第三章「ライバルたちの群雄割拠」
11.青髪の美少女
桐島家の浴室。
タケルの家から帰って来た黒目の優花がひとり、湯船に浸かって考えていた。すでに時刻は深夜。先ほど激怒した父親は既に眠っている。
(私、最近どうしちゃったのかな……、なんか記憶はあるんだけど『知らない自分』が何か別の行動している気がする……)
優花はタケルに対して時に不思議と好意的な行いをする自分に、ここ最近戸惑っていた。
(正直あいつのことは嫌い。あんな告白しておいてなんだけど、付き合うなんて絶対無理。……まあ、友達ぐらいなら許してあげてもいいんだけど)
ちゃぷん……
優花はお湯に浮かべたアヒルの玩具をつかんでお湯に沈める。
(多重人格とか? だとしたらかなり怖いよね……、そうだお母さんに聞いて見よう!!)
優花はすぐにお風呂を出ると、遅くまで心配して起きていてくれた母親に元に向かった。
「ねえ、お母さん」
「なに?」
猫のことは友達の家で預かって貰ったことは話してある。
「変なこと聞いていい?」
「変なこと? いいわよ」
母親は少し不思議そうな顔で答える。
「私ってさあ、なんか時々性格変わったりとかしない……?」
「性格が変わる? 別にそんなことはないわよ。どうして?」
母親は濡れた髪を乾かす娘の手伝いをしながら答える。
「そう。別人になったりとかはない、……よね」
「ないわよ。何かあったの?」
「ううん。何でもない。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
母親がドライヤーを手にして言う。
「いいわよ。それよりさっきの猫ちゃんを預かってくれる人。お友達って言ってたけど、きちんとお礼するのよ」
「あ、うん……」
優花はタケルの顔を思い出しながら返事をする。
「こんな夜遅くに伺っていきなり猫を預かってくれるなんて、優しいお友達なんだね」
「うん、そうだね……」
優花はタケルのことを思い浮かべながら母親との深夜の会話を続けた。
「なあ、一条君」
翌日、学食の昼食を食べながら中島がタケルに言った。
「なんで優花ちゃんと一緒に食べないの?」
(うっ……)
中島は男ふたりで食べている現在の状況を嘆くような顔で言った。少し離れた席にはひとりで昼食を食べる黒目の優花。中島の彼女の理子もいない。タケルが答える。
「いや、その何だ……、色々あってな……」
まさか今は『恋まじないにかかっていない本当の優花だから相手にして貰えない』とは言えない。中島が頷いて答える。
「そうかそうか。よく分かるぞ。色々あるもんな……」
しみじみそう語る中島。タケルが尋ねる。
「理子ちゃんはどうした?」
「うっ!? ちょ、ちょっと喧嘩しちゃってね……」
そう言う中島の顔が青くなる。分かりやすい奴だ、と思いながらタケルが昼食のカレーを食べ始める。
(しかし黒目の優花は全く話し掛けても来ないよな。うーん、中々距離が縮まらない。猫の話でもしてみるか……)
タケルがそんなことを思っていると、いつの間にかすぐ真横に誰か立っていることに気付いた。
「ん?」
タケルが顔を上げてその人物を見つめる。
「一条先輩ですよね!!」
「は?」
それはショートカットの青い髪の女の子。大きなリボンが可愛いボーイッシュな女の子。
「え? ああ、そうだけど……」
見覚えはない。初めて会う女の子に戸惑いながらタケルが答える。中島は食べていたラーメンの箸を止めてふたりを凝視する。女の子がタケルの手を握って言う。
「ずっと探していたんです。まさか同じ大学にいたなんて!!」
驚くタケルが言う。
「ちょ、ちょっと待って! 君は一体誰なんだよ!?」
女の子が何度も頷いて答える。その度に揺れる頭のリボン。タケルに言う。
「私、一年の
元気で可愛い雫。周りにいた学生たちも突然のことにチラチラと横目で見る。タケルが言う。
「あ、青葉さん。よく分からないけど、俺全然君のこと知らないし。なんで俺?」
それを聞いた雫がちょっと頬を膨らませて言う。
「私のことは雫って呼んで下さい! そんな呼び方、嫌ですっ!!」
(か、可愛い……)
頬を膨らませて拗ねるような顔をする雫。間違いなく美少女である彼女のそんな顔にタケルの心が一瞬揺らぐ。ふたりをずっと見ていた中島が雫に尋ねる。
「で、君は一体どうして一条君のことを知ってるの?」
雫がタケルの手を握ったまま答える。
「はい。私、柔道部のマネージャーなんですけど、ずっとネットで探していたんです。『消えた一条家の天才少年』を」
あちゃ~、やっぱりそっちか、とタケルは聞きながら思った。雫が続ける。
「それでですね。この間の文化祭、あそこでミス取った人に告白された人が掲示板で有名になっていて、興味なかったんですけど名前を見たら『一条タケル』ってあって。私、それ見て大興奮しちゃいました!!」
「え? 何で??」
理由を知らない中島が首をかしげて尋ねる。雫が答える。
「え? 何でって、その『消えた一条家の……』、ふがふが!?」
そこまで言い掛けた雫の口をタケルが塞ぐ。
「し、雫ちゃん、それはちょっと内緒で。中島、実はな……」
こんな人が多い場所で自分のことを話して欲しくない。タケルは小声で中島にそっと柔道のことを話した。
「えー、そうなの? 凄いじゃん、一条君!!」
意外な事実を知り驚く中島。それに雫も同調する。
「そうなんですよ。凄いんです、一条先輩は!!」
タケルが下を向いて小声で答える。
「何にもすごくないよ。俺、弱いし、もう全然やってないし……」
雫が首を振って言う。
「それで先輩。お受けしたんですか? ミスコンの人と付き合うの?」
タケルが顔を赤くして小さな声で答える。
「あ、ああ……、一応……」
「私がどうしたって?」
タケルはその声を聞き驚いて顔を上げる。
「優花……」
そこには先程まで離れた場所で食事をしていた優花が不満そうな顔で立っていた。黒目の優花。タケルの手に負えない彼女である。
「あ、ミスコンの……、ええっと、桐島先輩ですね?」
「そうだけど、あなたは誰なの?」
雫が握っていたタケルの手を放して礼儀正しくお辞儀をして言う。
「初めまして。私は一年の青葉雫です。柔道部のマネージャーをしていて、ここに来たのは……」
雫はそう言うと再びタケルの手を握ってその目を見つめて言った。
「一条先輩に告白に来たんです!!」
「へ?」
手を握られたままのタケルは突然の言葉に頭が混乱し、その柔らかい手の感触を感じることしかできなくなっていた。
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