第二章 原点
竜剣道場〈前編〉
夕焼けのオレンジ色に染まった大通りの両側で、緑色のゴブリンたちが客の呼び込みをしていた。
野菜や肉などの食材、菓子や総菜の載った皿が店頭のガラスケースに並んでいる。異世界にも商店街があるんだな。
「これ、ほんとに龍の肉?」
「そうだよー」
「堅ぇな」
俺は商店街の片隅に座り、で売られていた焼き鳥ならぬ、〈焼き
串には4つの肉塊が刺さっていて、色は茶色。肉の食感は砂肝のようで、スパイスの効いたソースがかかっているB級グルメだった。
「ねぇねぇ、なーんで少年団に帰ってきてくれないのぉ? もぉ、竜のこと怖くなくなっちゃったんでしょ? いっしょに竜狩やろうよ」
「こんな暑い中、走り回ってられっかよ」
こちらの世界も1年は365日で、今は転生する前と同じ7月。この時期が夏ならば、北半球に位置するのだろうか。
「オウガ、ぜったいサイノーあるって! もしかしたらプロ竜狩選手にだってなれるかもよ?」
「プロサッカー選手みたいだな」
「えっ、なんて?」
どうやら異世界にはドラキラはあっても、サッカーは存在しないらしい。
「そうだ、エイル。この世界にゲームってないの?」
「はぁ? ゲームならさっきまでやってたじゃん」
「そうじゃなくってさ、こう……ピコピコ音が鳴って――ゲーム機ってなんて言ったらいいんだろ――遊べるテレビみたいな」
「なにそれー?」
テレビはあるのに、ゲーム機はねぇのかよ。
「じゃあ、子供が遊ぶような――いや、まぁ、大人も遊んだりするんだけど――」
「あー! ゲームセンター?」
「それだ!! ゲーセンあんのか!?」
「ショーテンガイにあるけど……フリョーのたまり場だから、お母さんが行っちゃいけないって――ヒャウッ!」
俺は串をごみ箱に投げ捨てると、エイルの両肩を鷲掴みにした。
「今すぐ連れてってくれ!!」
良い感じに寂れて哀愁が漂っていた大樹の中から光が溢れ、聞き慣れた電子音が漏れ出していた。
トゲトゲ頭の学生ゴブリンたちで混雑していた店内に入ると、横に並んだ見慣れた形の筐体――これまた木目調――が映しだす2D映像に見入った。
点滅するドット絵、反響するビープ音。
移動する丸い点をバーで弾くようなもの、落ちてくる絵文字を点で撃ち抜くもの。
ボタンも無くレバーが一つだったり、二つのボタンしかなかったり。
「これが……異世界の、ゲーム?」
何十年前のゲームだよ。ゲーム業界黎明期かよ。スマホの無料アプリでも、もっとマシだろっていうレベルじゃねぇか。
そんな原始的ゲーム機を前にして、彼らは血眼になってプレイしていた。
「撃てぇー!」「やられたー」「よぉっしゃあ、勝ったぁ!」
竜狩という近未来的eスポーツがありながら、なんという体たらく。
むしろ竜狩があったからこそ、テレビゲームが発展しなかったのか?
隣にいたエイルが、ずっと俺の袖元を引っ張っていた。
「こわいよぉ……もう帰ろうよぉ……」
その後、本屋にも連れていかせて漫画やラノベの類を物色したものの、あったのは過去の世界大戦をモチーフとした軍記ものや、“人種”の垣根を越えたラブロマンスばかり。
あっちの世界で二次元コンテンツ漬けだった俺は、こっちの世界でどうやって生きていけばいいんだよ。
世界を滅ぼそうと企む魔王もいなければ、美少女たちに囲まれたハーレムも楽しめない。
異世界転移って、案外つまらないもんなんだな。いや、転移先の世界によるか。あれ? 俺、とんでもないハズレくじを引かされたんじゃね?
「それじゃあ、また明日。言っとくけどアタシ、まだオウガのスカウトあきらめてないからね!」
気付けばそこは、朝方に見た巨大樹型マンションの根元だった。
ガラスのような壁で仕切られた共同玄関が見える。
「はいはい。わざわざ家まで送ってくれてありがとな」
「はぁ? オウガったら、急にオトナになっちゃった感じ! 変なのっ!」
あっかんべぇをして、歩いていく猫耳幼女の姿を見送ると、俺はマンションの玄関ホールへと入っていった。
そこへ立ち塞がる半透明の結界壁。その中心部には円形の紋章が描かれている。
その紋章の輪郭に右の人差し指で触れてみるも、輪の波紋が出るだけで開くことはなかった。なんとなく、オートロックの雰囲気。
「ちょっと待った。これ、どうやって建物の中に入んの?」
そういえば俺は、自分の家の部屋番号も知らなければ、合い鍵も渡されてない。
あわてて外に出てみるも、すでにエイルの姿はなかった。冷たい汗の雫が、背中を垂れて落ちていく。
「ヤバいヤバいヤバい。どうすんだよ!」
慌てて鞄を下ろして中身を探るも、鍵のようなものは見当たらない。
そもそもこの世界の鍵って、どんな形してんだ?
「今日は早かったね。あれっ、お父さんは?」
見上げると、橙色の肌をしたゴブリンママが買い物袋を手に提げ、不思議そうに首を傾げながら立っていた。
あっぶねー。助かったわ。
「ああ、うん……お父さんはもうすぐ帰ってくるんじゃない?」
「そうなんだ〜、じゃあ早くお夕飯作らなくっちゃ」
ゴブリンママはそう言いながら紋章の描かれた結界に近付くと、紋章の中心部に右手を開いてかざした。
すると、たちまち結界は消失し、奥に真っ直ぐに伸びた共用部の廊下と繋がった。
なるほど、そうやって開けるのか。俺も明日やってみよう。
3003号室の“自宅”に戻り、“自分の部屋”に入ると、真っ先に机の引き出しを開き、オウガが書いた日記を取り出した。
俺は“俺”のことを知らなすぎる。
なんとか今日のところは誤魔化せたが、これからのことを考えてオウガのことを知っておくべきだろう。
[僕は、プロ竜狩選手になる。]
表紙の裏に、極太のマジックペンでも使ったかのような黒い文字で、そう書かれていた。
エイルの言葉にも出てきたが、どうやらこの世界では竜狩という競技がプロスポーツとして定着しているらしい。
今日の体育のテストや竜狩少年団での出来事は、俺にとってかなり衝撃的だった。まるで未来のドラゴンキラーだ。
たしかに、あんな立派なホログラム技術があったら、テレビゲーム文化なんて発展しないかもな。
残念なのは指先でのコントローラー操作じゃなくて、生身の体を使わなくちゃならないところ。
外を走り回れば汗も噴き出すし、大剣を振り回せば肩回りや太ももが筋肉痛になる。
[将来の夢はレアル・パラディオンの10番! エル・クラシカでMOM!!]
[あこがれの選手はACミロンの10番 ハヤブサ・ルルガ!]
[僕もルルガ選手みたいに海外で活やくして、東邦代表になる!!]
どうやら〈東邦〉というのが、この国の名前らしい。
部屋の壁に貼られているメルカトル図法の世界地図では、東邦が真ん中に描かれている。列島という部類になるのだろうが、日本とは異なり、大きく3の字のように蛇行した――さながらクネクネと体を折り曲げた龍の姿にも見える――地形だ。
対になる〈西邦〉という国が、文字通り西側にあった。
[やっぱり僕には、竜狩の才能が無いのかもしれない。]
[竜がこわい。反げきがこわくて攻げき出来ない。またエイルに笑われた。]
[今日、少年団をやめてきた。ラオコーチから、「またもどっておいで」と言われた。]
ここの部分は、3年ほど前に書かれたものだ。
オウガは竜に恐怖心を抱いていた。竜恐怖症で一度は竜狩選手への夢を諦めたんだ。
それじゃあなんで、オウガの肉体はキレキレに仕上がっていたのか?
俺は大剣の振り方だって知らなかった。剣道すらやったことが無い。
それでも自然なフォームで剣を振り下ろせたのは、この体が正しいフォームを身に付けていたおかげだろう。
俺自身のゲーム経験や戦術眼、反応速度だけでラプトリウスを攻略できたと思うほど、俺は自惚れちゃいない。
大剣を自在に振れるほどの筋力と、狙った場所に当てられるだけの技術があったからこそ、俺は同世代を圧倒するプレーが出来たんだ。
帰宅部で何もしてなかったら、すぐに体は衰える。技術だって落ちる。
オウガ少年は竜狩を辞めてからも、何らかの運動、スポーツをやっていたはずだ。
[お父さんに連れられて、道場へとやってきた。大人がたくさんいる。]
[「己の内なる竜を狩れ」]
[お父さんから竜剣を続けるように言われた。けいこは大変だけど、がんばってみよう。]
この『竜剣』という競技を、オウガ少年は続けていた。
文字から推定して、異世界流の剣術競技のようなものなのかもしれない。
そのあとの日記には、竜剣の技術的な事柄や、精神面での教訓じみた言葉が、イラストも交えながら書き連ねられていた。
[神様、僕に勇気をください。竜に立ち向かえるような、勇気を。]
その言葉を最後に、日記は終わっていた。
オウガ少年はそれなりに努力をして、それなりに絶望して、それでも這い上がろうとしたんだ。
そう思うと、体の奥底から、マグマのように熱い何かが湧き出てくるような感覚に襲われた。
オウガの痛みはわかる。本当にわかる。
俺も、サッカーをやってて、似たような気持ちを味わったことがあるからな。
ゴール前でパスをもらうのが怖い。ドリブルで仕掛けたあとに奪われるイメージがよぎる。シュートを撃っても枠の外へと飛んでいく。
多くの人たちから溜め息をつかれ、多くの人たちから失笑をくらった。
――「もっと頑張れよ!! お前には努力が足んねぇんだよ!!」
足が攣るまで走っても、白いソックスの爪先を赤く滲ませても、そんな風に言われた。
俺はそんな子供時代を過ごして、『間違った方法で努力をすると、必ず努力に裏切られる』という教訓を得た。
今の俺が効率至上主義者になったのは、血と汗を流したおかげで、賢いやり方を学んだからだ。
もしかしたら、もっと効果的な練習方法があったのかもしれない。吐くまで走ったのはオーバートレーニングだったのかもしれない。もっと賢くやれていたらセレクションにも合格して、良いコーチに恵まれて、そしたらもっとマシな人生があったのかもしれない。
ベッドに転がりながら天井を見上げていると、視界がボヤけてきた。
俺が可哀想に思っていたのはオウガのことか……それとも――
ガラにもなく感傷に浸っていると、ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえ、部屋のドアが爆発したかのような勢いで開かれた。
「オウガ!! 今日は稽古の日だろうがっ!!」
ドタドタと廊下を渡り、白い顔を真っ赤にして部屋に入ってきたのは、紺色の柔道着のようなものを羽織った、ガチムチ系エルフのオウガパパだった。
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