体育テスト〈後編〉
ポッチャリとした男の子が片手剣を振り下ろすと、緑の芝生から砂粒の
その攻撃を回避した小型の肉食恐竜のようなモンスターは、プレイヤーの側面へと回って彼に噛みつき、赤十字のエフェクトを炸裂させていた。
これが、この世界の“体育”だと?
まるでドラキラ――いや、『ドラゴンキラー』そのものじゃねぇか。
彼は横腹を噛まれたはずなのに、少しも痛そうにしていない。でも、彼が転んだところの肘には赤い擦り傷が見られた。
ホログラムには接触の手応えもあるようで、攻撃を当てた部位によっては、武器が後ろに跳ね返されていた。
それにしても、七転八倒という言葉がふさわしいような、見事な手こずりっぷりだ。
敵の挙動を読みきれていないせいで、無駄な攻撃をくらってしまっている。下手クソな回避には目も当てられないが、反撃にも空振りが多かった。
プレイヤーの頭上に浮かんでいる赤い細長い円環のバーはHP表示だろうか。だとしたらもう80%くらい減っていることになる。
と思ったら、振り回された剣が竜の頭部へとまぐれ当たりのように直撃。
それと同時に竜は横向きに倒れ、耳馴染みのあるファンファーレが鳴り響いた。
宙に文字列が浮かび上がり、何らかの情報が表示されている。
「ボブ・トータス。タイム2分50秒、ランクF」
「あっぶなー」
ポッチャリした少年は胸を撫で下ろしながら、円形の白線の中から出てきた。
「どーお? ビビってるぅ?」
俺の肩を後ろから腕で小突いてきたのは、白いローブを着た猫耳少女だった。
「ビビってるって、何に?」
「まーた強がっちゃって。見学しててもいいんだよぉ? リュウキョーフショーのオウガくん」
「はぁ?」
さっきから、ちょいちょい耳にするリュウキョーフショーってのは、〈竜恐怖症〉って意味で言ってんのか?
オウガ少年は竜を怖がってたんだな。あんなホログラムごときを。
「次、エイル・イイヅナ!」
「はいはーい」
猫耳を装備した猫顔の少女は、右手を挙げて、教師の元へと走っていった。
「選択する竜は?」
「〈ラプトリウス〉でーす」
「おっ、強気だなぁ……よぉし、やってみろ」
教師は先ほどと同じように円盤を指先で操作して光らせると、地面に向かってそれを投げつけた。
その軌跡が魔法陣を描くやいなや、今度は大きな翼を羽ばたかせた薄緑色のドラゴンが現れた。
またもや、ゲームでお馴染みの竜だ。
薄緑色の背中に、薄黄色の腹をした中型の竜は、嘴でプレイヤーをつつくような姿がエサをついばむ鳩に見えることから「ポッポ先生」という愛称で親しまれている――ドラキラの竜に酷似していた。
実寸サイズでお目にかかったことはなかったが、画面上の縮尺から逆算するとこんなものだろう。体高は約2メートル、体長は約3メートルほど。
この竜は成長するごとに、ラプトル→デスラプトル→ラプトリウスと名前を変え、強く、大きく成長していく。
「ラプトリウス戦……よぉい、始めっ!」
角笛の合図とともに、エイルは杖を前に構えながら、前方へと駆けだした。
そのまま突っこんでいくのかと思いきや、ラプトリウスの嘴が彼女の頭部に振り下ろされ、エイルは右へのローリングでそれを回避。
的確なタイミングだ。竜の動きを予測して、完全に読んでいる。
エイルが両手で杖を振りかぶり、竜の腹部へと野球のスイングのように打ち込むと、攻撃エフェクトが炸裂して竜の体躯がグラリと揺れ、悲痛の呻き声が漏れた。
反時計回りの尻尾攻撃をまたもローリングで躱し、顎下へと潜り込むと、今度は頭部への縦振り攻撃。
「おぉ、いいじゃん、いいじゃん」
体育教師も俺と同じように、猫耳僧侶のプレーに感心していた。
エイルは先ほどの男子生徒と比べて、竜の動きをよく見て、上手く立ち回っていたからだ。攻撃よりも回避が優先。アクションゲームの基本原則をよくわかってる。
何度か攻撃を当てていくとラプトリウスが雄叫びをあげ、地面から3回飛び跳ねた。これは攻撃力アップ、防御力ダウンの怒りモーションだ。
エイルは咆哮の波動に対して杖を前に突き出すようにしてそれを受け止め、顔を背けて仰け反りながらも、次の瞬間には果敢に立ち向かっていった。
でもエイルは回避や防御に集中するあまり、攻撃を当てる頻度が少なくなっていた。慎重に間合いをとりすぎて、杖を空振ることが多くなってしまったせいだろう。攻撃を受けるリスクを負ってでもあと一歩、武器の射程範囲内まで近付く必要がある。もしも、もう少しクリアタイムを縮めたければの話だが。
それから約2分後、再び勝利のファンファーレが流れた。
怒り状態で竜の動きが20%ほど速くなったせいか、3回ほど攻撃をもらっていた。
それでもエイルのプレーは、先ほどのボブと比べて遥かに良かった。きっとスコアも高くなるだろう。
「[エイル・イイヅナ ラプトリウス戦 1分56秒22 ランクB]」
「やったー! 2分切ったー!」
「やるじゃん。さすが少年団で鍛えられてるだけあるな」
「えへへー」
教師に褒められて嬉しそうな笑みのまま、エイルがこちらへと駆け寄ってきた。
「まっ、アタシにかかればこんなもんよ」
両手を腰に置き、胸元を大きく張っている。絵に描いたような自慢げなポーズだ。
「回避は上手かったな。攻撃は少し消極的だったけど」
「はぁああああああ!? なにその上から目線!!」
いっけね、異世界転移してたの忘れてた。この世界の俺は、竜恐怖症のオウガ君(10)だった。
エイルは地面を踏み鳴らし、彼女なりの怒りモーションをしている。
「オウガなんて私に1回も勝ったことないくせにー! っていうか、竜にビビって少年団やめちゃったくせにー!!」
「そうなの?」
「えぇー?? そんなことも忘れちゃったのぉー?」
エイルの顎が、そのまま外れてしまわないかと心配になるほど、大きく縦に開かれていた。
「完全に忘れてた」
「うっそぉ、信じらんなーい。病院行った方がいいよ」
「オウガ!」
体育教師が“俺”の名前を呼んだ。
「はい」
「お前、いつまで体操着のままなんだ? たぶんお前の番まで回るから、早く武器と防具を装備しておけよ。それとも棄権するか?」
体育教師は俺に、舐め腐ったようなニタニタ笑いを向けてきた。
この実技テストを棄権することによるメリットやデメリットはわからないが、『竜狩』という競技は実際に体験してみたい。
これはゲームだ。スポーツでもあるかもしれないが、どちらかといえばゲームに近い。『ドラゴンキラー』が未来の映像投影技術によって進化したようなものとも言えそうだ。
とはいえ、ゲームの操作系が全く異なることで、どのような違いが生まれてくるのかは気になるところ。
なにしろこのゲームのコントローラーは、プレイヤー自身の生身の体だ。プレイしてみれば露骨に身体能力が反映されるだろう。とにかく、それらの相違点を適切に把握・順応するまでの時間を稼ぎたい。
「あの……俺の順番を一番最後に回してくれませんか? 今から装備を準備してくるので」
「ほーん。やる気だな? いいだろう。特別に最後にしてやる」
「どうも」
俺はある人物に助けを求めることにした。隣に座ってローブを脱いでいた幼馴染にだ。“チュートリアル”を説明してもらうキャラに、これ以上の適任はいないだろう。
「エイル。記憶喪失の俺に、竜狩のルールを教えてくんない?」
彼女は訝しげな目で俺のことを見た。未だに俺が記憶喪失であることに納得がいっていないらしい。
「いいけどー」
「まず、勝利条件と敗北条件を教えてくれ。竜を倒したら勝ちなんだろうけど、どうなったら負けになる?」
「残機が無くなったらゲームオーバー。白線を超えてもダメージ加算。このテストは1回死んだら終わり。あっ、『残機』って言ってもわかんないよね……えっとぉ――」
「オーケー、思い出した。アイテムは無さそうだし……そうだ、竜は何を選べる?」
「ラプトル、デスラプトル、ラプトリウスの3種類だよ。ラプトリウスが一番強くて――」
「ラプトリウスの部位破壊箇所は?」
「両翼と背中、頭部と尻尾の5ヶ所……って、ラプトリウスを選ぶわけ!? ムリムリ、オウガじゃムボーだって!」
「あと、武器と防具ってどこで貸りれんの? 今日、自分のやつ忘れちゃってさぁ」
「それならあそこの倉庫の中にあるよ」
コンテナ型の物置きのような場所に、まるでゲームの世界の武器屋かと思うほどの模造武器の数々が立て掛けられ、スポンジの縫い込まれた防具ビブスが吊されていた。
武器の種類は大きく分けて3種類、剣と槍と杖。その3タイプが、長いものと短いものとでさらに2通りに分けられている。両手持ち用と片手持ち用の違いだろう。ざっと見た感じ、ドラキラに出てくるような遠隔攻撃武器の類は無さそうだ。
「使用可能な武器は?」
「オウガ、大剣しか使ったことないじゃん」
駕籠の中に入っていた両手持ち用の白い大剣の数々は、オウガの部屋にあったものと同じくらいのサイズで、試しに一つ持ってみると、やはり同じくらいの重さだった。
「それじゃあ、大剣で一番ダメージ効率の高い攻撃モーションは?」
「大剣なら〈溜め斬り〉じゃない? かついで、ドン。ってゆうか、キオクソーシツなのになんでそんな――」
「溜め何秒で何倍?」
「知らないよそんなのぉー」
縦に、横に、両手で持った大剣を素振りしてみる。これが思ったよりも軽くて振りやすかった。
その場で大剣の握り方を確認していると、エイルが青いスポンジビブスを持ってきた。
「防具なんて邪魔だし、いらねぇよ」
「テスト受けられなくなっちゃうよ?」
そう言われて仕方なく、ゴワゴワとした触り心地の胴着を頭からスッポリと被り、ヘッドキャップのような兜を頭に嵌めた。
まぁ、剣を振ったりするのに多少気になるが仕方ない。攻撃は確認したから、次は回避だな。
ドラキラには前後左右のステップとローリング、前方へのダイブという3種類の回避モーションがある。それらをそれぞれ自分の体で試してみた結果、ドラキラでの使用感と同じく、横ステップが最も簡単かつ動作後の隙も少ないことがわかった。回避の幅は短いが使いやすい。小刻みに回避していく俺のプレイスタイルにも合っている。
それにしてもこの体は、現実世界の自分のものと比べて明らかに軽かった。目線こそ低くなったが、周りにいる同年代の子供たちと比べるとかなりガタイが良くて、多少の筋肉も付いている。ということは、大剣が軽いのではなく、それを振り回せる腕力があるという可能性も出てきたな。
もちろんオウガ少年の膝の靭帯は正常で、サイドステップをしてみても全く違和感が無かった。
この体に乗り移ってきて一番嬉しかったのが、これだったりする。
「俺って、何か運動とかやってた?」
「ウチの少年団やめてからは、お父さんのところでリューケン習ってたんでしょ?」
「なんだよリューケンって――」
「オウガァァァ!」
20メートル先から体育教師の野太い怒号が飛んできた。
「はい」
「最後にすると言ったが、もうあと2分でチャイムだ。テストはまた明日だな」
「いえ、1分もあれば充分です」
「なんだぁ? 今日はえらく強気じゃねぇか」
「テストしてください。ラプトリウスを選択します」
「なんだと!? やめとけ、やめとけ」
「お願いします」
大剣を背中のホルダーに差した俺は、体育教師の目を真っ直ぐに見つめ返した。
どうして今やりたいと思ったのか、論理的には説明できない。
ただ、『俺には出来る』という根拠の無い自信が、全身から放たれていた。
「はぁ、また怪我とかすんなよ? 親御さんから怒られんの俺だからな」
直径10メートルほどの白線のサークル内に入り、教師の方を見て小さく頷く。
彼の手元から円盤が放たれると、人工芝の上に青白い光の円が描かれ、黄色い大きな翼を羽ばたかせた薄緑色をした翼竜が、その円の中から現れた。
その竜は俺の姿を小さい両眼で捉えながら降り立ち、「ポッポッポッポッ!!」と威嚇の鳴き声をあげてみせた。
息が乱れ、胸の鼓動が高鳴っていく。手の平に汗の粒が滲んでくる。
腕と脚の表面にさざめきが走り、鳥肌が立っているのだと理解した。
たかがホログラムだと思ったが、近くで見ると想像以上に大きく見える。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。このゲーム、めっちゃ面白そうなんだけど。
「ラプトリウス戦。用意、始めっ!!」
角笛の音を聞くとすぐに、大剣をホルダーから引き抜いて右肩に担ぎながら、俺は薄緑色の翼竜を見上げて駆けだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます