12.二番目の彼女
「一条先輩に告白に来たんです!!」
お昼の学食に突然現れた青髪の美少女、
「ちょ、ちょっと雫ちゃん。それはどういうこと……、なの?」
雫がきょとんとして答える。
「どういうことって、私は一条先輩のことが好きで告白に来たんですよ」
静寂。
誰も口を開こうとはしない中、中島が雫に言う。
「ね、ねえ。雫ちゃん。一条君はもう優花ちゃんって彼女がいてね……」
「そうですか。やっぱり受けちゃったんですね。まあ、ミスコングランプリの桐島先輩の告白なら当然でしょうね」
隣で聞いている優花の顔が赤く不満そうな顔つきになる。そんな優花に遠慮することなく雫がタケルに言う。
「先輩、私、『二番目の彼女』でいいですから! 虎視眈々と一番の座、狙っちゃいますけどね!!」
「ちょ、ちょっと、雫ちゃん……!?」
もはや非モテキャラのタケルには、どうやってこの場を収集していいのか想像もつかない。タケルが明らかに怒りを含んだ表情の黒目の優花を見つめる。雫が優花に向かって言う。
「桐島先輩、私、一条先輩の『二番目の彼女』になってもいいですか~?」
そう言われた黒目の優花が『全く断ろうとしない腑抜けのタケル』を見てから、ぷいと顔を背けて言う。
「知らないわ! 好きにすれば!!」
「ゆ、優花……」
タケルの頭では『黒目の優花では仕方ない反応』と思っていたのだが、事情を知らない中島が驚いた顔でタケルに言う。
「一条君! いいの、そんなんで……!?」
当然の反応である。自分の彼女がいるのに、知らない女の子に告白されて『二番目の彼女』をふたりとも認めてしまっている状況なのだから。雫が手を握ったままタケルに近付いて言う。
「私はもう決めていましたから!! それから私と付き合うと、もれなく『柔道部への入部』が付いて来ます!! よろしくね、先輩!!」
「は? マジかよ、もう勘弁してくれよ……」
大学にまで来てあの柔道なんてしたくない。ただでさえ優花の猫のせいで実家で柔道を始めなきゃならないのに。学校までそんな事をさせられたら『憧れのキャンパスライフ』が台無しになってしまう。
そんな戸惑うタケルの首元に、雫が突然顔を近づけて匂いを嗅ぎ始める。
「うわっ、な、何やってるの!? 雫ちゃん!!??」
意味が分からないタケル。
雫が恍惚の表情を浮かべて甘い声で言う。
「私、男の人の汗のにおいフェチなんです。あ~、先輩の匂い、最高ですぅ~」
先程から緊張で汗をかきまくっていたタケル。外は北風吹く晩秋だが、食堂は暖房が効いていて暖かい。
「ふざけないでっ!!」
さすがに我慢の限界を迎えたのだろう、優花がそう大きな声でタケルに言うとプイと背を向けてその場を去って行ってしまった。そんな去り行く優花の後姿を見ながら雫が言う。
「あれー、一番目の彼女さん、どうしちゃったのかな~??」
タケルは優花が聞いたら発狂しそうな挑発的な言葉を耳にして固まる。中島が言う。
「いや、あれじゃ、怒るよ。優花ちゃん」
そう言ってやや批判的な視線をタケルに送る。
(いや、それは分かっている。でも、あの黒目の優花とは俺はまだ付き合っていないんだ。水色の優花ならこんな事にはならなかったんだが……)
「せ~んぱい!!」
考え込むタケルの顔を、前屈みになった雫が下から見上げるように言う。
「桐島先輩、あんまり先輩のこと興味なさそうなんで、私が『一番目の彼女』になりましょうか??」
(ううっ!?)
訴えるかのような甘い視線に声。
優花と再会する前なら即答で受けていただろう魅力的な提案。タケルが雫に言う。
「いや、雫ちゃん。俺、優花と付き合っているし、あの優花じゃなくてしっかりまた話をしなきゃいけないんで……」
「??」
雫は意味の分からない話に笑顔のまま首をかしげる。
「先輩、ちょっと落ち着いた方がいいですね!! あ、そんな事より……」
落ち着くのはどっちだよ、と内心思いながらタケルが話を聞く。
「今日の夕方、
「は? い、いや、行かないよ。そんなの……」
夢のキャンパスライフを犠牲にしてまで汗臭くて辛い柔道なんてしたくない。雫が言う。
「もう
雫はそう言うと片目でウィンクをしながら小さく手を振りって去って行った。残された中島がタケルに言う。
「なあ、本当にあの一条君なの?」
優花の公開告白、そして雫の恋人宣言。
少し前の『非モテ同盟』のタケルからは想像がつかない。タケルが答える。
「なあ、理子ちゃんは?」
中島が雫の大きな頭のリボンが視界から消え去るのを待ってから答える。
「喧嘩した。もう俺に会いたくないって……」
「そうか……、なあ、雫ちゃん、お前で何とかしてくれないか?」
明るすぎるマイペースキャラ。平穏な大学生活が送りたい陰キャ寄りのタケルにはとても手に負えない。中島が答える。
「可愛いけど、遠慮しとくわ。俺には無理だってお前も分かるだろ……」
「ああ、そうだな……」
結局は同類。自分でできないことは中島でもできない。タケルは無理やり誘われた柔道部の見学をどうするかひとり悩んだ。
「こ、こんにちは……」
結局、タケルは夕方ひとりで柔道部が練習していると言う体育館へと向かった。
「あ、一条先輩っ!!!」
体育館の一番隅、柔道用の畳を数枚引いただけの狭い場所で柔道着を着た男達が練習している。タケルに気付いた雫が満面の笑顔で迎える。
「やっぱり来てくれたんですね!! 雫、感激ですっ!!!」
笑顔がまぶしい。
溶けそうなほどの光量。タケルが答える。
「あ、その、見に来ただけだから。じゃあ……」
すぐに帰ろうとするタケルの腕を雫が掴んで言う。
「先輩、なに言ってるんですか!! 彼女を放って置いて帰っちゃうんですか??」
「いや、だから彼女とかじゃないんだって……」
そう言い合っていたふたりに柔道部員が近付いて言う。
「おい、青葉。そいつがお前の言っていた新入部員か?」
大柄で角刈りの上級生。ゴリラのような顔に鋭い眼光が恐ろしい。雫がリボンを揺らしながら言う。
「はい、ゴリ先輩!!」
「ぶっ!!」
予想だにしていなかった雫の言葉に笑いと同時に背筋に走る悪寒を感じる。現れたタケルを見に他の部員も練習の手を止めてやって来る。
「
(は?
タケルは自分の知らない所で色々な話が進んでいると戸惑う。雫に言う。
「な、なあ、天才柔道家って一体何だよ!!」
雫がとぼけた顔で答える。
「えー、先輩の二つ名ですよね!! 天才柔道家」
ひとり憤慨するタケルに五里がやって来て言う。
「柔道部部長の五里だ。よろしく」
低い声。相手を圧倒する迫力。体の大きな上級生を前にタケルが恐る恐る手を出す。
「は、初めまして。一条です……」
柔道界で一条と言えば誰もが知る柔道名家。
しかしその一家に『一条タケル』と言う柔道家がいることは誰も知らない。五里が言う。
「じゃあ、とりあえず一条の道着はあれを使ってくれ。軽く手合わせ願う」
(は?)
見学、ちらっと見て帰る予定だったタケルの目の前が真っ暗となる。この山のように大きな上級生と手合わせなど考えただけで吐き気がする。
「先輩、頑張ってくださいね!!」
いつの間にかタケル用の道着を持って笑顔でそれを差し出す雫。タケルが言う。
「あ、あの、五里先輩。俺は今日、ちょっと見に来ただけで……」
「誰が、ゴリだあ!?」
「へ?」
タケルの言葉を聞いて五里が顔を真っ赤にして怒りの面となる。
「せ、先輩っ!! いくら何でもゴリは失礼ですよ!!!」
雫も少し引きつった顔で言う。
「一条……、早く着替えろ……」
頭から怒りで湯気を出す五里を見てタケルが思った。
(どうしてこうなった? どうしてこうなったんだーーーーーっ!!!)
周りの部員たちが見守る中、もはや逃げることはできないと悟ったタケルが内心叫んだ。
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