32.山奥温泉編「1.三つ巴の戦い始まる!!」

(私、タケル君と、キスしたんだ……)


 初めてのキス。

 優花がタケルの家に泊まり唇を重ねた夜から数日、優花は時間があるとタケルとのキスを思い出していた。



(味なんて、なかったな……)


 とにかく驚いたというか、嬉しさでいっぱいだった。

 大好きなタケルの家に泊ったこと、一緒の布団の中に入ったこと、抱きしめられたこと。そのすべてが嬉しかった。

 父親との関係は最悪。大学にも顔も見たくない奴もいる。でも優花は幸せだった。




「タケル君っ!!」


 キャンパスで待ち合わせをしていたタケルに優花が走り寄って抱き着く。


「わ、わわっ、おい、優花!?」


 周りの学生がじろじろと見ていく。

 そんなこと一切気にせずに優花はタケルに抱き着く。



「さあ、帰ろっか」


「あ、ああ……」


 ふたりは腕を組んだまま帰路に就く。

 水色の目をした優花はキスをしてから更にタケルに甘えるようになった。ミャオに会いに来ては時々タケルの部屋でコスプレをして甘える。最初は戸惑っていたタケルもいつしか優花と共に楽しむようになっていた。



「いよいよ明日だね、温泉旅行。もう足の具合は大丈夫なの?」


 電車に揺られながら優花がタケルに尋ねる。


 ミニスカートから出た白くて長い足がとても色っぽい。長い栗色の髪も大きなマフラーに巻かれやっぱり可愛い。



「ああ、もうすっかり大丈夫。心配かけたな」


「そうか、良かった」


 ハロウィンの夜、アヒルの着ぐるみを着て走ったことを思い出し笑うふたり。その時くじいた足もすっかりと良くなっている。優花が言う。



「じゃあ、明日の朝、駅前に集合ね」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 ふたりはそのまま駅を降り、それぞれの家へと帰って行った。






「おい」


「!!」


 家のすぐ近くへ来た優花は、その聞き慣れた聞きたくない声に気付いて立ち止まった。



「結城、先輩……」


 文化祭実行委員責任者であり、桐島家が『面談』を申し入れている名家結城家のひとり息子。今、優花が最も会いたくない人物であった。結城が言う。



「温泉旅行、なんで俺を選ばなかった?」


「……」


 無言の優花。温泉旅行のペアについて、優花は何度も結城から自分を誘えと言われていた。



「あなたには関係のないこと。失礼します」」


 そう言って立ち去ろうとする優花にドスの効いた低い声で言う。



「待てよ」


 思わず立ち止まる優花。結城が言う。



「今からでもいい。俺をペアに変えろよ」


 結城に背を向けたままの優花が答える。



「嫌です」


「嫌? お前はまだ自分の状況が分かっていないな」


 冬の冷たい風がふたりの間を吹き抜ける。結城が言う。



「じゃあこれからお前と一緒にこの家に入って、飯でもご馳走になろうかな」


「え?」


 結城の言葉に驚き振り返る優花。



「そこで君のパパに言うんだよ。『温泉旅行、この僕とではなくと泊りに行く』ってね」



「な、なにを……」


 白い顔の優花が青く染まる。



「やめて、ください……」


 家には友達と一緒に行くと伝えてある。優花の頭に父親の激怒する顔が浮かぶ。結城が近付き自分の指に優花の顎を乗せて言う。



「冗談だよ。そんなことはしないよ。だけど代わりに僕のお願いをひとつ聞いてくれるかな」


 優花が睨むように結城を見る。



「あの旅館に僕も部屋をひとつ取った。最上級のね。お前は旅館に着いたら僕の部屋に来るんだ。ずっと僕と過ごす。そしてあの男の教えてやるんだよ」


 優花が自分に触れていた指を振り払い後ずさりする。結城が言う。



「お前は俺の物だ、ってね」



「う、ううっ……」


 優花は口に手を当てて走って自分の家へと入って行く。



(お前達はまだ分かっていない。この僕を怒らせると一体どうなるかと言うことを)


 結城は冷たい風が吹く中、ひとり笑いながら去って行った。






「おはよ、優花」


 翌朝、駅前に現れた優花を見つけてタケルが声を掛けた。



「おはよ、タケル君」


 嬉しい水色優花。しかしタケルは優花の顔見て言う。


「なんか眠そうだな? ちゃんと寝たのか?」


 優花が目をこすって答える。



「今日ね、タケル君と一緒に旅行へ行けると思ったら全然眠れなくって。ごめんね」


「そ、そうなのか。お、俺も楽しみだぞ……」


 そう言いながら優花のショートパンツから伸びた白い生足を見つめる。視線に気付いた優花が言う。



「あー、足、見てる!」


「え? いや、さ、寒そうだなって思ってな……」


 冷たい空気の駅前。早朝でまだ出勤の人は少ないが、それでも色っぽい足を出す優花に周りの人達はチラチラと見ていく。優花がタケルの腕を組んで小声で言う。



「タケル君が、温めてくれる?」


「ゆ、優花!?」


「さ、行こ!」


 そう言って腕を引っ張り改札へ向かう優花。しかしタケルはまだその笑顔に陰りがあるのには気付いていなかった。




 電車に揺られること数時間。

 車窓の景色は都会のビルからやがて田園風景となり、そして木々や山の風景へと変わっていく。目的の駅に着く頃にはその景色に白色が加わる。



「うわー、雪だよ雪。タケル君、雪が積もってるよ!!!」


 下りた駅は木製の歴史あるような古い建屋。小さな駅だが、張り紙や古びた白熱灯など趣のある駅だ。大雪ではないが数センチほど積もった雪を見て優花がはしゃぐ。


「今年初めての雪だね~、いや、冷たい!!」


 タケルも道に積もった雪を手にして笑う。



「あ、タケル君。あのバスじゃないの!?」


 そこへ駅前に止まっている一台のバスを見つけて指をさす。『山奥さんおう温泉行』と書かれている。



「あ、あれだ! 急ぐぞ、優花!!」


「うん!」


 そう言って走って停車しているバスに飛び乗るふたり。しかし、乗車券を手にして車内に入ったふたりは中にいた乗客を見て驚いた。



「あれ!? うそ? 雫ちゃん!!??」



 バスの中には同じ大学の後輩、青葉雫が座っている。更にその後ろには柔道部の部員たちの姿も見える。タケルたちに気付いた雫が立って言う。


「あ~、一条先輩だ!! お疲れ様です!!」


 唖然とするタケルと優花。タケルが尋ねる。



「え、ええ? なんで雫ちゃんが、部活の人達も……」


 それを聞いた柔道部主将の五里が言う。



「何言ってんだ、一条。部の合宿だろ?」


「部、の合宿……?」


 全く聞いていないタケルが驚く。五里が言う。



「お前は現地集合と聞いてたが、女連れとはいいご身分だな。これから俺がみっちり柔道と言うものを教えてやる」


 唖然とするタケルに優花が小声で尋ねる。


「ね、ねえ! これどういうことよ! 合宿って何??」


「分からないよ! でもどうもハメられたらしい……」


 タケルはこちらを向いてニコニコと笑顔を見せる雫を見て答える。五里が言う。



「おい、一条。早く座れ」


 そう言って五里は誰も座りたがらない自分の横の席を指差す。タケルが答える。



「いえ、結構です。座るぞ、優花」


「う、うん……」


 タケルは柔道部の連中とは離れた場所に優花と座る。タケルが優花に言う。



「多分同じ旅館だと思う」


「だよね……」


「総館大の学割で安く泊まれるもんな」


「そうだね」


 ふたりは同時にため息をつく。



「せんぱ~い! どうしてそんなに離れた場所に座るんですか??」


 柔道部員たちと離れた場所に座ったタケルに雫がやって来る。


「いや、だって俺……」


「先輩も柔道部員でしょ~??」


 そう言って通路を挟んだタケルの隣に雫が座る。それを見てむっとする優花。雫が言う。



「先輩とのお泊り、楽しみで~す!!」


 さすがに怒りが抑えきれなくなった優花が雫に言う。



「タケル君は私と同じ部屋なの。残念でした!!」


 ドヤ顔の優花。雫はまるでそれを無視するかのようにタケルに言う。



「せんぱ~い、雫はなんですよ。いつでも来て下さいね!」


「し、雫ちゃん……」


 優花の怒りを感じ焦りまくるタケル。雫が言う。



「大丈夫ですよ、先輩。私も桐島先輩も同じ。どちらの部屋で過ごすのは先輩し・だ・い」


 そう言って指でチョンとタケルの腕をつつく雫。優花が雫に言う。



「いい加減にして!! タケル君は私のものなの!!」


「今はまだ、のものですよね~?」


「ふ、ふざけたことを……」


 優花の怒りが頂点に達する。



『バスが間もなく出ま~す。お気を付けください~』


 そこに流れるバスのアナウンス。雫が顔を真っ赤にする優花に言う。



「はーい、静かにしましょうね。桐島先輩っ!!」


「く、くうぅ……」


 優花は苦虫を潰したような顔で雫を睨む。

 タケルは喧嘩するふたりの女の子に挟まれながら内心ため息をつく。

 しかし、雪道を数十分走り辿り着いた旅館の光景は、更にタケルを驚かせるものであった。



(え、あれって、まさか……)


 さらさらと雪が降る旅館。

 その入り口にひとりの女の子が立ってバスを見つめている。バスが旅館に近付きタケルはその赤髪のツインテールの女の子を見て確信した。



 ――あれって、じゃん!!


 佐倉このみ。

 小学生時代に優花と一緒に『恋まじない』をしたタケルに想いを寄せる女の子。タケルはこの滞在が決して無事に過ごせないんだと確信した。

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