第10話

 ミナヅキは、マルーン湖に着水錨を下ろした。

 辺りが暗くなり月が出てきた。

 青白い月の光と、湖に映る月が大変美しい。

 艦の乗組員全員が、飛竜甲板に出て月見を始める。

 食堂班が頑張って作った大皿の料理が並ぶ。

 少し寒いのでダルマ型の薪ストーブが三つ出された。

 月明かりと、ダルマストーブと、小さなオイルランタン数個の明かりで過ごす。

 シルルート組も含めて、総勢18名、それぞれ分かれて宴会を楽しんでいた。


「メルル―テ先生。 どうして、”重飛行艦”にはヘリウムガス発生装置が二つ付いてるんですか?」


 整備班の集まりでは侍女服姿のメルル―テが、馬用の鞭とお猪口を片手に立って講義をしている。

 恐ろしく姿勢が良い。

 男たちが酔い潰すため、こまめにお酒を注いでいる。


「はい。ミナさん、”重飛行艦”とは何ですか~」


「えっと、ヘリウムガスだけでは浮いていられない艦?」


「いい答えです~。 足りない揚力を姿勢制御用ジェットか、リフティングボディーの揚力で補う必要があります~」

「そのためにエクセリオンは、シルルートに帰れなくなりました~」

「で、二つヘリウムガス発生装置がある理由は、ヘリウムガスをわざと偏らせて姿勢制御するからです~」

「エクセリオンの気嚢(風船部分)はいくつかに分かれています~」

 その気になれば、艦を傾けたままで飛行が可能。


「おい、イナバ、あれって」


「良く聞いとけよ。 シルルート空軍のウルトラエース、教導部隊、隊長メルル―テ・トライオン中佐の講義だ。 そうそう聞けないぜ」


「スリーサイズ教えてくださ~い」


「はい、ウエギ君、 腕立て50回です~」

 手に持った鞭を向けながら言った。


「うお~、酔ってる時の腕立てはつらい~」


「がんばれよ~」


「はいっ」


「イナバ君、質問はなんですか~?」


「魔術式ジェットのリミッター解除について教えてください」


「……まず、”魔術”とは何かから説明が必要ですね~」

「ハナゾノ帝国にある魔術学園では、”魔”がこの世界に浸食する力だと解釈されています~」

「約十年前のハナゾノ帝国の事件しかり、魔獣のこともですよ~」

「魔術酔いもです~」

「”魔術”はこの世界を歪めます~」

「”魔封じの術式”は魔術の力を安全に使えるくらいまで弱める働きをしています~」


「で、リミッター解除(”魔封じの術式”をわざと外す)すると、ジェットの耐久力が約2倍に、出力が約1,5倍に跳ね上がります~」

「ある例では、操縦士が、頭の中で考えるだけでスロットルをコントロールできたそうです~」

「まさに魔法です~」

「その後、軍用艦は乗組員全員から魔力を強制徴用されてますから、乗組員全員が”魔”に侵されて廃人になりましたよ~」

「基本、リミッター解除は禁止です~」


「エクセリオンは?」 


「できます~」

 イナバの方をじっと見て

「王都にあった、”青い飛行艦”もできます~」


 青い飛行艦はキバの専用艦だ。 


「かなわないな」

 イナバはぼそりとつぶやいた。

 ちなみに、メルル―テを酔い潰すことは失敗している。



「月がきれいですね。シル様」

「シル様。これは、米から作られたレンマのお酒です」

 シルファヒンの持ったお猪口に注ぎながら言う。


「まあ。すこしフルーティですね」


「はい。 でも意外と強いお酒ですので、気を付けてくださいね」


 お互いに注ぎ合いながら、飲んでいる。

 しばらく飲むと、シルファヒンが酔ってきたのか、顔をほんのり赤く染めて、トウバの顔をポ~と見つめ始めた。


「何か食べるものを取ってきます」

 

 シルファヒンが置き去りにされた子供のような表情を浮かべた。


「取ってきました」


 帰って来たトウバの袖を、どこにも行かないようにそっと指で掴む。 


 トウバは、まぶしいものを見るような目でシルファヒンを見て、頬を少し赤らめた。

 


「あの子だろう。 王宮でトウバ王子を見つめ続ける銀髪の少女って」

「四年前の事故は絶対おかしいよな」

「うらやましい……」

「トウバ艦長も苦労しているんだ。邪魔はするなよ」

「ああ……」

 

 セバスティアンが一人で杯を傾けている。

「シルファヒン様。 ようございましたな」

 仲が良い二人を微笑ましく思いながら、少し離れた所から見守っていた。

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