13.最低っ、不潔っ、馬鹿、死んでっ!!!

(やだやだやだやだっ!! どうしてあんなこと許可しちゃったのよ!!!!)


 水色の目をした優花は午後の講義を受けながら、お昼に現れた『二番目の彼女』を名乗る青色の髪の女の子を思い出していた。



(タケル君も酷いよぉ!! 私のことが好き、付き合って欲しいって言ってくれたのに!!!)


 あんな状況にもしっかり断らなかったタケルにもその怒りが向く。



(女の子にあんな風に迫られたらタケル君は誰でも了承しちゃうってこと? うーん、許せない!! 許せないけど、認めちゃった私も、許せないーーーーっ!!!)


 教室に座りながらひとり表情がジェットコースターのように変わる優花。



(とりあえず今日タケル君に会おう。ミャオの世話もしなきゃならないし、うん。帰りに家に寄ってみよう!!)


 優花はそう決心するとすぐにその旨のメールをタケルに送った。






(どうしてこうなった……?)


 大学の広い体育館。

 その一番隅で密かに活動する総館大柔道部。部員5名に美少女マネージャーと言う妙な組み合わせの部活だが、部員の面々はとても大学生とは思えない老け顔、強面こわもてばかりである。

 タケルの上着を脱がし、柔道着の上着を着せたマネージャーの青葉雫が言う。



「先輩、頑張ってくださいね!! 応援してます!!!」


 青のジャージを着た雫はそう言ってウィンクすると、畳の上でタケルを待つ部長の五里ごりに言う。



「ゴリ先輩、よろしくですぅ~!!」



「ああ、胸を借りるつもりで行く」


 『天才柔道家』と言われ連れてこられた相手。五里の体は顔に似合わず極度の緊張に包まれていた。タケルの頭には別の意味の緊張が走る。



(ええっ!? 今、雫ちゃん、絶対『ゴリ』って言ったでしょ!? なんで? 俺が言うと発音が違うのかっ!?)


 タケルが挨拶をする。



「あ、あの、先輩、よろしくお願いします……」


 それを聞きじっと黙ってこちらを見つめる五里。うまく通じたのか、と思ったタケルに五里が低い声で言った。



「そうやって相手を言葉で揺さぶるのが、天才柔道家のやり方か!!」



(げげっ!! 通じてないじゃん!? マジで? いや、マジで怒ってる!!!)


 五里は赤かった顔を更に深紅に染めて睨むようにしてやって来たタケルの前に立つ。




「ねえ、青葉ちゃーん。あいつ、本当に強いの?」


 畳から降りて手合わせを見つめる雫に老け顔の柔道部員が尋ねた。雫が笑顔で答える。



「はい、強いですよ!! 私がずっと探していた天才柔道家ですから!!」


 雫は柔道名家『一条家の消えた次男』だと皆に説明した。しかし何年も柔道から遠ざかっていることや、全く無名なタケルに皆は半信半疑である。



「始めっ!!」


 上着だけ着せられたタケルが、老け顔で強面の別の先輩の掛け声で五里と手合わせを始める。巨漢で筋肉隆々の五里と、それに比べれば小さく見えるタケル。その勝負は一瞬で着くと思われた。組み合ったタケルがすぐに思う。



(あ、こいつ。弱えぇ……)


 組んだ瞬間に分かる相手の力量。

 タケルはすぐに力だけでねじ伏せようとする五里の技量を察した。



(柔道にそんな力づくの技は要らない。うーん、投げようと思えば簡単だけど……)


 ここで目立ってしまっては雫の思うつぼ。タケルはあえて苦戦しながら負ける立ち回りを取る。



「ぐわっ、ごほっ、ぐほっ!!!」


 組み合いながら意味の分からない声をタケルが上げる。

 五里はなかなか倒れないタケルを力任せに押したり引いたりする。その度に上半身にかかる強い負荷。練習不足のせいもあり揺さぶられ腰が痛くなってくる。



(体いてえな……、まあ、もういいかな?)


 怪しまれぬようある程度攻撃に耐えてから、タケルが自分から転ぶように相手の押しに合わせて床に倒れた。



 ドオン!!!



「一本っ!!!」


 老け顔部員の声が響く。

 同時に緊張の表情から、呆れた顔に変わる部員たち。雫に言う。



「ありゃ、駄目だわ。雫ちゃん、あれはハズレ」


「ええ? そ、そんなことはないはずなんだけど……」


 無様に畳の上に倒れるタケルを見て雫が心配そうな顔をする。倒れていたタケルがひょいと立ち上がり五里に頭を下げて言う。



「ありがとうございました!!」


 ゼイゼイ肩で息をする五里が体中から汗を流して言う。



「おい、一条!」


(げっ、まさか、バレたとか……!?)


 一瞬焦るタケル。そんな彼に五里が優しく言った。



「柔道を愛する者はいつでも歓迎する。また明日も来い、はあはあ……」


「あ、ありがとうございます……」


 タケルが苦笑いして一礼すると畳から降りる。

 すまし顔のタケル。一方で未だ汗を全身から吹き出し息すら整わない五里。一見すると勝敗は全く逆にすら見える。



「一条先輩!!」


 戻って来たタケルに雫が駆け寄って言う。


「ああ、雫ちゃん。見たろ? 俺はあんなもんだ」


「ちゃ、ちゃんと真面目にやってんですか~、先輩?」



(えっ?)


 意外と部員たちより見る目があるかもしれない雫。タケルが苦笑いしながら答える。



「ま、真面目にやったよ。五里ゴリ先輩、力強いから体振り回されて、腰痛いし……」


 よほど鍛錬不足なのだとタケルが自嘲する。そして来ていた上着を脱ぎ、雫に渡すと笑顔で言った。



「じゃあ、俺、帰るから!!」


 そう言って体育館を走って出て行くタケル。


「あっ、せ、先輩、待ってくださいよ!!!」


 そう言いつつも雫はタケルの汗の付いた道着を自然と鼻に押し当てる。



(ふわあぁ~、いい汗臭……、先輩の汗は最高の香りだわ……)


 雫はタケルの道着を洗いに行くふりをして体育館裏へ行き、しばらくその匂いを堪能した。






(ま、まだかな……、タケル君、遅いな……)


 優花は今日の誤解を解く為と、預けてある子猫のミャオに会いにタケルの家の前で彼の帰りを待っていた。時刻は夕刻を過ぎ、既に辺りは薄暗くなっている。



(中島君から柔道部に顔出しに行ったって聞いたけど、やっぱりあの青髪の子にも会ってるのかな……)


 優花は自分が許可してしまったあり得ない選択を今さらながら悔いる。



(なんで私は時々、あんなにタケル君に冷たく接するのかしら? 好きすぎて嫉妬してるのかな? にしてもあの対応はないと思うけど……)


 優花は時々自分のタケルに対する塩対応を心から反省した。



(ちゃんと謝って、私以外彼女は作らないって約束させなきゃ。青髪女のことなんて私が忘れさせて……、あっ!!)


 そんなことをひとり考えているうちに、暗闇からこちらへ歩いて来るタケルに気付き優花が声をかける。




「タケル君!!」



「あ、優花!?」


 予想もしていなかった優花の姿。タケル自身もどうやって昼間の気まずい雰囲気を直そうかと考えていたところであった。優花が言う。



「タケル君、ごめんね……」


 その瞬間、彼女が水色優花だと気付く。安堵したタケルが答える。


「いや、俺の方こそごめん。きちんと彼女に断るべきだった」


「うん、もういいよ」


 優花が笑顔で答える。



「でも、彼女のところ行ってきたんでしょ~?」


 ちょっと眉をしかめて優花がタケルに尋ねる。


「あ、ああ。無理やりだけど約束させられたんでね。仕方なく……」


「ふーん、そうなんだ。で、どうだったの?」


 少しずつ不満そうな顔になる優花。それに気付かないタケル。しっかりと無様に負けて来たのでもう誘われることはないとある意味すっきりとした気分で言った。



「ああ、もう大丈夫。ちょっと頑張り過ぎて痛くなっちゃったけど、すごくしたから!!」



「はあ?」


 それを聞いた優花の顔が真っ赤になり、そして鬼神のような顔つきになって叫んで言った。


「な、何それ!? 信じられない!!! 最低っ、不潔っ、馬鹿、死んでっ!!!」



 パーン!!!



「ぎゃっ!!」


 優花のきつい平手打ちがタケルの顔にヒットする。



「さようなら!!!」


 そう言い残すと優花は暗闇へと歩いて消えて行った。



「ええ、なんで、なんで……??」


 未だにその意味が分からないタケル。どうして今日はこんなに怒られてばかりなのだろうかと、腫れる頬に手を当てながら涙を流した。

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