第7話
ミナヅキが出発したその日の夜、キバの居室である。
「また、トウバだ、いつも奴だ、いつも奴が俺の邪魔をする」
「ミャビっ」
「はっ」
部屋の隅のカーテンの影から一人の女性が出てきて膝をつく。
まん丸に開いた瞳孔が、部屋の明かりを反射して一瞬エメラルドグリーンに輝いた。
口は布で隠されている。
「ミナヅキに細工は出来たのか?」
「残念ながら……」
ミナヅキの術式モーターは、物を引っ張るという術式を円形に並べて順番に発動させるシンプルなものである。
いじるとプロペラが回らなくなるだけだ。
さらに、ミナヅキは王立工廠伝統の、大事なものを艦の中央に集めて厚い装甲で守る、”シタデル構造”だ。
ドラゴンのブレスでも何発かは耐えるだろう。
「ふんっ。これだから獣人は」
さげすんだ目でミャビを見る。
「まあいい。ミナヅキの後をつけて報告しろ」
「はっ」
カーテンの裏の隠し通路から外へ出た。
黒髪の上に出た、黒い三角の耳と、黒い尻尾をふりながら
「ニャック。 ニャザーニャッカー」
猫族の獣人固有の言語で悪態をついた。
その後、本当の主人の元に、キバについて報告しに行った。
翌日、クノイチである、”ミャビ・ヤオ”は薬屋の飛竜商人に変装して、相棒の荷竜とともにミナヅキの後を追うのである。
◆
ミナヅキの勤務は三交代制である。勤務と準勤務そして休みである。
準勤務中は、勤務者になにかあった時の交代要員と、運動と訓練である。
今、ミナヅキの飛竜甲板にマットを敷いて、5人くらいの隊員が格闘訓練中である。
いつもと違うのは、シルファヒンとメルル―テがゲストとして参加していることだ。
二人は、トウバに誘われた。
シルファヒンは、長そでのトレーナーぽい服を着ている。
メルル―テは、カーゴパンツにカーキグリーンのタンクトップ姿だった。
左腕の二の腕と鎖骨、反対側の背中に、大きな古傷がある。
「私の相手はだれですか~」
いつもの髪型のウエーブのかかった左右のツインテールは、後ろに一つに束ねられている。
「イナバ。やりましょう~」
悪戯っぽい目でイナバを誘う。
「わかりました」
メルル―テは、約170センチのイナバより頭一つ分くらい小さい。
イナバは、表向きは整備士だが、裏の顔はトウバ付きのオンミツである。
「ばれないようにしないとな」
二人が向かいあって礼をした瞬間、メルル―テがイナバの懐に体を回しながら、飛び込んできた。
「蹴りっ、打撃、違う、組み
飛んでくる両足を両手で、何とかさばく。
「ふふふ~、初手の”飛びつき腕十字”をかわされたのは久しぶりですよ~」
後ろに転がり戻りながら立ちあがる。
その後、打撃技と組み技を目まぐるしく使い分けながら、終始メルル―テの攻撃が続いた。
最後は、イナバを”フランケンシュタイナー”(悦び投げ)で投げ飛ばす。
イナバは、投げ飛ばされながらも両足で着地。
(反撃は出来るけど)そのまま後ろに尻もちをついて
「参りました」
「いつか本気を出してくださいね~」
イナバの手を持って立たせながら、小さな声で言った。
「かなわないな」
周りを見回すと、トウバとシルファヒンが甲板の周りを楽しそうに話しながら、ジョギングをしていた。
奥手で鈍感な主にしては珍しい。
他の隊員もメルル―テに挑んでいたが、ほぼ瞬殺されていた。
関節技を決められた隊員は幸せそうだったが。
◆
レンマ王国は、東にシラフル湖、北の国境のマギノ川に囲まれ、雨が多く湿度が高い。
元々入浴好きの国民性だが、レンマ初代国王が特に入浴にこだわり、各地にオンセン施設を立てている。
ミナヅキにもオンセン設備は完備されている。
男湯、女湯ともに一遍に20名は入れる大浴場だ。
一つの壁はガラスになっていて飛行中の空を一望することが出来る。
レンマ王国では、伝統的に天辺に雪が積もった三角形の山の絵を、壁に書く場合が多い。
異世界の山だというのがもっぱらの噂だ。
ちなみに、24時間いつでも入れる。
シルファヒンとメルル―テは、訓練の汗を流しにオンセンに入りに来ていた。
「すごいですね~」
ガラス窓の向こうには、穏やかな田園地帯が広がっている。
小麦で大地が金色に見えた。
メルル―テは小柄な体に、小ぶりだが形のいい胸に、引き締まったウエストをしている。
「シル、湯舟にタオルをいれませんよ~」
「はい、先生、先生はやはりその傷を消さないんですね」
シルファヒンは二人きりの時は、メルル―テのことを先生と呼ぶ。
「空軍の教導部隊で教えたでしょう~、傷は戦士の勲章ですよと~」
「はい。 しかし飛行艦の中と思えませんね」
湯舟の中で大きく伸びをした、
白い肌が少し桃色に染まっている。
少し小さめの胸。細身だがスタイルはいい。
「トウバ艦長とは、その後どうですか~」
「えと。それは」
白い肌が桃色を通り越して、赤く染まった。
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