第3話

 イナバは、シルファヒンの反応を見ながら、エルフの恋愛観は良く言うと一途、悪くいうとストーカー気質であることを思い出した。

  ハーフエルフも、エルフの恋愛観を引き継いでいたはずだ。

 恋愛方面では鈍感なトウバのことだ。

 どこかで何かをしていると思う。


 シルファヒンの初恋は6歳の時だった。

 レンマ王国に祖父に外交の付き添いでついて行った時、広い王宮で迷ってしまう。

 その時助けてくれたのが当時10歳だった、トウバ・レンマ第三王子だった。

 それから、十四歳になるまで八年間、レンマ王国に来る機会があれば必ず来て彼を見つめ続けてきたのである。

 彼女の中でしっかりと恋心は育っていった。

 しかし、四年前からぱったりと王宮から彼の姿が消えてしまう。

 事情を知ろうにも関係者は、口をつぐんで誰も何も言おうとしない。


「あんなに挨拶してアピールしたのに。初めましてなんてっ」

 

 事情を知っているセバスティアンは、14歳と現在18歳のシルファヒンの姿は、全然違うことに気づいている。

 さらに彼女の短めの耳のせいで、ハーフエルフと思われていなかったようだ。

  

 記憶の中の彼は、王家の人間に恥じないような立派な服を着ていた。

 しかし、今、目の前にいる彼は、着くずれた軍服にくたびれた艦長帽を被っている。


「……これはこれでいいわね」


「そういえば、と名乗ったわね」


「シルファヒン様」

 セバスは、ちらちらとトウバを見ながら、うなずいたりぶつぶつ言っている主人に声をかけた。


「ひゃいっ」


「エクセリオンを、飛竜空母で曳航したいと言っていますがどうしますか?」


「可能なの?」


「可能です~。 すごいですね~。 完全レシプロの飛竜空母、博物館ものですよ~」


「むっ、分かってるね、え~と」

 イナバが笑いながら言う。


「メルルーテです~」


「メルルーテさん、しかしエクセリオンもすごい。 ”重飛行艦”でしょう? シルルート独自のリフティングボディ?」


「直線飛行時だけですけどね~、縦方向のジェットが壊れてしまって~」


「ミナヅキのペイロードなら余裕ですよ」


「まあ。頼もし~」


「……なんだか楽しそうね」


「それでは、トウバ・ゲッコウ艦長でしたっけ」


「はい」


「そのように、してちょうだいっ」

 横を向いて言う彼女の頬は少し赤かった。



 エクセリオンを、ワイヤーで吊り下げようとしたのだが、丁度良いフックがなく結局ラムエッジを出してそれに括り付けた。

 ミナヅキの左右にある、収納可能なクレーンが役に立った。

 飛竜を三体、搭乗可能なミナヅキは、エクセリオンを十分持ち上げられた。

 安全のため、三人にはミナヅキに搭乗してもらう。

 一旦、シラフル湖のほとりの、駐屯基地に行くことになった。


 夜間の移動は、夜行性の巨大飛行生物のため危険だ。

 灯火管制もされている。


「雨が降りそうだな」

 外部通路で煙草を吸いながらトウバは、空を見上げた。

 片手にはコーヒーカップを持っている。

「小麦もそろそろ収穫だな」

 吐く息が白い。


「あっ」

 廊下の奥から普段着にケープをまとったシルファヒンが来た。


「えっと、何か不便はありませんか?」


「ありませんっ」

 少し離れて横に立った。ぶるっと体を震わせる。


「ホットコーヒーはいかがです?軍隊名物、薄いコーヒーですが」 


「ありがと」

 聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った。


 二人は、並んで白い息を吐きながらコーヒーを飲んだ。

 パラパラと雨が降り始める。


 シルファヒンは、トウバに色々なことを聞きたかったが、結局何も聞かなかった。


 翌日は、朝から冷たい雨が降っている。

 ブリッジのガラスの上を、ワイパーが左右に動く音が、定期的にしていた。

 シルファヒンは、艦長席の左斜め後ろに椅子を置いて、黙って座っている。

 トウバが話しかけようと、顔を向けるとプイっと顔を背けてしまう。


「ブリッジが気に入られましたか」


 シルファヒンは何も言わなかった。

 

 慎重に飛んで、三日でシラフル湖ほとりの駐屯基地に着いた。

 本国に、無電で指示をあおぐ。


 シラフル湖を西に少し行った、カラツ空軍基地にエクセリオンを運んだ後、王都まで王女一行を招待する任務が与えられた。


「大丈夫か? ほぼ四年ぶりの王都は」

 イナバが聞く。


「任務だ。仕方ないよ」

 

 二人は、艦長室で少し強めの酒を飲んだ。

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