第9話

 シラフル湖を出発した次の日、天気は土砂降りに近い雨だった。

 艦首のすぐ後ろ上にある、平型のブリッジの四角い窓ガラスの上を、ワイパーがせわしなく動いている。


「艦長。 ”イナヅマ”の電波感知レーダーに感あり。左舷に何か飛んでるそうです」

 竜舎に通ずる伝声管から聞こえてきた。


「手の空いてるものは左舷を監視」

 大型の投光器で、辺りを照らしながら探す。


「あそこですわ」

 ポンチョ式のレインコートを頭から被った、シルファヒンが指をさした。


「シル様、濡れますよ」


 指をさした雲の向こうに飛竜が一騎飛んでいる。

 飛竜商人のようだ。

 相手も投光器の明かりに気づいたようで、手元の光信号機で


「ワレ・キイヲ・シッス(我、機位を、失す)」

 を繰り返している。


 トウバは即座に

「プロペラの回転を停止。甲板の誘導灯を全部つけろ」

「飛竜に着艦を要請」

 と指示した後、飛竜商人を迎えに甲板へ向かった。


 悪天候の中何とか着艦した飛竜商人は、ハッチが閉じられた竜舎の中で一息ついている。

 プルプルと全身を左右に振って、獣人固有のしぐさで黒髪や黒い三角耳、黒い尻尾の水を飛ばしている。


「初めまして。ミナヅキ艦長のトウバです。今回は災難でしたね」


「初めまして。薬をあきなわしてもらってますミヤコといいます」

「今回は助かりましたわ~。 突然の雨やさかいに、みるみる迷子になってもうて~」

 早口にまくしたてるように言う。

 ヘタリナ王国の商人の都市”オウザク”のアキンド弁だ。

 ヘタリナ王国は、マギノ川の北に接する隣国である。

 オウザクのアキンドは、アキンド弁に二つも三つも意味を持たせて会話するという。 


「任務中ですのでボディーチェックはさせてもらいますが、ミナヅキへようこそ」

「下へ降りられますか?」


「ありがとうございます」

 ミヤコは、トウバの後ろを着いてきていた、シルファヒンの様子を素早く確認した。

 

「オンセンが開いてますので、体を暖めませんか」

 辺境の村を回るときも一般開放して、好評を得ている。


「うわ~、ほんまですか~、遠慮なく使わせてもらいます」


「着替えとかも、隣の売店に置いてますんで、よろしければどうぞ」


「いややわ~。アキンドにもの売ろうやなんて~。また見させてもらいます」


 湯舟で体を暖めながら、ミヤコ(ミャビ・ヤオ)は考え事をしている。

 大浴場の窓の外は、横なぶりの雨だ。

 シルファヒン王女が、トウバ王子に想いを寄せているのは公然の秘密だ。(トウバ本人は流石に、うすうす気づいているようだが)

 その上での”ミナヅキ”による護衛任務。

「我が主ながら、粋な計らいをなさる」


 シルルート空軍教導部隊隊長、メルル―テ・トライオン中佐。

 諜報部”影の手”元長官、セバスティアン。

 そして、シルファヒン第三王女。

 シルルートに対する人脈作りに、これ以上ない人物ばかり。

 そして辺境での”ミナヅキ”艦長就任。


「我が主に、愛されておられますな。トウバ王子は」

 ほんの少しキバ王子を気の毒に思いながら、全く出鱈目の報告をキバ王子にするミャビであった。


 ミャビは色々調べた後、空いた部屋で一泊し天気が回復した次の日、”ミナヅキ”から飛び立っていった。



 ミナヅキは、白眉山脈の渓谷の間を飛ぶルートに入っている。

 巨艦が通れないところは、渓谷の上を飛び越えながら、シルルートを目指した。

 空賊が容易く隠れることが出来る複雑な地形は、ナンド中尉と”イナズマ”の偵察が役に立った。

 ミナヅキの巨艦に気づいて、先に逃げ出しているようだ。


 国境を越え、シルルートに入った。

 甲板の国旗掲揚台に、シルルートとシルファヒンを表す紋章が描かれた旗を揚げる。

 無断で国境を侵犯していないことを、示すためだ。


 しばらく、飛ぶと”白眉の花瓶”という場所が見えてきた。

 ”白眉の花瓶”とは、周りを高い山に囲まれ、底には山上湖である”マルーン湖”がある、直径、約3キロメトルの正に花瓶のような地形である。

 出入口は、レンマ側とシルルート側にそれぞれ一つずつ、飛行艦が一艦通れるくらいの幅で空いている。

 出入口は、45度くらいに曲がっており、真っすぐ飛びぬけることは出来ない。


「こちら艦長。全艦に告げる。今夜は、マルーン湖に着水、水を補給すると同時に、満月の監視任務に就く」

「翌日は全艦休暇とする。 酒保を開け。 特に食堂班は監視任務の準備を厳にすること、月が出るころに飛行甲板に全員集合。 以上」 

「シル様。 マルーン湖は月の名所ですよ」

 トウバは、にこりとシルファヒンに笑いかけた。


 艦内に歓声が上がった。 

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