第六章「タケルの恋まじない。」

51.代役:一条タケル

 開盛大学での公開練習の日を境に、タケルの生活が一変した。



「一条タケルさん!! 次の試合の予定は??」


「一条先輩、頑張ってください!!」


 公開練習の時の剛力を投げ飛ばす写真が地元新聞に大きく掲載された。



『一条家の消えた天才柔道少年、現れる!!』


 との見出しと共に。




 朝、いつも通りに優花と一緒に大学へ向かうタケルが小さな声で愚痴る。


「あーあ、面倒臭せえ」


「何言ってるのよ、若きホープさん」


 疲れた顔のタケルに優花が冗談を言ってからかう。あれから『黒目の優花』や『恋まじない』についてはひと言も話をしていない。不思議とそう言う雰囲気にはならなかった。優花がタケルの腕に巻かれた包帯を見て言う。



「まだ痛む、怪我?」


「ううん、もう大丈夫。ほとんど治った」


 結城レンから受けた木刀での攻撃。

 幸い骨折には至らなかったが打撲を負い、しばらく腕は安静が必要だった。優花が申し訳なさそうな顔で言う。



「ごめんね、私のせいで……」


「なに言ってんだよ、こんなの全然平気!!」


 そう言って軽く腕を振り回して見せる。優花が微笑みながら尋ねる。



「ねえ、話は変わるけど、お父さんってまだ怒っているの?」


「ああ、顔見る度に怒鳴られるよ」


 公開練習を途中で抜け出し、そのすべての後始末を兄と父親に任せたタケル。練習後に、『一条タケル復活!!』として記者会見を開くつもりであった父重蔵の計画は無残にも散ってしまった。優花が言う。



「でも、なんか急にタケル君が遠い世界の人になっちゃったなあ~」


 地元新聞に掲載され記者のインタビューや、面識のない女子学生にまで挨拶される。タケルが言う。



「結局、俺って柔道しかないのかな……」


 そう言ってちょっと寒そうな顔をしたタケルに優花が言う。



「『柔道しか』、じゃなくって『柔道も』でしょ? それに……」


 優花がタケルの腕に抱き着いて言う。



「私『も』、いるよ!!」


「あ、ああ、そうだよな……、うん」


 タケルはちょっと恥ずかしそうな顔で優花の言葉に応えた。






「お疲れ様です……」


 その日の午後、優花は文化祭実行院会のミーティングに出席した。すでに知らされていたのだが、委員会責任者である結城レイは自主的に委員会から退会していた。大学には在学しているようだが、あれ以来まったく姿を見かけない。



「ではミーティングを始めます。最初に来週行われるCM撮影の件ですが……」


 優花は大学広報の撮影が水着になってしまっていたことを思い出す。しかもその相手が結城レイ。どうなるのだろうと真剣に聞く。



「まず共演予定だった結城先輩ですが、『全ての仕事を降りる』とのお話があり、撮影に出られなくなりました」



『ええ?』っと言う驚きの声が上がる。自分が相手なら当然か、と優花ひとり思う。司会の女の子が続ける。


「しかし申請が通ってしまった水着での撮影はそのまま続行となり……」



「水着なんてやめましょう!! そんなの学生らしくないわ!!」


 ここぞとばかりに優花が席を立って言う。強力に会を引っ張っていた結城がいない今、強気の優花に目立って反対する者は見当たらない。司会の子が言う。



「ええ、お気持ちは分かりますが、大学上層部も水着での撮影に大変興味持っているようで……」



「おかしいでしょ? 健全な学生のCMを水着だなんて……」


 立ち上がり腕を組んで抗議する優花。女の子が困った顔をして言う。



「ええ、更に降板した結城先輩の代わりに、うちに在学していた今話題の『一条タケル』を出せって言っているんです」



「え?」



 思わぬ展開に驚く優花。

 結城降板後、代わりにタケルが推薦されているとは思ってもいなかった。女の子が言う。



「結城先輩は確かにイケメンで爽やかな人でしたが、いない以上代役が必要になります。本当に偶然なんですが、上層部が一条さんの記事を見かけて『こんな凄い学生がうちにいたのか?』って話になって。もちろん私はお断りをしたんですが……」



「やりましょう、水着」



「え?」


 突然満面の笑みでそう言い放った優花を皆が見つめる。優花が両手を広げて言う。



「この少子化の時代にたくさんの学生に来て貰うには、やはりインパクトが必要。微力ながら私と一条さんの水着を見て『楽しそう』とか『元気そう』とか思って貰えれば大成功!! 更に彼の柔道パフォーマンスも加えれば大学の知名度アップも間違いなし!!」


 突然人が変わったかのように話しだす優花を見て、『文化祭で告白した相手って一条だった』と今更ながら皆が気付いた。優花が頷いて言う。



「じゃあ、私とタケル君とで一緒に水着撮影。その後タケル君の柔道パフォーマンス。ふたりで仲良く撮影。これでいいわね?」


「あ、はい……」


 司会の女の子を含め、文化祭実行委員会皆が頷く。申請通りの水着、そして話題の『天才柔道家』が出演してくれるなら大学側も何の異論もない。優花は鞄に荷物を片付けながら言う。



「じゃあ私、出演者に依頼交渉してくるので、これで失礼しますね!」


 優花はそう言って鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。






「先輩っ、センパーイ!!」


 夕方、柔道部の稽古に現れたタケルにマネージャーの雫が抱き着く。腕に包帯を巻いたタケルが痛そうに言う。


「ちょ、ちょっと雫ちゃん。痛いって!!」


 結城レンの木刀で怪我した腕に手をやるタケル。雫は小さく舌を出して謝りながら言う。



「ごめんなさい、先輩。本当に大変でしたね……」


 タケルは怪我よりも、その後の雫とこのみの地獄のような尋問の方がよっぽど大変だったと苦笑する。

 突然会場から姿を消したタケル。主役不在をタケルの父重蔵が何とか乗り切り、雫もこのみも泣きそうな顔で探し連絡を取ったあの日。

 結局夕方過ぎまでタケルの家の前で待ち伏せしてようやく帰って来たタケルを捕まえてみれば腕の打撲が判明。すぐに病院へと向かった。


 ちなみに二人には怪我の理由は適当に誤魔化している。まさか『木刀で殴られた』とは言えない。



「おう、一条」


 そこへ柔道部の主将である五里がやって来た。


「あ、ゴリ先輩」


 雫が笑顔で言う。タケルも挨拶する。



「お、お疲れです。五里先輩……」


 恐る恐るその名を口にするタケル。やはりと言うか案の定、雫は青い顔をしている。雫が小さな声で言う。


「ちょ、ちょっと先輩! それはあまりにも失礼で……」



「また剛力を投げ飛ばしたそうだな」


 五里が怒りを抑えるようにして言う。


「あ、はい……」


 タケルが小さく答える。



「まあ、お前もそこそこやるようだが、まだまだ俺には及ばんな。その怪我、剛力との試合で負ったんだろ?」


 五里はタケルの腕に巻かれた包帯を見て言う。



「え、ええ、まあ……」


 彼には難しい話はしない方がいいとタケルが思って返事をする。五里が頷いて言う。



「偶然あんな写真を撮られてお前も恥ずかしいかもしれないが、まあ、その怪我が治ったらそれに見合うぐらい強くなるよう俺が稽古をつけてやる。楽しみにしとけよ!!」


 五里はそう言うと大きな笑い声を上げながら去って行く。五里と言い剛力と言い、基本的に悪い奴じゃないんだけどなと思いながらタケルがその後姿を見つめる。



「タケルくーん!!!!」


 そんなタケルの耳に優花の声が響いた。


「お、優花」


 雫がその声の方を向き、むっとした表情となる。タケルの元へと走って来た優花に雫が言う。



「どうして桐島先輩がここに来るんですか? 部外者以外は……」


「文化祭実行委会からの連絡なの」


 優花はそんな雫を無視するように言う。



「な、なに?」


 タケルが恐る恐る尋ねる。優花がタケルの手を取って言う。



「大学のCM撮影の私の相手にタケル君が決まったの!! 水着撮影、柔道パフォーマンスもあるんだよ!!」


「え?」


 何のことだか全くわからないタケルが口を開けたままじっと優花を見つめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る