34.山奥温泉編「3.露天風呂と女子会」

「来ないつもりだな……、桐島優花……」


 結城レンは最上階の広い部屋でひとり椅子に座り言った。

 目の前には旅館自慢の和食のフルコース。暗くなった外にはしんしんと雪が降る。



「僕に跪く女風情が……」


 そう言って結城は立ち上がり窓際へ歩いて行く。


「いいだろう。今日一晩待ってやる。もし来なかったら、くくっ、そうだな……、一生後悔するような目に遭わせてやろうか……」


 結城は降り積もる雪を見ながら優花に対する怒りの念を、その雪のように自分の中へ積もらせていった。






「優花……!?」


 ドアを開けたタケルに優花が抱き着いた。泣いていたことにすぐに気付くタケル。優花に言う。


「ど、どうしたんだ?」


「遅いぞ、一条……」


 黒目優花だと気付いたタケル。すぐに謝罪する。



「ごめん、五里ゴリ先輩に連れられてこの時間まで帰して貰えなくて……」


 タケルは部屋に入りまだ震える優花を抱きしめる。タケルに抱かれ無言になる優花。そして思う。



(こんなに会いたいのに、抱きしめられてこんなに嬉しいのに、どうして、どうして私は……)



 ――彼を嫌おうとしているの?


 心の中にある矛盾する想い。

 抱きしめられて嬉しい自分と、それを良しとしない自分。


 二つの相反する感情がぶつかり合い、優花が混乱する。




 ぐう~



「あ」


 不意にタケルのお腹が鳴る。


「ごめん、まだメシ食べてないんだ」


 優花が顔を上げてれるタケルに言う。



「ぷっ、クスクス……」


 優花が笑って言う。


「じゃあ夕飯食べに行こうか。まだ、時間大丈夫なはずだよ」


「あ、ああ。そうしようか」


 タケルはどうして優花が泣いていたのか聞けぬまま、一緒に食事へと向かう。

 優花はぎゅっとタケルの腕を掴み、片時も彼から離れることなく夕食を食べ部屋に戻って来た。




「あー、メシ美味かったな」


「うん……」


 食事を終えて戻って来たタケルが優花に言う。未だ元気はない。食事中もなぜか周りをきょろきょろ見て何かに怯えている様であった。タケルが言う。



「なあ、優花。どうしたんだよ、一体?」


 黒目の優花が答える。



「何でもないよ、一条。ありがとう……」


(一条に迷惑をかけてはいけない。もうひとりの私が悲しむ。やはり私がちゃんと断った方がいいのだろう……)


 結城レンとの話。優花は改めて考える。断ればあの父親が激怒するのは明白。



(私、どうすれば……)




「なあ、優花。風呂行かないか?」


「風呂?」


 優花はこの旅館には大きな露天風呂があったことを思い出す。



「うん、露天風呂あるだろ? この時間ならそんなに混んでいないはずだからどうだ?」


 お風呂なら男女別、あいつも来れない。優花が答える。



「うん、いいよ。混浴、だったらどうしようね」


(え!?)


 タケルは真面目な顔をして尋ねる優花に驚く。



(ゆ、優花は俺と一緒に風呂に、は、入りたいのか!!??)


 温泉旅行だから頭のどこかで予想していた展開。タケルの脳裏に裸でお湯をかける優花の姿が浮かぶ。急に顔を赤くしたタケルを見て優花が言う。



「い、一条!! そう言う意味じゃない!! なんかすごい勘違いしてないか!?」


 タケルはそう言われて答える。


「だ、誰も混浴で、優花と一緒に入りたいだなんてひと言も言ってないぞ!!」


(言ってるじゃん……)


 優花はそう思いながら笑ってタケルを見つめた。



「さあ、早く行こ。一条」


「うん……」


 そう言って優花が部屋のドアを開けると、そこにはふたりの女の子が立っていた。



「ぎゃっ!!」


 びっくりしてタケルに飛びつく優花。タケルはそのふたりを見て言う。



「雫ちゃん、このみ!? なんでここに!!??」


 雫とこのみ。

 ふたりが答える。



「そろそろお風呂に行くんですよね、先輩」


「わ、私達も行こうかなって思って……」


 優花とタケルはそんなふたりを見てため息をついた。






「おおー、寒いけど広い風呂っ!!!」


 露天風呂にやって来たタケルが言う。

 予想以上に広い露天風呂に、先程から降り続いている雪景色が風情を加える。暗い夜空から降ってくる雪がとても幻想的である。幸運にも誰も居ない。タケルはゆっくりと湯に入ると目を閉じた。



「ああ、なんて気持ちいいんだ……」


 早朝からの移動。訳の分からぬ特訓。

 優花や雫、このみに振り回され思ったよりも疲れていることに気付く。


「眠くなって来たな……」


 そんなタケルの耳に隣接する女子風呂から声が響いてきた。



「さむ~、すごい、雪ぃ~!!」


 優花の声。



「きゃあ!!」


 ドン!!


 そして転ぶ音。



「き、桐島先輩、大丈夫ですか!?」


 それを見て声を掛ける雫。



「優花ちゃん、お尻、赤くなってるよ……」


 お尻を見て実況するこのみ。



(ぐおおおおおお!!! と、隣で美女三名が、ハダカ……)



「痛った~い!! って言うか寒い!! 早く入ろっ!!」


 そう言ってお湯に入る音が聞こえる。




「うわあああ、気持ちいいい~」


 タケルはこの状況に興奮しつつ、あれは水色優花だなと思う。



「このみ先輩、肌、凄く綺麗ですね!!


 雫の声。優花も言う。



「本当だよね、透き通っていて雪みたい」


 このみが答える。


「そ、そんなことないよ……」


 雫が更に言う。



「しかもこのみ先輩、胸、大きいっ!!!」



(ぐはっ!!)


 彼女達の言葉に敏感に反応するタケル。このみが言う。



「さ、触らないでよ、雫ちゃん……」


(なに? 触っているだと!?)



「私、胸小さいし、って言うかほとんど無いし……」


 雫が寂しそうな声で言う。優花が言う。



「そんなの別に大きければいいってもんじゃないでしょ」


「桐島先輩は、すっごく綺麗な形していますよね~」



(な、なにっ!? 綺麗な形、だって……!?)


 タケルの頭の中に優花の裸の姿が浮かぶ。



「本当だ。優花ちゃん、綺麗……」


「ちょ、ちょっとあんまりじろじろ見ないでよ~、恥ずかしいじゃん」



(俺も見たい……)




「一条君は、どんなのが好きなのかな……」


 ぼそっとこのみが言う。



(俺は全部好きだ!!)



 雫が言う。


「私の小さな胸でも大丈夫かな……?」



(安心しろ、好きだ)



「タ、タケル君は絶対私のが一番好きだよ!!」


(むろん大好きだ!)



「で、でもやっぱり男の人って、大きなのが好きって言うし……」


(良く分かっている。大きいのも好きだ)



「今度先輩に聞いてみましょうか。どんなのが好きかって?」


「そ、そんな聞くなんてまるで変態じゃん!!」


 優花が恥ずかしそうな声で言う。



(いや、だから全部好きだってば……)




「ね、ねえ、それよりさあ、男子風呂ってまさか隣とかにないよね?」


 優花が少し心配した声で言う。雫が答える。



「離れていると思いますけど。まさか先輩が盗み聞きしているとかないと思いますけど」


(ぬ、盗み聞きじゃない。これは不可抗力と言うんだぞ……)




「うほっ、寒いな。こりゃ!」


 湯に浸かっていたタケルは突然耳に聞こえてきたその声に驚く。



「おお、一条じゃないか。どうしたんだ、真っ赤な顔をして?」


 タケルはその風呂中に響く大声の角刈り男を見ながら、ゆっくりとお湯に沈んでいった。






「本当に信じられない。盗み聞きするなんて!!」


 お風呂を終え、部屋に帰って来た優花はまだタケルに対する怒りが収まらなかった。タケルが言う。


「だから、盗み聞きじゃないって。俺はただ普通に風呂に入っていただけで偶然聞こえてきたんだよ」


「だったら『聞こえてるぞ』って言えばいいじゃん!」



「そんな……」


『そんな勿体ないこと言えるはずない』と言いかけて言葉を飲む。優花が言う。



「そんな、なによ?」


「そ、それより、尻は大丈夫なのか? 転んだんだろ?」


 優花の顔が一瞬で真っ赤になる。



「ふ、ふざけるな!! 一条!!」


「うわっ!!」


 そう言って部屋の隅へ逃げるタケル。その時、ふたりの目に和室にきれいに敷かれた布団が目に入る。少しの沈黙。



(今日、ここで優花と寝るんだよな……)


 優花も言わないがタケルと同じことを考えている。タケルが言う。



「あ、あのさ……」


 気まずさを誤魔化そうとタケルが何かを話そうとした時、不意にドアがノックされる音がする。



 コンコン……


「ん? 誰だ、こんな時間?」


 タケルがドアの方を見つめる。

 優花はすぐに全身の血が逆流するような感覚となる。



(ま、まさか……)


 全く返事もせず無視している男。優花の心臓がバクバクと鳴り始める。



 ピッ、ガチャ……



「え?」


 そしてドアが開かれる。



「せんぱーい!! 遊びに来ましたよ~!!」



「え? 雫ちゃん? このみ??」


 ドアにはショートの青髪の雫と、赤いツインテールのこのみが浴衣を着て立っている。タケルが言う。



「え、え?? どうしてドアを……」


 雫が手にしたカードキーをタケルに見せて言う。



「さっきお借りしちゃいました、先輩の」


(あ)


 そう言えば優花に渡されたはずのカードキーが見当たらなかったことに気付く。このみが部屋に敷かれた布団を見て言う。



「ふ、布団まで敷いて。一体何をしようとしていたの?」


「何って、に決まってるだろ?」


「ちょ、ちょっと勘違いさせるようなこと言わないでよ。一条!!」


 それを聞いた優花が慌てて言う。



「勘違いってなんだよ? 寝るだろ、夜は」


 雫が部屋に入って来て言う。



「はいはい。そうならないように私達が来たんですから。さ、桐島先輩、女子会しましょ、女子会」



「え?」


 よく見ると雫とこのみの手にはスーパーの袋に入ったお菓子やジュースがたくさんある。優花が驚いて言う。



「な、何よ。女子会って!? 聞いてないよ!!」


「今、言いました。さあ、始めましょう!!」


 雫はそう言うと布団を蹴るようにずらしてテーブルを置き、その上にジュースやお菓子を並べる。



「お、おい。マジかよ……」


 唖然とするタケルと優花をよそに、ふたりの女の子は嬉しそうに女子会の準備を始めた。

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