33.山奥温泉編「2.掛け合い騙し合い」

 タケルたちを乗せたバスはさらさらと雪が降る中、目的の旅館へと到着する。タケルの両隣りに座った優花と雫は目を合わせないようにずっと違う方向を向いている。


 少し古い、歴史を感じさせるような大きな旅館。その入り口に立っている赤髪のツインテールの女の子を見てタケルは驚いた。



(こ、このみ!? 何でここに??)


 雪が舞う中、彼女は傘もささずにひとり佇んでいる。タケルより少し遅れて彼女に気付いた優花が言う。



「あれ? ねえ、あれってこのみじゃない!?」


 優花が隣に座るタケルの袖を引っ張って言う。


「みたい、だな……」


 タケルが頭を抱えて言う。



「え? このみさんって先輩の同級生の、ですか??」


 ふたりの会話を聞いた雫がタケルたちの窓の外を見て言う。タケルが答える。



「うん。なんで彼女がここにいるんだろう……」


 その意味が分からないタケル。

 しかし両隣の美女ふたりはその意味を十分理解していた。



(三つ巴の戦いね……)

(きっとあの人もひとりで部屋を取っているんだわ……)


 口には出さぬが温泉旅館を舞台とした戦いが始まると感じていた。






「うほっ、涼しい!!」


 五里たち柔道部員はバスから降りると、自分達の荷物を持ち旅館の中へと入って行く。


「青葉、先行ってるぞ」


「はい!」



 五里たちは旅館の前に立っていたこのみを優花の友人だと知っており、大して気にすることなく館内へと消えて行く。しかし残ったタケルたちはそうはいかなかった。


「このみ、どうしてあなたがここにいるの?」


 このみは服や髪に積もった雪を少し払いながら答える。



「い、一条君に会いたいからだよ……」


 真っ白な肌。雪の中、超時間立っていたのかその顔がさらに白く感じる。タケルが言う。


「このみ、ずっと立っていたのか?」


「うん、一条君に会いたくて……」


 雫が尋ねる。



「どうしてここに泊まることを知っているんですか?」


 このみがタケルを見つめて答える。


「一条君のことはね、私、全部知ってるの……」


 一瞬タケルがぞっとする。



「とりあえず中に入るわよ。風邪引いちゃう!」


 優花の声で皆が旅館内へと移動する。





「一条君、やっぱり優花ちゃんと同じ部屋なんだ……」


 旅館のフロントで受付するタケルたちを見てこのみが言った。五里たちは既にチェックインを済ませ自分の部屋に行っている。優花がこのみに言う。



「そうだよ、このみ。私はタケル君の正式な彼女。一緒の部屋だもんね~!!」


 ここぞとばかりにマウントを取る優花。タケルとキスをしたと言う事実も彼女に自信を与えていた。このみが部屋のカードキーを手にしてタケルに言う。



「一条君、これ私の部屋の鍵。いつでも来ていいから……」


「ええっ??」


 驚くタケル。なかなか受け取らないタケルの上着のポケットに、このみがカギを入れる。優花が言う。



「な、何言ってるのよ!! このみ、タケル君は行かないよ!! 私と一緒に過ごすの!!」


「あ、先輩。じゃあ、私のも」


 そう言って今度は雫が自分の鍵をタケルのポケットに入れる。



「ちょ、ちょっと雫ちゃんも!! なに勝手なことやってるの!!」


 怒る優花の雫が言う。


「えー、どうしてですか?? 私も正式な彼女ですよ!!」


「だ、だからそれは……」


『もうひとりの私』が否定しなかったとはやはり言えない。優花がむっとして言う。



「もういい!! さ、タケル君一緒に部屋に……」


 そう言ってタケルと部屋に行こうとした優花の耳に、ロビーの奥の方から太い声が響く。



「おーい、一条!! 行くぞ、道場」



「へ?」


 皆がその声の方へ振り向く。そこには道着に着替えた五里と柔道部員がいる。五里がタケルの傍へ来て言う。



「何やってるんだ。早く行くぞ、稽古」


「ご、五里先輩、もう稽古するんですか……」


 そのタケルの言葉に皆の顔が青ざめる。優花がタケルの耳元で言う。


「ちょ、ちょっと、なに先輩って!!」



「え? いや、俺はちゃんと五里って言って……」


 五里がタケルの襟首を持って言う。



「そのふざけた言動とチャラチャラした態度。この主将五里が徹底的に鍛え直してやる」


 掴まれたタケルが言う。


「ちょ、ちょっと、五里先輩!?」


「まだ言うか、貴様っ!! 来い!!!」



 五里はそう言ってタケルを無理やり道場へと連れて行く。


「ゴリ先輩~、あとで私も行きますね!!」


 五里に雫が手を振って言う。五里は振り返りもせずにそれに軽く手を上げて応え、タケルを連れ消えて行った。残された優花が言う。



「うそぉ……、もーどうなってるのよ!!」


 タケルと五里を見送った雫が勝ち誇った顔で言う。


「残念でした、桐島先輩。今回はうちの部の合宿。一条先輩もずーっと道場ですからね!!」


 その顔はまるで『あなたと部屋でふたりっきりにはさせない』と言っているよう。このみが言う。



「柔道のお稽古があるなら仕方ないけど、よ、夜は私の部屋に来てくれるかな……」


 赤いツインテールの髪のように顔を赤くするこのみ。優花が言う。


「どうしてそうなるの、このみ? タケル君は私と同じ部屋に泊まるんだよ。私と!!」


 雫が言う。



「そこは三人とも彼女なんですから、分からないじゃないですか。要は誰が一番、先輩のことを仕留められるかですよ~」


 優花がため息をつきながら言う。



「はあ、どうしてそうなるのかな。まあいいわ。私の方が一歩、ううん、三歩以上リードしているから」


「え、それはどういう意味ですか?」


 優花の意味ありげな言葉に少し驚く雫が聞き返す。優花が答える。



「何でもないわよ。じゃあね~」


 そう言って優花は自分の部屋へと向かう。雫がこのみに言う。



「このみ先輩。じゃあ正々堂々頑張りましょうね!」


「う、うん……」


 雫もそう言って部屋に戻って行く。このみが思う。



(小学校の時よりも状況は厳しいなあ……、でも頑張らなくちゃ……)


 雫もひとり部屋へと向かう。





「もう、タケル君ってば、なんでここに来てまで柔道なんてやってるのよ!!」


 部屋に入った優花はひとりカバンを持ちながらぶつぶつ言う。

 窓から雪景色が見える落ち着いた和室。ふたりで泊まるには広すぎるほどの部屋で、ふすまを閉めれば部屋をふたつにすることもできる。優花が部屋を見ながら思う。



「きょ、今日、ここでタケル君と一緒に寝るんだ……」


 それは旅行に誘った時から分かっていたこと。

 でも改めてその部屋に来てみると、なんだかとても恥ずかしいし緊張する。しかしそんな優花の高揚感を、一通のメッセージが打ち砕いた。



 ピピッ


 携帯に届いたメッセージに気付き優花がスマホを取り出す。



(結城、先輩……)


 忘れていた。

 初めてのタケルとの旅行、ライバルたちとの会話。

 そんな中、この男もここに来ていることを一瞬忘れていた。優花がメッセージを確認する。そこには結城が泊まっている最上階の部屋番号、そしてこれを見たらすぐに部屋に来るように書かれている。



「いや……、行きたくない……」


 恐怖に包まれた優花がその場に座り込む。



(怖い、怖いよ……)


 優花はすぐに部屋のドアの鍵をかけ、そして押し入れにあった布団を敷き潜り込んだ。





「一条、気合が足らん、気合がっ!!!」


 旅館に併設されている道場に連れて来られたタケルは、到着早々柔道部の厳しい訓練を受けさせられていた。


(くっそぉ、なんで俺だけが……)


 走り込みにスクワット、腕立て腹筋とタケルなぜか厳しいメニュー。他の老け顔部員たちはだらだらと乱取したり休んだりしている。タケルが言う。



「五里先輩、そろそろ休憩を……」


「誰が、ゴリだあああ!!!!」


 五里の大きな声が道場に響く。



(なんで俺が言うと全部『ゴリ』になっちゃうんだよ……)


 タケルは五里に怒鳴られしゅんとして稽古を続ける。

 その様子を見ていた雫が、なぜかずっと隣に座っているこのみに尋ねる。



「あの~、どうしてこのみ先輩はここに居るんですか?」


 このみがタケルを見つめながら答える。



「い、一条君は私の憧れだから。柔道やってる姿、カッコいい……」


 その目は恋する乙女。何を言われようが自分の道を進む目である。雫が尋ねる。



「このみ先輩は、一条先輩のどこが好きなんですか?」


 タケルをじっと見たままこのみが答える。



「……全部」



「全部?」


「うん、足の指の爪から頭の髪の毛一本まで全部すき……」


 雫は同じ好きでも絶対自分とは種類の違う好きなんだと、一切こちらを向いて話さないこのみを見て思った。






「ああ、マジで疲れたな……」


 結局日が暮れてからもしばらく練習を強いられたタケル。ようやく解放された時には心身ともにくたくたになっていた。


(最近足の怪我でまともに稽古してなかったからな……)


 そんな風に思いながら部屋にやって来たタケルだが、カードキーがないことに気付く。確かにポケットに入れておいたのだが、あるのは雫とこのみの部屋の鍵だけ。



(おかしいなあ……、まあいいか)


 タケルは部屋のドアを叩いて言う。



「おーい、優花。戻ったぞ。開けてくれ」



 しばらくの沈黙。

 タケルが再度ドアを叩いて優花を呼ぶとようやく部屋の中から声がした。



「本当にタケル君なの?」


 意味が分からないタケル。



「ああ、本当のタケル君だぞ」


 ガチャ


 ドアの鍵が開けられ、中から目を赤くした優花が飛び出して来た。



「タケル君!!」


 タケルに抱き着く優花。



「ゆ、優花!?」


 驚くタケル。

 しかしすぐに彼女が泣いていることに気が付いた。

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