才能の片鱗〈後編〉
前世の俺には、世界中でたった一人の味方がいた。
「今日はリューキんち、遊びいっていー?」
「今日“も”だろ?」
サッカーの才能に恵まれなかった俺に、唯一興味を示し続けてくれた人間。それが王神嶺華だった。
「ドラキラやろーよ!」
「またかよ」
嶺華にはサッカーの天才的才能があった。
幼少期は女子の方が体の発達が早いとはいえ、年上の男子たちの集団にも臆せず突っ込み、何百点ものゴールを決めていた。身体能力も、基礎技術も、メンタルも、嶺華は少年団の全員の中で頭三つ抜けていた。
当然のごとく、コーチに勧められて受けたジュニアユースのセレクションにも一発合格。
「リューキ、中学でもサッカーやるよね?」
「やらねぇよ」
「えーっ!! 一緒にやろうよぉ!! 環浦中って女子サッカー部もあるから、一緒に練習できるかもよぉ」
それなのに嶺華は、所属クラブのジュニアユースに入らないつもりでいた。それは、一流アスリートのキャリアを進む彼女にとって、大きな回り道になるはずの選択だった。
「お前さぁ、俺に気ぃ使うなよ」
「……えっ?」
「受かったんだろ、セレクション。入ればいいじゃん」
なぜか、このときの嶺華の表情は、魔王に村を滅ぼされたばかりの村人Aのように暗かったことを今でも覚えている。
「私がジュニアユースに入っても、ずっと友達でいてくれる?」
俺はゲーム画面のラプトリウスを討伐すると、ファンファーレを聞きながらグラスに入ったハチミツレモンサイダーを飲み干した。
「まっ、たまには遊びに来いよ。素材集めは2人の方が楽だしな」
「ありがと」
その、小学生時代の王神嶺華に似た少女が、俺の隣を歩いていた。
機嫌が悪いときのムスッとした表情も似てる。そうそう、意外と人見知りなところがあって、仲良くなる前はよくこんな顔をしてたっけ。
「どう見ても嶺華なんだよなぁ……」
大きな瞳に、鼻筋の通った美少女の顔を、珍しい動物でも見るかのように観察する。
青い肌に、真っ青なポニーテールを揺らしていたが、その面影には見覚えがありすぎた。
「ちがうけど」
「よかったぁ、こっちの世界に送られてきたのが俺だけじゃなくって」
「あんた、さっきからなに言ってんの!?」
「この世界の竜狩って、まんまドラキラだよなぁ。嶺華もやってみ――」
俺は彼女の肩を掴んだが、そっけなく振り払われてしまった。
「だーかーらっ! その『レイカ』って、だれ!! あんたとはショタイメンのはずなんだけど?」
胸に付けていた[アスラ・アオクマ]と書かれたバッジをつまんで見せられて、俺は溜め息をついた。
どうやら、俺のことをからかってやろうと、嶺華が執拗なまでに知らんぷりを決め込んでいたという仮説は間違いだったらしい。
いくら悪戯好きな性格とはいえ、もし本当に嶺華本人だったら、さすがにここまで抵抗はしないだろう。
「そっか、そっくりさんか。疑って悪かったな。そういや俺たち、どこ向かってんの?」
「はーい、着いたよー。ここがアタシたちが練習してるとこー」
建物の間の小道に入っていった先にあったのは、蔦の絡まったような緑のネット、そしてそのネットに囲まれたグラウンドだ。
学校のグラウンドはフワフワとしていたが、ここのグラウンドはゴワゴワとして弾力感がある。まるでフットサルコートに敷いてあるような人工芝のような感触だ。しかもこのグラウンドにも、円や直線の白線が引かれてあった。
すでに何人かの子供たち――学校とは違って、ほとんどが緑色の子供ゴブリンたちだった――が、それぞれ武器を手に芝の上を駆け回っている。
「って……俺、家に帰りたかったんだけど」
学校の校門を出てから途中には商店街などもあり、明らかに俺の家とは逆方向に向かっていることには気付いていた。
でも、顔に青いペイントを塗りたくったような偽嶺華に気を取られて、そこにツッコむ余裕がなかった。
「じゃあ1人で帰ればぁ? 帰り道を覚えてたらねー」
「汚ねぇな!」
「ふふふ。帰りは家まで送ってってあげるから。あっ、練習着持ってくるよ!」
エイルは嬉しそうな顔でそう言うと、どこかへと駆けだした。
結局、竜狩とやらを遊ぶにしても、サッカーみたいに練習しないといけないんだな。
面倒だし、「やりたくない」と言って断るという選択肢もある。
でも今は、考えるよりも流れに身を任せて、体を動かしていたかった。
訳もわからず放り込まれた異世界で、俺にとって唯一の理解者と再会できたと思ったんだけどなぁ。
結局、一人ぼっちか。
再会の喜びから、絶望の淵へと叩き落とされた俺は、チームのユニフォームらしきお揃いの胴着やら、小手やら、すね当てやらを身に付けさせられて、その竜狩少年団を指導している大人の男性コーチに言われるがままに、チビッ子たちの練習へと加わっていた。
ジョグ、ストレッチ、ラダーやマーカーを使った基礎体力トレーニング。
それが終わると今度は剣を用いた素振り、ステップワーク、コンビネーション。
何度も何度も同じ動きを繰り返しては、体の芯まで覚え込ませるための練習だ。その退屈さは、サッカー少年団での基礎練に似すぎなくらいに似ていた。
たしかに異世界とはいえ、身体構造は人間そのものだから、たとえ皮膚の色が緑だろうと青かろうと、効率的に体を鍛える方法となると自ずと似てくるのかもしれない。
見渡してみると、メンバーは緑色のチビゴブリンばかりだ。インターナショナルスクール的な小学校と違って、この少年団は地元の子供たちが多く通ってるんだな。
指導者と思われるのは2人。1人はポッチャリした初老の男性で、もう1人は20代くらいの短髪の男性だ。2人とも赤茶色系統の肌をしていて、市中のゴブリンたちと比べても明らかに体格が良かった。
しきりに大剣を縦に振り続けていると、とうとう隣にいた黄色いちびっ子の1人が槍を支えにしゃがみこんだ。
「コーチィ、もぉ〜つかれたぁ~」
「若けぇのに何言ってんだよ。ほら、そこの新入り君を見習え! あと10回!」
その新入り君というのは俺のことか。
疲れてはいないが楽しくもない練習は、「今日だけ我慢。今日だけ我慢。今日だけ我慢」と何度も念じながらこなしていた。
「終わりっ! 水入れてー」
ようやく若い方のコーチがそう言った瞬間、子供たちは武器を放り投げてその場に倒れこんだ。
「久しぶりなのに、すごいじゃん!」
「何が?」
体育のときと同じ僧侶服姿で駆けてきたエイルに、何ともないような顔で答える俺。本当はめっちゃ疲れてたけど。
「素振りだよ、素振り。あっ、リューケンとフォーム一緒なんだっけ?」
「だから『リューケン』ってなんだよ」
「そこのカンチガイ君、はいどうぞ」
さっきのニセ嶺華が、半透明の青いボトルが差し出してきた。
「どうも」
「あんた、前にどっかで竜狩やってたの?」
「アスラが入る前に、少年団に入ったこともあったんだよ。すぐやめちゃったけど」
エイルが代わりに答えてくれた。
「なんでやめちゃったの?」
「それは……」
俺の表情を窺うように、エイルが上目遣いで視線を向けてきた。どうやら俺に気を使ってくれているらしい。
「竜が怖かったんだよ。ほら、あいつらデカくて速いだろ?」
「へぇ、それが自分で言えるってことは、もうコクフクしたんだね」
「すごいんだよオウガ、今日の体育テストでラプトリウスを58秒で狩っちゃったんだから!」
「えっ!? ソロで1分切ったの!? ラプトリウスを!? そんなわけ――」
「ミニゲームの時間だぞー」
2人の会話を断ち切ったのは、若い男性コーチの声だった。
彼の手に握られていたものは、体育教師が持っていたのと同じような円盤。ってことは、またアレをやるのか?
「コーチ! ラプトリウスでお願いします!!」
手を挙げて頼んだのは青ポニテ女だった。
「おいやめろ」
こんなとこで俺は目立ちたくないんだ。このままフェードアウトしようと思ってたのに。
「オーケー、わかった。基礎技術も見れるし、ちょうどいいな」
もうすでにお馴染み感のある魔法陣が地面に描かれ、そこから何度も見た鳥竜の嘴が突き出した。
「やれやれ」
溜め息を漏らしながら、置いていた大剣を拾って立ち上がろうとすると、隣にいた青ポニテ女が立ち上がった。
「お先にいっきまーす」
なんだ、お前がやるのか。まっ、いいや。
俺は大剣を首の後ろにストレッチをして、まるで何事も無かったかのようにまたその場に座った。
アスラは、学校の授業でもすぐ手を挙げるタイプだな。そういう積極性も、嶺華に似てる。
アスラがセンターサークルの中に入ると、例の竜が召喚され、コーチによって例の角笛が吹き鳴らされた。
するとアスラは現れたラプトリウスの懐まで一直線に駆けていき、まずは頭部に縦斬り、続けざまに胴体へ横斬りをお見舞いしていった。
ステップワークも俊敏で、瞬く間に攻撃が連続ヒット。だが――
「痛っ!!」
アスラはラプトリウスの嘴攻撃を3連続でもらい、コンマ数秒遅いローリングで回避しようとすると、その先でまたもや追撃の嘴攻撃を3連続でくらっていた。
「うわぁ……」
まさか、プレイスタイルも嶺華と同じとは。敵の予備動作を見ないまま飛び込み、好きなだけ攻撃しては反撃をもらうバーサーカースタイル。
回避はしているが、それらが全て後手後手だ。攻撃の命中率こそエイルよりも高いが、回避率は半分を下回っているだろう。もちろん防御は全くしていない。
近くでコーチが溜め息をつくと、勝利のファンファーレが鳴った。
「どうよ!!」
「うーん、1分12秒のランクB。まだ荒いなー」
コーチの不服そうな反応とは裏腹に、アスラは満足そうな顔で帰ってきた。
「さっ、新入り君のプレイを見せてもらおうじゃない」
「いいよ、俺は。さっきやってきたばっかだし」
「へぇ、竜が怖いんだ?」
腕を組んだニセ嶺華の生意気そうな顔にカチンときて大剣を担ぎ、センターサークルに立ってから約1分後、竜が横腹を見せて倒れ、俺は本日2度目となる賞賛のシャワーを浴びることとなった。
「すげぇぇぇ!!」「マジで1分切った!」「天才じゃん!!」
「ラプトリウスを55秒でノーミスって……やるなぁ」
竜の動きに個体差は無かった。動作原理まではわからないが、アルゴリズムのようなものがあって、それに忠実に動いていることはハッキリわかる。
まっ、2回目ならこんなもんだろ。
本気出せば50秒以内でも狩れそうだけど。
「やっぱり、グーゼンじゃなかったね!!」
俺の幼馴染も満面の笑みで喜んでいたが、その隣にはあからさまに不機嫌そうな顔をしたポニテ少女がいた。そうやって頬を膨らませている顔も、以下略。
「ねぇ、コーチィ! イージーモードにしたでしょー!」
腕にすがりつくアスラをいなしながら、若い方のコーチが俺の方に向かってきた。その手には1枚のチラシのようなものが握られている。
「オウガ、少年団に帰ってこいよ。今のお前なら充分やれるだろ!」
予想通りの勧誘。
だが俺の返事は、もう決まっていた。
「丁重に、お断りさせていただきます」
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