50.タケルの告白

、あいつが例の『一条重蔵』でっせ」


 学生時代レイの父、結城道夫みちおはいわゆる不良少年であった。

 名家『結城家』に生まれ、幼き頃から何不自由なく育てられた彼だが、成長するにつれそのすべてが自由そうで自由でない人生に反抗するようになる。高校に入った頃には金の力で校内の不良をまとめ、そのかしらとなっていた。


 そんな道夫の前にひとつ学年が上である重蔵が通りかかる。



「けっ、偉そうにしやがって」


 重蔵はこの時点ですでに柔道界のホープであり、全国大会でも抜群の成績を収める期待の星であった。道夫はそんな重蔵が眩しく、そしてねたんだ。



「やるぞ」


「うすっ」


 道夫は静かに取り巻きの不良共に言った。

『やる』、それはすなわち道夫と、一緒に歩いている女の子を締め上げると言う意味である。道夫が重蔵の前に出て言う。



「よお~、先輩」


 重蔵は突然目の前にやって来た道夫と、周りの不良達を見て少し首をかしげる。隣で一緒に歩いていた女の子が道夫の後ろに隠れる。



「何か用か?」


 全く物怖じせずに堂々と重蔵が答える。道夫が言う。



「先輩さあ〜、あんたら、ちょっと目障りなんだよっ!!!」


 その言葉と同時にふたりに襲いかかる不良達。重蔵は隣の女の子、後に結婚しタケルの母となる彼女の前に立ち小さな声で言う。



「下がってな」


「で、でも……」


 重蔵は少しだけ笑うと不良達を睨みつける。



(これは正当防衛、いいよな? ?)



 ドオオオオン!!




(綺麗……)


 女の子は次々と宙を舞う不良達を見て素直に思った。全く成す術なくやられた取り巻きを前に顔を青くした道夫が言う。



「そ、そんな、なんだよお前……」


 全ての不良を投げ飛ばし、ゆっくりと道夫の前に来た重蔵が言う。




「お前、柔道やらないか?」



「へ?」


 全く意味が分からない道夫が重蔵を見つめる。



「放課後、道場に来い。待ってる」


 それだけ言い残すと重蔵は女の子と一緒に立ち去って行った。道夫は絶対に断れないと心から思った。



 それからの練習は道夫の想像を絶する厳しさであった。これまでダラダラとなんの不自由なく生きてきた道夫にとって初めての世界。あまりにも厳しい訓練に、もう家がどうだとか思う事すらなくなっていた。


 それでも心地良かった。

 真っ直ぐな重蔵と柔道をする事が。そしていつしか自分に真摯に向き合ってくれる彼を心から慕う様になっていた。


 やがて道夫は重蔵と同じ大学へ進み、共に柔道に汗を流して卒業。それから家業を継ぎ、結城家の発展に尽力する。






「大きくなったね、タケル君」


 レンの父親の道夫は優しい笑顔になってタケルに言った。驚くタケルに道夫が続ける。



「下手くそながら私も柔道をやっていてね、しげさんにもよく投げられたよ。まだ幼かった君とも道場で何度か会ったんだけど、最近は仕事が忙しくてまったくお邪魔できていなかったがね」



「うそ……」


 今投げ飛ばした男の父親が、父重蔵の後輩で自分とも会っていたなんて。道夫が言う。



「でも、君の投げを見て、あの美しい弧を描く投げを見てすぐに分かったよ。『一条家の軌跡』だってね」




「パパ……?」


 予想外の展開に驚きを隠せないレン。道夫がタケルに言う。


「本当にあのバカが申し訳ないことをした。仕事が忙しかったせいにして、子の育て方を間違ってしまったようだ。また重さんに叱られるよ」


 そう言って苦笑いする道夫。



「パパ……」


 道夫はレンの元に行き、右手を大きく振り上げた。


 バン!!!!



「ぎゃっ!!!」


 バン、バン、バン!!!!


 涙目になるレンを何度も平手打ちする道夫。レンが顔を真っ赤にして謝る。



「ごめんなさい、ごめんなさい、パパぁ、もうしないよ!!!」


「謝る相手が違うだろ……、バカ息子が……」


 タケルと優花は唖然としてそれを眺めていたが、優花が先に道夫に言った。



「もう大丈夫です、もう……」


 道夫はレンを殴るのをやめるとその頭を床に押し当ててふたりに言った。



「本当に申し訳ない。心からお詫びする」


 そう言って一緒に頭を下げる。タケルが言う。



「いえ、もういいですから……」


「いや、タケル君。もし怪我などあったら言って欲しい。治療費はしっかり払うよ」


「はい」



「じゃあ、ふたりを……」


 『車で送って』と言いかけた道夫は、タケルの腕をぎゅっと掴む優花を見て言い直した。



「邪魔者はお暇するよ。帰る時に声をかけてくれ。送らせるから」


 道夫はそう言ってレンの首根っこを掴み、チンピラ達に出て行くよう命じてから部屋から出て行った。部屋に残された優花とタケル。優花がタケルを見て言う。




「ごめんなさい、タケル君……、私……」


 まだ頭の整理がつかない優花がタケルに謝る。タケルが優花の両腕を掴んで言う。


「謝るのは俺の方だよ。ごめん。それより……」



「それより……?」


 少し不思議そうな顔でタケルを見つめる優花。タケルはそんな優花に向かって大きな声で言った。



「まだ、まだいるんだろ?? 出て来てくれないか!!!」



(え?)


 一瞬優花は彼が何を言っているのか分からなかった。そしてその意味を理解したと同時に意識が少し遠くなる。




「優花……」


 タケルははっきりと彼女の目が澄んだ水色から黒色に変わるのを見つめる。



「優花、優花なんだな!?」


 無言の黒目の優花。目は虚ろで、タケルを見ているのかすら分からない。タケルが優花を抱きしめて言う。



「メール送ってくれたの、お前だろ? ありがとう……」


 無言の優花。未だ反応はない。



「俺、お前を落とそうと必死で、振り向いて貰うために頑張って、一生懸命やって、でもまだ伝えられてなくって……」


 タケルが優花を更に強く抱きしめて言う。




「お前が好きだ。ありがとう……」



 抱きしめられた黒目の優花が少しだけ微笑む。タケルは優花を抱きしめたままようやく彼女の声を聞いた。



「タケル君……」


 タケルが優花を放し、その目を見つめる。



 ――澄んだ綺麗な水色



「あいつは、行っちまったんかな……」


「うん、多分……」


 優花がタケルを抱きしめて言う。



「私も好きだよ、タケル君」


 タケルはそんな優花を強く抱きしめて応えた。

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