第2話
「いきますよ~」
メルル―テが、左手でスロットルレバーを操りメインジェット4つを逆噴射させる。
エクセリオンは、一気に後退し空賊の飛行艦と並んだ。
ものすごい逆Gでハーネスに体が沈む。
メルル―テは、空賊のバリスタの射手の顔をガラス越しに見た。
メルル―テの左手が、ピアノを弾くように素早く動き八つのスロットルレバーを操る。
同時に、右手の操縦桿を大きく左に動かした。
空賊の飛行艦の右から上を乗り越えるように左ロール。
左舷の真っすぐ横に伸びたラムエッジを引っかけるようにぶつけた。
今、エクセリオンは、横に一回転しながら、空賊の飛行艦を飛び越え、左上にいる。
空賊の飛行艦は、気嚢(風船部分)を、ラムエッジに破られ、白い雪山の中へ墜落していった。
「やりました~」
左腕に力こぶを作りながらメルル―テが喜声を挙げたとき、艦の左から、ドンという音がした。
「三番ジェットの回転が止まったわ」
足元に出した魔術陣の回転を確認しながらシルファヒンが言う。
セバスティアンが左のウイングデッキを出し確認した。
三番ジェットから黒い煙が出ている。
「何か部品を吸い込んだようですな」
エクセリオンは、気嚢のヘリウムガスだけでは揚力が足りず、姿勢制御用のジェットで揚力を補う”重飛行艦”である。
三つの姿勢制御用のジェットでは、何とか高度は保てるが高度を上げることが出来ない。
「シルルート王国には帰れないわね」
高度を上げないと、越えれない渓谷がある。
「はい~」
各種レバーをせわしなく操りながら言った。
「このまま前進して、レンマ王国に助けを求めます」
五秒程考えて、シルファヒンは二人に言った。
◆
巨大な湖であるシラフル湖と、白眉山脈に挟まれるように、シルン地方はある。
そして、シラフル湖のほとりにレンマ王国の駐屯基地があった。
"飛竜空母ミナヅキ"の母港である。
母港と言ってもミナヅキの巨体を置く場所が無いので、シラフル湖に桟橋を作って浮かべてある。
また基地と言っても、すこし上がった丘の上に、小さな宿舎と馬舎があるだけで周りにフェンスすらなかった。
トウバは、宿舎の前に机といすを出して、煙草とコーヒーを飲んでいた。
各村の巡回を終えて帰ってきたばかり。
次の巡回は、二日後に出発予定である。
後ろを振り向けば、シラフル湖。
前は収穫前の小麦畑が、黄金色に輝いて見渡す限り広がっている。
背景には白い万年雪を積もらせた白眉山脈。
トウバが一番好きな風景だった。
士官学校時代からの付き合いの整備士イナバ・コノハナが、ゆっくりと歩いてきて隣の椅子に座った。
「好きだな。この場所」
「ああ。ゆったりして気持ちがいい」
トウバはしばらく風景を楽しんだ。
宿舎内に飲み終えたコーヒーカップを戻しに行ったそのとき
「救難信号キャッチ。 救難信号キャッチ。 乗組員は至急戻られたし」
ミナヅキの外部スピーカーから聞こえてきた。
急いでミナヅキに向かった。
「場所は」
ブリッジの艦長席に座って通信士のミナに聞いた。
「モールス信号では、隣国のシルルート王国からレンマ王国に抜けるルートにいるそうです」
「分かった。ミナヅキの発艦を急がせろ」
クイックスターターの魔術式も装備されていない老朽艦だ。ようやく動き出したのは、救難信号をキャッチしてから30分後だった。
今、ミナヅキは艦体横のレシプロ推進器を前に向けて、全速力で現場に向かっている。
最大速度である、時速80キロメトルを出した。
「無線の通じる距離に入りました」通信士のミナが言う。
「ティルトローターを立て、減速せよ」
ブリッジ中央にある転舵
「こちらレンマ王国空軍所属、飛竜空母”ミナヅキ”どうかしましたか?」
通信士のミナが無線に向かって声を出した。
「こちら、シルルート王国近衛騎士団所属、飛行艦”エクセリオン”です~」
「慣らし飛行中に、空賊に襲われて航行不能になってます~」
若い娘の声が帰ってきた。
「怪我人はいませんか。 こちらでも位置を確認したので向かいます」
白眉山脈から降りてきたすぐの平原に、四方に四本のランディングギアを出して着陸した、白い飛行艦が見えた。
大きさが倍以上あるミナヅキを、可能な限り近づけて着陸させる。
流線型の艦体の下部中央部から降りたタラップの前に、三人のハーフエルフが並んでいた。
160センチくらいの侍女服を着た、小柄な女性。
180センチくらいの執事服を着た、初老の男性。
170センチくらいの普段着用のドレスを着た、銀髪が美しい女性。
である。
トウバは、三人の前に移動する。
「初めまして。ミナヅキの艦長、トウバ・ゲッコウです。今回は災難でしたね」
と言った瞬間、銀髪の女性が突然怒ったように、
「は・じ・め・ま・し・て。シルルート王国第三王女、シルファヒン・シルルートです」
と言ってプイっと顔を背けた。
「えーと、知り合いか?」
隣にいた、イナバがトウバに小声で聞く。
「いや、ハーフエルフに知り合いは……」
「大体あんな美人一回見たら忘れないって」
ぼそぼそと話していたが、トウバが美人と言った瞬間にシルファヒンのあまり長くない耳がぴくっと動いた。
場を取りなすように、
「執事のセバスティアンです」
「えーと、”エクセリオン”の艦長兼操縦士のメルルーテ・トライオンです~」
これから長い付き合いになる、トウバとシルファヒンの四年ぶりの再会であった。
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