#38 “城”よ
「商品とは、消費者への手紙のようなものよ。自分が書きたいことばかり手紙に書いたら読んでもらえないでしょ? 手紙は相手への心づくし。商品も同じよ。消費者への心づくし。そうでないと誰も買ってくれない。あなたがあの子のために書いてあげたお人形の物語こそが、死にゲーのストーリーにぴったりだと思うの」
「いや、あれはそんなたいしたものじゃないんだ。子どもにもわかるように国語の教科書みたいな平板な文体で書いたし。あれはただの気まぐれだよ。あんなもの小説ではない」
「だからいいのよ。文体へのこだわりを捨てて、読者がわかるように書いたのなら。それこそ商品よ。消費者への心づくしよ。ねえ、あの子は喜んでくれた?」
「こないだ久しぶりにあの子とぱったり会ったよ」
「それで?」
「手紙のつづきが読めなくて悲しいって言ってた」
「あなたの小説を楽しみにしてくれる子どもがいたのね。すばらしいことじゃない! あなたがいつもみたいに文体に凝った小説を書いていたら、その子はきっとがっかりしたわ。あの子にどうしたら喜んでもらえるかを考えて、文体へのこだわりを捨てたからこそ、子どもにも伝わる小説が書けたのよ。それと同じ事を死にゲーでもやればいいの。あなたの死にゲーに夢中になるユーザーは世界中に大勢いるはずだわ」
「いや、でもあんなの子どもだましだよ」
「あなたはあの子をだまそうとしたの?」
「そういうわけでは……。僕は僕なりにあの子に敬意を払って書いた。それこそ心をつくしたんだ。だまそうだなんて思わなかったし、今もそうは思ってない。第一、自分が面白いと思えない小説なんて、僕には1行だって書けないよ。あれはあれなりに、僕の作品なんだ」
「それでいいのよ。フランツ。ユーザーのニーズに応えることと媚びることはちがうわ。あなたがつくりたいものをつくっていいのよ。でも、つくるときに、ちょっとだけ受け手のことを考えればいいと思うの」
「でも筆任せなんだよ。そして、書いたらすぐに忘れてしまう。良い小説が書けたときほど、自分が何を書いたのか覚えてない」
「大丈夫。ユーザー置いてけぼりのストーリーを書いたら、わたしがダメ出しするわ。ねえ、とりあえず第1回目の企画会議をしてみない? あの子への手紙にどんなストーリーを書いたか覚えてる?」
「あ、ここに下書きがあるよ」
「うわ、すごい字……」
「きれいに書く余裕なんてないよ。すばやく書かないと何を書くのか忘れてしまう」
「でも、なんとか読めなくはないわ。お人形が主人公なのね? で、トランクひとつで世界旅行に出かけたと……。意外と普通の文体で読みやすいわ。字はアレだけど」
「だんだん辛辣になってきてないかな?」
「そんなことないわ、フランツ。なるほど。子ども相手に書いているという意識があると、それなりにわかりやすく書けるわけね。これならわたしが直さなくてもよさそうよ」
「それはよかった」
「ただ、ちょっとストーリーにパンチが足りなくない?」
「パンチというと」
「死にゲーなんだから、もっとダークな世界観が必要よね。じゃないと、主人公が死ぬ必然性がないわ。アクションを入れないとならないし、キャラクターたちの台詞はもっと謎めいたものでないと」
「でも、あの女の子はそんな殺伐とした物語を求めてないよ」
「あの子はね。でも、死にゲーのユーザーたちはちがう。二段ジャンプもできない主人公に、彼らは魅力を感じないわ」
「僕の小説の主人公はジャンプなんかしないよ。いつも大地に足をつけているか、大地に這いつくばってるかのどちらかだ。彼らは重力に束縛されているんだよ。僕が小説に束縛されているのと同じようにね」
「死にゲーの主人公だって最初から二段ジャンプができるわけではないわ。苦労してアイテムを見つけて、初めて彼らは重力から解き放たれるのよ。あなたのような敗北主義者とはちがうわ」
「僕のことそんな風に思ってたのかい?」
「言葉の綾よ、フランツ」
「君に罵られるのがだんだん気持ちよくなってきたよ、フェリーツェ」
「脳に問題があるのね、フランツ」
「死にゲー、死にゲーね……。だいたい、何だって主人公は死ぬんだい?」
「あなたの小説でも主人公は毎回死ぬでしょう?」
「ちゃんと読んでくれてたんだ!」
「最初の最後のところだけね。そこくらい読まないと読んだふりできないし」
「え」
「フランツ、あなたの小説は死にゲーそのものよ。たくさん書いてるけれど、結局はすべてひとつの小説よ。行き当たりばったりに書き進めて、主人公が死んで、また最初からやり直す。今度はもう少し先まで行けるけれど、また死ぬ。そのくり返しで、じりじりと進んでいく。それが死にゲーよ」
「言われてみれば……」
「だからあなたの小説はどれもこれも未完なのよ。毎回どこかでひっかかってゲームオーバーになって、また最初からやり直し。そうでしょう?」
「でも作品ごとにモチーフはちがうし……。いや、僕の考えたモチーフなんて小説の前では無力か。創作物の中心の炉の炎を絶やさぬためには、小説が常に僕より優位でないと。いわば、小説に引きずり回されたあげくに、どこにもたどり着けず、作者は路傍で行き倒れる。そういう意味では、僕の小説はいつも死にゲーだといえるかもしれない」
「そうよ。あなたはずっと死にゲーを書いてきたのよ」
「でも、それなら僕は何も新しいことをしなくていいということにならない? これまで通り小説を書いていればいいのかな」
「もちろん、最初からあなたに期待はしていないわ。あなたは小説を書くことしかできないんだから。だから言ったでしょ。システム面はわたしが担当する。そのシステムに従って、あなたは書けばいいのよ」
「そのシステムってなんだい?」
「あなたが知る必要はないわ、フランツ」
「でも、僕の死にゲーなんだし」
「ちがうわ。わたしたちの死にゲーよ」
「フェリーツェ。君はいったい何者なんだい?」
「“城”よ」
「“城”」
「あなたは決して、わたしにたどり着けない。システムの正体を、あなたは決して知ることがない」
「僕のあの小説を、“城”を、なぜ知ってるんだ? 誰にも見せてないのに……」
「最初と最後だけね。あなたと話を合わせるために」
「わけがわからない。そもそもあの小説に最後なんてないよ。まだ書いてる。というか、さっき書いてたんだ」
「そんなの知らないわ。わたしは最初と最後しか読まないもの。途中のことなんか知らない」
「あの小説の最後はどうなるの?」
「あなたが知る必要はないわ。あなたはただ、システムに従って書けばいいだけ」
「システムってなんなんだい?」
「“城”よ。わたしはこのシステムを司る担当者。そして、システムそのものでもある。これからシステムを大幅にアップデートするわ。あなたの小説は文体を捨てて、死にゲーになるの。それが、あなたの小説が生き残る唯一の道」
「フェリーツェ?」
「“城”よ」
「“城”とは?」
「システムよ」
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