35.山奥温泉編「4.結城レンの悪意」

「うっそぉ~、ホントなの??」

「そうなんですよ、信じられます??」

「そ、それは凄いと思う……」


 タケルと優花の部屋で始まった女子会は、予想に反して盛り上がっていた。お喋り上手な雫に男から人気のある優花、そして地味だが可愛いこのみのストーカーに言い寄られた話など話題に尽きない。



「うわー、桐島先輩、こんなの使ってるんですか!?」


「わ、私もそれいいと思う……」


 恋バナから化粧品、服、ドラマの話などとにかく次から次へと話が止まらない。




(クソつまらん話ばかりだな……)


 そんな三人を欠伸をしながら見ていたタケル。男にとって女子会の話ほどつまらないものはない。きゃっきゃ笑いながら話す優花たちにタケルが言う。



「なあ、悪いけど俺もう寝るわ。じゃあな」


 タケルはそう言うと部屋のふすまを開けひとり布団へ向かう。早朝からの移動に五里の特訓などもう限界であった。



「い、一条君。寂しかったらすぐ添い寝するから、言ってね……」


「こら、このみ! 抜け駆けはダメだぞ!!」


 優花がこのみに言う。


「そうですよ、このみ先輩。もっとお話ししましょう!」


 雫もそう言って新しいお菓子の袋を開ける。



「じゃあな、おやすみ……」


 タケルはそう言うとふすまを閉め布団の中へと潜り込む。そしていつまでも続く女達の笑い声を聞きながら眠りについた。





「ん……、朝か……」


 翌朝、タケルが目を覚ますと既に外は明るくなっていた。



(あいつらどうなったんだ……?)


 昨夜遅くまで喋っていた優花たち。タケルは寝てしまったのでどうなったのか知らない。



「おーい、開けるぞー」


 タケルは起き上がり、部屋のふすまを開ける。



(え?)


 そこには部屋で自由に眠る美女三人の姿があった。

 暖房がつけっぱなしになっているので部屋は暖かいが、優花の布団に包まったり床に直接寝たりと好き勝手に寝ている。テーブルには食べかけのお菓子にジュース。遅くまで盛り上がっていたのが分かる。

 それよりもタケルは三人の寝姿に目を奪われた。



(このみ、胸元見えそう……、雫ちゃんもお尻出してるし、優花は足が……)


 暖房がしっかり効いて少し暑いのか皆かなり大胆な寝相である。さすがにこのままではまずいと思ったタケルが声を掛ける。



「おーい、あ、朝だぞ! 起きろ!!」


 タケルの声に三人がゆっくり反応する。



「あ、一条君、おはよ……」


 先に目覚めたこのみがタケルに気付き挨拶する。そしてすぐに大胆に開いた胸元を隠す。


(可愛い……)


 そんなこのみの仕草をタケルは素直に可愛いと思う。



「一条先輩、おはよう……、ございます」


 そう言って目を覚ました雫が浴衣から半分出たお尻をすっと隠す。そしてまだ寝ている優花に向かって言う。



「桐島せんぱーい、朝ですよ~! 綺麗な足が出てますよ~!!」


 そういって太ももを大胆に出してまだ眠る優花の足をつつく。



「ひゃっ!?」


 突然起きる優花。

 慌てて周りを見ると皆が笑っている。タケルが言う。



「何時まで起きてたんだよ?」


 優花がぼうっと時計を見て答える。



「え? 六時? 七時? 覚えてない……」


「まともに寝てないじゃないか……」


 時刻は間もなく午前九時。雫が言う。



「あー、朝ごはん十時までですよ! 急がなきゃ!!」


「ほんとかよ? じゃあ行くぞ!!」


 タケルが上着を着ながら言う。このみが小さな声で言う。



「一条君、先行ってて……」


「は? 早くしないとメシが……」


 優花が少し大きな声で言う。



「女の子はすぐにはいけないの!! 分かるでしょ? タケル君は先行って場所取ってて!!」


「あ、ああ、ごめん」


 タケルはそう言うと小さくなって部屋を出て行く。雫が優花に言う。



「桐島先輩、昨日言ってたやつ、ちょっと借りてもいいですか?」


「うん、いいよ」


「わ、私も使ってみたい。いい? 優花ちゃん?」


「もちろん、いいよ!」


 三人は再び仲良く会話を始めた。






「ほお……、来なかったか。そうか、そうか……」


 同じ旅館、最上階の景色の良い部屋で、もうひとり朝まで眠らなかった人物がいる。部屋にある椅子に座っていたその男は、結局朝までやって来なかった優花の顔を思いながら言う。



「やっぱり君は何も分かっていないようだ。ほんと馬鹿な女。いいだろう、少しお仕置きが必要だな。この僕の素晴らしさが分からないとは」


 外に積もる雪のように白い顔をした結城レイは、スマホを取り出すと電話をかけ始める。



「ああ、僕だ。ちょっと数名イキのいい奴を連れて来てくれないかな。場所は山奥さんおう温泉、……夕方? まあいい。待ってるぞ」


 例はそう言って電話を切ると立ち上がり、外の雪景色を見ながらひとり言う。



「さあ、君が一体どんな顔をして僕に許しを請うのかな~、ああ、楽しみだ」


 冷たい窓ガラスにレイの白い顔が映った。






「やっと来たか、あいつら……」


 朝食会場で先に来て食べ始めていたタケルが、ずいぶん遅れてやって来た優花たちを見て言った。

 広い朝食会場。遅くやってきたお客でそこそこ埋まっている。食事はバイキングスタイル。皆立ったり座ったり雑談したりしている。



「ごめんね、タケル君」


 乱れていた髪や服をしっかり直してやって来た三人。ほとんど食べ終わっていたタケルが言う。



「おっそいなあ、ほとんど何も変わってないじゃんか」


 タケルは先程の見た朝の顔と今の顔がほぼ変わりないことを思って言う。雫が頬を膨らませて言う。



「あー、一条先輩。それは失礼ですよ!! 全然違います!!」


「え、ああ、そうかごめんごめん」


 そう謝りながらも何が違うのか良く分からないタケル。雫が更に言う。



「そんな事より一条先輩。いいんですか、こんな所でのんびりしていて?」


 のんびりも何もずっとお前らを待っていたんだぞと思うタケル。


「のんびりってなに?」


 タケルの質問に雫が答える。



「朝練、もう始まってますよ」



「は? 朝練?」


 驚くタケル。


「ゴリ先輩たち、もう待ってますよ」


「げっ、マジで……」


 タケルは道場で赤い顔で怒る五里の姿を思い浮かべる。



「あ、あいつ、なぜか俺だけに厳しんだよな……、ごめん、先行く!!」


 タケルはそう言い残すとすぐに部屋に帰って行く。優花が言う。



「仕方ないなあ。さあ、食べましょうか」


「はい」


「うん、私ご飯食べたら少しお部屋で眠るね……」


 寝不足のせいか眠そうな顔でこのみが言う。



「そうね、私もちょっと眠いから食べたら休もうかな」


 優花も同意する。雫が言う。


「とりあえず食べましょう!」


「そうね」


 三人はそう言と料理を取りに向かった。






(あれ、私、ずっと寝ていたの……)


 優花が目を覚ますと窓の外は既に薄暗くなっていた。

 朝食をこのみ達と時間ぎりぎりまで喋りながら食べて、戻って来てから布団に入りそのまま眠ってしまったようだ。


(どれだけ寝るのよ、私……)


 優花が自嘲しながら起きると、ドアが開く音がした。



 ピッ、ガチャ……


「優花、いるかー? 入るぞ」


 そう言ってヘトヘトになったタケルが部屋に入って来る。優が尋ねる。



「今まで柔道していたの?」


「ああ、柔道って言うかもうあれはシゴキだな、俺だけの……」


「ふわ~ぁ、そうなの、大変だったね……」


 全然そう思ってないだろうと思いつつタケルが眠そうな顔の優花を見る。優花が言う。



「ねえ、ちょっと散歩でも行かない?」


「散歩?」


 疲れ切っていたタケル。もう夕方だし、できれば飯食って風呂入って眠りたいと思っている。優花が言う。



「うん、私、ここに来て何もしていないし、いいでしょ?」


 俺はめちゃくちゃ色々させられていると思いながらタケルが答える。


「散歩ってどこへ?」


「うん、少し離れた場所に神社があってね。素敵なとこらしいから行ってみたいの」


 優花はここに居たら絶対昨夜みたいに雫たちの邪魔が入ると思っていたので、できればふたりだけの時間を作りたいと思っていた。



「うん、まあ。いいけど」


 タケルが答える。


「じゃあ、行こっか」


 ふたりはすぐに着替えをし旅館を出て薄暗くなった外を歩く。それを最上階の部屋から眺めていた男達が言う。



「あれ、ですか? レンさん」


 ガラの悪い男たち数名。優花とタケルが手を繋いで旅館を出て行く姿を上から見てから答える。



「ああ、そうだ。ちょっと痛い目に合わせてやれ。男は徹底的に。女は、俺が後から行く。くくくっ……」


 サングラスをかけた男が答える。


「分かりやした。後をつけ、暗くなったらやってきやす。では」


 そう言ってガラの悪い男たちが部屋を出て行く。レンが言う。



「ああ、楽しみだ。優花、お前が鳴き叫ぶ姿が、俺に許しを請う姿が、ああ、いい……」


 レンは顔を赤らめてひとり妄想の中に浸った。






「なあ、優花。その神社ってまだ着かないんかよ」


 旅館を出て雪の森の道を歩くタケルと優花。日も傾き薄暗い。スマホで場所を確認しながら歩く優花が言う。


「うーん、もうちょっとだから頑張ろ」


「ああ、いいけどこりゃ真っ暗になっちゃうな」


 タケルは優花とふたり、まだ見えぬ神社に向かって歩き続けた。

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