走り回って息が上がっているおかげで、胸が上下している。
「こんなもん、何回やったって同じだって。俺は無駄な努力をしない主義だからさ」
「ほんっとアンタって、クソつまんない人間だよね」
「お前は面白い馬鹿だよな」
「もしかして私たち、同じこと考えてる?」
同じこと? あっ、ペアを解消したいってことか。
そうだな。たしかにここ1週間、ずっとコイツとペアを組んでみたけど、何も進展しなかったからな。
最初のうちこそアドバイスしてみたけど、まるで聞く耳持たないし、諦めモードに入ってた。
ペア解消できるんなら、それが一番の解決策かもしれない。
「ああ、そんな気がする」
「じゃ、ベルクコーチのとこ行こ!」
俺たちはクラブハウスに戻ると、フロントで事務作業らしきことをしていたベルクコーチを捕まえた。
アスラはこの3日間、どんなに自分が歩み寄っても俺が心を開いてくれなかったことを懇切丁寧に言い立てたあと、最後にこう言った。
「――だから、ペアを変えてください」
「ダメだ」
「なんで!」
「もう大会の方にペア登録しちゃったんだよ。やむを得ない事情でもないと無理」
「そんなぁ……あっ、ケガしたとかなら」
「してないだろ」
「これからさせます」
『それは止めろ』
思わず、ベルクコーチとハモリツッコミをしてしまった。アスラの発想が怖すぎる。
「あぁ〜んもぉ〜、さいあくぅ〜。はぁあ、わたしの人生終わった〜」
ベルクコーチとの交渉を早々に諦めた俺は、クラブハウスでシャワーを浴びて着替えを済ませたあと、リクライニングチェアに座ってウッドボトルの水を飲んでいた。
まだ外でアスラがコーチに食い下がっているのが窓から見える。もうあれから20分以上経ってるってのに。
やはり無駄な努力をするヤツは、時間を浪費しているという自覚に欠けている。
「どうだい? アスラとのプレーは?」
肩をビクつかせて振り返ると、後ろにラオコーチが立っていた。現役プロ竜狩選手だった頃は痩せていたというのが信じられないようなポッコリお腹が、椅子のへりにピッタリとくっついている。
「話になりませんよ。自分1人だけでプレーした方がまだマシですね」
「そうかい。そりゃあ、大変だなぁ」
ニタニタと笑うラオコーチは、俺に対して明らかに何らかのメッセージを伝えようとしているかのように見えた。
このポッチャリ体型の丸顔タヌキ親父は、腹の底では何を考えてるかわからない。いつも眼鏡の奥で目を細めながら、白い顎髭を指先で弄っている。
「もしかして、俺をアスラと組ませたのは、俺への課題だったりするんですか?」
「ほっほっほ。君は本当に賢いね」
「つまり俺に、『アスラのコーチになれ』と」
「半分はそう。でも、もう半分は違う」
ズッシリと重たい手が乗せられた俺の左肩が、まるで天秤のようにラオコーチの方へと傾いた。
「君も、アスラから教わるんだ」
「……はい?」
思わずラオコーチに聞き返してしまった俺の口からは、それ以外の言葉が出てこなかった。
アスラから教わるって?
は? 何それ?
俺があの脳味噌筋肉系ポニテ女子小学生から学ぶことなんて、何もねぇだろ。
「ホッホッホ……」
俺を唖然とさせることに成功し、満足した表情を浮かべたラオコーチは、手を後ろに組み、たっぷりと贅肉の付いた巨体を左右に揺らしながら、スタッフルームの中へと消えてしまった。
推定年齢60歳以上、推定身長180センチ前後、推定体重100キロ超の彼は、かつて海外でもプレーしたことのある伝説的プロ竜狩選手だったらしい。
「オウガ! やっぱペア変更ダメだって!」
「うん、知ってた」
クラブハウスの中に入ってきたアスラは、汗で湿った青いユニフォームメイルを着たまま、座っている俺の前にやってきた。
「じゃあ特訓しよ! 今からでも!」
壁掛け時計を見るとすでに夕方5時半すぎ。いつもアスラはこの時間に自主練をしているらしい。空きコートが無い日も、練習着のまま近くをランニングしてから帰るとか。
いやいや、元気あり余りすぎだろ。いくら小学生とはいえ。
コイツとペアを組んでいたエイルも、たまにアスラの自主練に付き合わされていた。今度は俺の番ってことか。
「丁重に、お断りいたします」
「なんでよー!」
付き合ってらんないわ。こんな「無駄な努力に酔いしれてる奴」なんかに。
時間と、体力と、気力の無駄。
「悪いな。俺は家に帰ってポテチを食いながら、録画したプロ竜狩の試合を見なきゃなんないんだ」
「そんなの、いつでも見れるじゃーん!」
というアスラの声を背に聞きながら俺は、ユニフォームメイルを入れて重くなったリュックと大剣を背負って、クラブハウスを出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます