30.コスプレごっこ

「二郎君、今日って一条先輩は大学来ていないの?」


 聡明館大学のキャンパスを歩いていた中島が、元カノである理子に声をかけられた。大方の講義も終わった夕方過ぎ、ふたりの間にはその関係を表すかのような冷たい風が吹く。



「え、一条君? そう言えば見ていないな……」


 理子がむっとして言う。


「私、よくよく考えたら一条先輩のアドレスとか全然知らないの。教えて」


「え?」


 元々自分の彼女。当然だがタケルと直接連絡する必要はない。



「いや、だってこれは一条君の個人情報で……」



「教えて」


「あ、はい……」


 中島は理子のじっと睨みつけるような視線に耐えきれずに簡単に友人の連絡先を彼女の告げた。






「ただいまー」

「お邪魔します……」


 買い物を終えたタケルと優花が一条家に帰って来る。父親は道場で子供たちの相手をしていたが、母親は出掛けて留守のようだ。


「とりあえず荷物置きに行こうか」


 そう言ってタケルの部屋へとやって来る。荷物を置いた優花がタケルに言う。


「ミャオと遊びたいな~」


 家に居てもミャオの相手はずっと父親がしており、稀に気まぐれで歩いているミャオを家族が見かける程度だ。タケルが言う。



「そうだな、ちょっと探してみるか」


 そう言って部屋を出るふたり。



「ミャオ~、ミャオ、ミャオ~」


 ふたりでミャオの名前を呼んで探す。居間やキッチン、庭などを探すが見当たらない。



「だとするとあそこか……」


 そう言ってふたりがこっそり向かったのが離れにある道場。子供たちが可愛らしい声を上げて夕方の練習する中、その探していた猫はすぐに見つかった。



「げっ、何やってんだよ、親父……」


 ドアの隙間から覗くと道場の隅で仰向けに寝転がってミャオに舐められている父親の姿があった。



「ミャオちゃん、ミャオちゃ~ん、ああ、なんて可愛いんだよ~」


 道着に着替えたのに完全にミャオに骨抜きにされている重蔵。とても子供達に見せられる姿ではない。タケルが小さな声で優花に言う。



「行くぞ、優花。ありゃ、ダメだ」


 しかし優花はそんな重蔵をじっと見つめる。


「優花?」


「お父様、素晴らしいよね。猫に理解があって!!」


 こいつも同類か、そう思いながらタケルは嬉しそうにミャオを見守る優花を見つめた。





「ねえ、タケル君。タケル君は優花のことが好きでしょ~?」


 部屋に戻ってきたふたり。ドアを閉めると優花が甘い顔をしてタケルに言った。



「え、え、な、なに? いきなり!?」


 ちょっと様子が違う優花。タケルが戸惑いながら答える。


「好きなんでしょ?」


 タケルに近付き甘えたように言う優花。もちろん目は水色。



「う、うん。好きだよ……」


 絶対何かある、そう思いながらタケルが答える。優花が言う。



「私ね、あのハロウィンからずっとね、コスプレに興味持っちゃって……」


 タケルはハロウィンの日に優花が着たロリドレスを思い出す。


「今日もね、ちょっと買っちゃたんだ」


「へ? 何を?」


 優花が部屋の隅に置いていたショッピングセンターの袋を手にして言う。



「コスプレ衣装」


「マジかよ……」


 優花はそう言うと袋の中から純白で滑らかな生地の衣装を取り出す。



「それって……」


 優花が衣装を手にして言う。



「うん、ナースだよ……」



(ナ、ナースだとおお!? 看護婦、天使、男の憧れ……)


 タケルの頭に一瞬でナースを着た優花の姿が浮かぶ。優花が恥ずかしそうにタケルに言う。



「前にさ、ミャオを拾った日のこと、覚えてる?」


「え、ああ、覚えてるよ……」


 道に捨てられていた子猫のミャオ。それをふたりで保護して動物病院へと連れて行った。


「あの時の看護婦さんがとても素敵に見えて。可愛い子猫を一生懸命手当てしてくれたよね」


「うん」


 タケルがそんな可愛いナースがいたかと記憶をたどる。


「でも、ミャオはずっとお父さんが面倒見てるし……」


「うん……」


 優花がタケルを見つめて言う。



「だからタケル君」


「な、なに……?」



「タケル君、ミャオの役やって」


「は?」


 意味が分からないタケル。優花が続ける。



「私がナース役やるから、タケル君はミャオになって私に面倒みられて」



「え……」


 何を言っているのかさっぱり意味が分からないタケル。そんなタケルに優花が言う。



「分かった? 分かったならタケル君はこれをして」


 そう言って袋の中から、コスプレ用の猫耳を取り出す。


「ちょ、ちょっと、優花さん……」


 タケルの顔が青くなる。そんなタケルに優花が言う。



「タケル君は優花のことが好きなんでしょ? だったら優花のお願い、き・い・て」


「え、いや、だって、それは……」


 まだ戸惑うタケルに優花が言う。



「これから着替えるからタケル君は向こう向いててくれる?」



「え? 今、ここで着替えるのかよ!?」


 驚くタケル。優花が言う。


「そうだよ。私に外で着替えろって言うの?」


「いやいや、そんなことは言ってないけど、俺がいるんだぞ……」


「だから向こう向いててって言ったのよ。それとも見たい?」



「あ、いや、ごめん!」


 見たいとは思ったがさすがにまずいと思って背を向けるタケル。



 カサ、カサカサカサ、プチ、プチッ……


 タケルの後ろで袋を開ける音、服が擦れる音、そして何かのボタンを外す音が聞こえる。



(いや、これ……、なんていやらしい状況なんだよ……)


 自分の背中の後ろで、あの桐島優花が生着替えをしている。総館大ミスコングランプリが『ナースの衣装』に着替えている。タケルは興奮で心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うほど体が震えた。




「ねえ……」


 廊下に立たされている小学生のようになっていたタケルに、優花が優しく声をかけた。


「着替えたよ。こっち見て……」


 タケルの緊張が最高潮に達する。ゆっくりと振り返りベッドに座る優花を見つめた。



(綺麗……)


 心から綺麗だと思った。

 コスプレ用なのでスカートは超ミニ。胸元も普通のナースの衣装より大きめに開いているのだが、それよりもナースキャップを被った純白の衣装の優花がとても美しかった。



「どう、かな……?」


 頬を赤くして恥ずかしそうに尋ねる優花。



「綺麗、めっちゃ綺麗だよ。マジで……」


 タケルは何も考えられず、思ったことをそのまま口にした。優花は満足そうな顔をしてベッドの上にあった猫耳を取り、タケルに差し出す。



「ありがと、嬉しい。タケル君もこれつけて早く猫になって」



「へ?」


 優花のコスプレは可愛いが、さすがにそれとこれとは話が違う。前回のアヒルは友人の為に仕方なかったが今回は違う。タケルにも男のプライドがあった。



「いや、いくら何でも俺にだってプライドがあってだな……」



「猫耳つけたら、膝の上においでね」


(え?)


 タケルの目に、ベッドの上に座った優花の純白のナースの衣装にも負けないぐらい白く色っぽい太腿が映る。更に言う。



「今日はね、な下着つけてるんだ。ネコちゃんなら、見えちゃうかもな〜」



 プチッ……


 タケルの頭で何かが切れる音がした。



「みゃ~お、みゃ~お……」


 猫耳を頭につけたタケルは情けない声を出してナース優花にすり寄った。

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