アオクマ・アスラ〈前編〉
異世界にしては珍しく、丸太造りのログハウスのような建物の中で、俺は3人の大人たちとテーブルを囲んで座っていた。
1人はオウガの父親、あとの2人は太った年配のコーチと、筋肉質の若いコーチ。この前の練習のときにも会った、体格の良い褐色肌の大人2人だ。
今日は土曜日。朝の練習が始まる時間まで、じっくりとお話を伺えるらしい。
「ジュースでいいかい?」
「はい」
若い方のコーチから手渡された飲み物は、ガラス瓶に緑色の液体が入ったものだった。
表面は冷めたい。何これ? 回復薬?
一口飲むと毒々しい甘さが口の中に広がり、炭酸飲料特有のパチパチとした刺激が舌を覆った。
「それで率直にお聞きしますが、息子はプロ竜狩選手になれるでしょうか?」
隣でそれを聞いた俺は、思わず緑色の液体を霧状に吹き出してしまった。
いやいや、率直すぎるだろ。
「プレーは1度しか見ていないのですが、才能はあると感じました。基礎技術もちゃんと出来てますし、この年代にしては状況判断が的確で、大人びすぎているくらいです」
そりゃあ、オウガ少年の中身は高校生だからな。舐めてもらっちゃあ、困る。
「そうですか!」
「彼ならジュニアのセレクションを受けても一発で通るでしょう」
はぁ? ジュニア? ジュニアって、あのサッカーにもある、クラブチームの育成組織のジュニアってこと?
そりゃあ、この世界にだってあるか。竜狩はプロスポーツとして発展してるわけだし、自前の育成組織だって持ってるはずだよな。
うわぁ、そこは完全に盲点だったわ。キツいだろ、ジュニアの練習は。プロ竜狩選手を目指す子供ばっかりいるわけだし。
どうしよう、そっちの流れにはなってほしくないんだけど。
「やっぱり、クラブの下部組織に行かせた方がいいんでしょうか?」
「いやぁ、それは、こちらの方ではなんとも……」
勘弁してくれよ。俺は楽したいんだよ。この少年団みたいに生ぬるい環境で、無双プレーしてたいんだよ。
「オウガくん、君は竜狩が好きかな?」
白髪で眼鏡をかけたポッチャリ系のコーチがニコニコしながら、俺の目を見て話しかけてきた。細い目がさらに細くなって、瞳が見えないくらいになっている。
「えっ?」
「竜狩をプレーしている時、心から楽しいと思えたかい?」
「……はい?」
ヤベッ、返答ミスったかも。
ここは迷わず肯定するべきだった。
「ウチの少年団は、プロ竜狩選手の育成を目的としておりません。まずはお子さんに竜狩を楽しんでもらうのが第一。次に、竜狩を通して、心身ともに健康的な大人に育ってもらうこと。第三に、他の子らとの健全なコミュニケーションの
こうして俺は、環浦東竜狩少年団へと入団することになった。そうすることが、俺がしばらく異世界生活を送る上での最適解だと思ったからだ。
――「竜剣をやめるのはいい。でもまた竜狩をすると決めたのなら、真剣に取り組むんだぞ! いいな!」
――「うん、わかった」
俺は“父親”と、そう約束した。
竜狩を続けること、簡単には諦めないことを、彼の前で誓った。
オウガパパは、「それでもまた怖くなったらいつでも戻ってこいよ」とも言って、俺の背中を押してくれた。
寛大な人だな。あんたが俺の新しい父親になってくれて、本当に良かったよ。
その四者面談が終わったあと、さっそく俺は少年団の練習に加わった。
俺を取り囲む様々な者たちの、様々な色の瞳が、新入りである俺を凝視している。
「はじめまして、オオカミ・オウガです。よろしくお願いします」
「やったああああ!!」
エイルは俺に飛び着いて喜んでくれたが、青髪ポニテの偽嶺華の方は頬を膨らませ、プイッと俺から目を反らしていた。
その日から、俺の異世界生活ルーティーンが始まった。
少年団の練習は基本的に火・木・土の週3回で、日曜に試合が入る日は土曜が休み。
火・木は学校帰りに竜狩少年団で二時間ほど練習、月・水・金は家でゴロ寝しながら、父親の録ったプロ竜狩の試合を観る。
土曜日は9時から11時に2時間だけ通って、午後はゴロ寝。
この世界にも曜日や太陽暦の概念があったのには驚かされたが、太陽や惑星系、月の満ち欠けや四季の移り変わりはおろか、『体育』さえある世界だ。あっちの世界とはかなりの共通点がある。
竜狩少年団での練習は、父親との稽古と比べたら遊んでいるようなものだった。
まさか自分があれほど憎んでいたスポーツ文化に、また自発的に関わることになるとはな。
いや、そのことについては、これまで何度も何度も考えた。
最初は竜剣を避けるという消去法的な動機だったけど、案外この生活も悪くない。
なぜそう思うようになったのか。それは暇つぶしだ。
俺は異世界に来て、人間にとって暇を持て余すことが、どれだけ辛いことなのかを思い知った。
ネットが無いのはギリギリ我慢できても、ゲームが出来ないのは致命的な問題だ。
放課後や休日に何もせずにいると、ついつい異世界史の本――人類と龍の戦争の記録――に手が伸びてしまう。それくらい、やりたいことが見つからなかった。
竜狩は、あくまでも暇つぶし。
一応、この世界にある様々な娯楽の中で、最もテレビゲームに近い文化だし。あと、試合のこと『ゲーム』って言うもんな。
入団から1週間が経ち、入団してから4回目の練習が終わった土曜日のお昼前。ログハウスのシャワー室から出てくると、若い方のコーチであるベルクさんから手招きされた。
「このあと新メンバーの歓迎パーティーやるから帰らないでね。あっ、お母さんにはもう連絡しておいたから」
「はぁ……」
そう言われて連れてこられた先は、巨大な地下洞窟だった。
あちこちに吊るされた篝火のような照明が、龍の背びれのような岩肌と数々のテーブル席を夕焼けのような橙色に染めている。
客たちはハンバーグやステーキなどの肉料理を食べており、店の中央にはドリンクを吐き出している龍の頭を模した魔導機械も置いてあった。
異世界版のファミレスだな。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
ウェイターの女性は白と黒のメイド服のようなものを着ており、男性のウェイターも簡易的なタキシードを纏っていた。
「なーに食べよっかなぁ。オウガは何食べるぅ?」
エイルが隣の席でメニューを開き、足をパタパタさせている。
俺の目は、龍のイラストが描かれた肉塊に惹きつけられた。
「ヒュドラハンバーグ100グラムのライスセット……」
どうやら食用に育てられた龍の肉はこの国の言葉で
もしかしてヒュドラって、何度首を切り落としても生えてくるという設定でお馴染みの、あのヒュドラの肉ってことか? ほぼ蛇じゃん。
まぁいい、元の姿は考えないことにしよう。
俺が注文したあと、右隣に座っていた青ポニテ女が、「ふっ」と控えめに吹き出した。
「お子様だね」
「じゃあお前は何頼むんだよ」
「激辛ヒュドラハンバーグ150グラムのライスセットで」
10分後、表面に真っ赤なソースがかかった肉片を口にしたアスラとかいうダークエルフの幼女は、これでもかというくらい盛大にむせていた。
「ゴホッ……ゴホッ!」
「……あんま無理すんなよ?」
「あはは! だいじょうぶ?」
「うるさい! 食べれるもん!!」
そんなチワワみたいな潤んだ瞳で睨んできても困る。
嶺華は大の甘党で、辛い食べ物は苦手だったんだが、どうやらこの娘も似たような味覚をしているらしかった。
しばらくして俺のところにもヒュドラハンバーグが届き、恐る恐るフォークとナイフを入れて、茶色いソースのかかった丸くて白い挽き肉の塊を食べてみる。
味や食感は牛肉や豚肉のようなものではなく、どちらかと言えば鶏肉と魚肉の中間のような、さっぱりとした味わいの肉だった。不味くはないものの、食べ応えはあまりない。濃い味のソースがかかっていれば、まぁ食えるかなという感じ。
家で出されたハムみたいなものとは、どうやら肉の種類が違うようだ。3種類の肉が乗っているミックスグリルもあったし、そっちを頼んでおけばよかったかも。
「どこに住んでるの?」「好きな選手は?」「好きなチームは?」
「うーんと――」
「将来の希望ポジションと、組みたいパートナーは?」
食事中にちびっ子たちからの質問責めに困っていると、真っ赤に染まった肉塊を根性で食べきり、水で胃の中へと流し込んだアスラから質問された。
「まだ決めてないけど、ポジションはどこでも。パートナーって?」
「今月末、デュオの大会があるの。オウガも出れるんじゃない?」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ……お前」
「ゴホッ……ゴホッ!」
アスラは急いで口元を手で覆ったが、その隙間から水飛沫が飛び散った。喉に食べ物がつっかえたようにむせて苦しんでいる。
ちょっとからかってみただけで、この動揺。子供かよ。
いや……まぁ、たしかにまだコイツは小4の子供なんだけど。
斜め向かい側でベルクコーチが腹を抱えて笑っていた。どうやらツボにハマったらしい。
まだ他のメンバーの顔と名前も一致してないから、適当に返しただけだったんだけどな。
「オウガはアタシとだよねー?」
ハンバーグの最後の一口を食べ終えると、俺の左腕にエイルから腕が絡みついた。
「ボクとだよー!」「わたしとー!」「ボクとだってー!」
「わかった! やめろ、わかったから!」
俺はチビッ子たちに上着の袖を引っ張られながら、胸をたたいて咳きこんでいたアスラの背中を、右手で上下にさすった。
† † †
それから2日後、学校帰りに竜狩少年団のグラウンドへ足を運び、いつも通りの基礎練を終えてミニゲーム前の休憩をとっていた時のこと。
「オウガ!」
「はい」
俺の名前を呼んだのは、若い方のベルクコーチだ。もう異世界に来てから3週間が経ったおかげで、いつ『オウガ』と呼ばれても自然に反応できるようになっていた。ずいぶんとこの世界に馴染んできたな、俺も。
「お前、今日はエイルと組んでみろ」
「はぁ!?」
と驚きの声を上げたのは俺じゃない。アオクマ・アスラだ。
「エイルは私とでしょ!?」
いつものミニゲームでは、アスラはエイルと組んでいた。アスラが前衛のアタッカーで、エイルが後衛のサポーターというのがお決まりの形らしい。
「たまには違う奴と組んでみろ。同じ奴とばっかり組んでても成長しないぞ」
「そんなぁ……」
「じゃあそういうわけで、よろしくねっ、オウガ!」
しょげているアスラの隣で、なぜかエイルは嬉しそうに微笑みながら、ヘッドギアの上に――ステータス強化効果があるという――猫耳をセットしていた。
「俺が前衛でいいのか?」
「うん、そっちの方がやりやすいと思う」
「じゃー、始めるぞー。〈アンキラキオ〉なー」
フィールド上に白線で描かれた外周サークルの中にエイルと入ると、ベルクコーチが召喚盤を投げてきた。
コートの所定の位置に現れたアンキラキオという竜は、前後に細長いアルマジロのような姿をしており、先端にハンマーのような突起物のある長い尻尾を振り回しながら、こちらを威嚇してきた。
今までに何度か練習で倒したことのある龍で、その特徴はもう把握している。
エイルと共に、背中に差していた武器を引き抜いて前に構え、前後のセットポジションにつくと、試合開始の角笛が吹かれた。
アンキラキオという竜が、後ろ向きで間合いを詰めてくる。その攻撃を避けるために、竜の横腹へ移動すると、今度はこれまた長い首を振り回し、俺の体を巻き込むようにして頭突き攻撃を仕掛けてきた。
「痛って!!」
油断した。この竜は、首や尻尾を振り回すような回転攻撃が特徴的で、横っ腹に立ち位置を取れば、だいたいの攻撃は回避することが出来る。
でも見た目以上に当たり判定が広く、ギリギリかすってしまったらしい。
どんなに強烈な打撃でも、せいぜい空気の入った浮き輪で叩かれた程度の感触しかなかったのだが、ついつい「痛い」と言ってしまうのは、ゲームをやってたときからの癖だ。
「回復するねー」
エイルが杖を、まるで新体操のバトントワリングのようにクルクル回転させると、俺の体の中心部分に、緑色の螺旋球を発光させた――これが、回復演舞というものらしい。
演舞には味方を強化する効果がある。あらかじめ決められた動作・軌道で武器を操ると、HP回復や攻撃力アップなどの恩恵が得られるというのもドラキラと全く同じだった。
エイルは演舞動作を止めない。赤い螺旋球が二人の周りを発光し、攻撃力強化のエフェクトを示した。
「たたみかけるよ!」
「オーケー」
前衛の俺が敵の注意を引き付け、エイルが俺の背中から飛び出すと、頭部や尻尾などの急所へ的確に攻撃を当てていく。
正直、1人プレーよりも2人プレーの方が断然楽だった。
なによりパートナーが上手ければ、竜からのヘイトが分散される。
竜がパートナーの攻撃に気を取られている隙に俺が攻撃し、こちらにヘイトを集めて回避していれば、パートナーが攻撃してくれる。
2人プレー用に召喚される竜のHPは、1人用のものの2倍になるらしいが、体感3倍は楽だな。
それから5分と経たないうちに竜は横腹を見せて倒れ、例のファンファーレが鳴り響いた。
浮かび上がった文字列に目を向けると――
「やったー! スコアSだってー! 初めてだよぉ!!」
隣で猫耳女子小学生が、ピョンピョン飛び跳ねている。
「オウガ、エイルと相性良いみたいだな」
「そうみたいですね」
「ほんっと、お前は褒め甲斐のないやつだなぁ」
「まぁ、これくらいは――ウッ!!」
苦笑するベルクコーチに気を取られていた俺は、喉元に大剣の切っ先を突きつけられた。
視線を向けたの先にいたのは、青いポニーテールを揺らした剣士――
「オウガ、わたしと勝負して!」
赤眼をギラつかせ、俺を睨みつけてきたのは、怒りモードになったアオクマ・アスラだった。
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