#24 死にゲー最前線

 小説は矛盾をはらみながら何食わぬ顔で歩きつづけた。だが、ひとつの矛盾はもうひとつの矛盾をこっそり呼び寄せる。お人形の台詞がおかしくなってきた。状況とかみ合ってない。昨日はイカの触手をひらりひらりとかわしながら誰かにささやきかけてた。イカにではない。フェっちゃんにだ。自分がささやきかけられていることを彼女は知っていた。お人形に最初に話しかけたのはフェっちゃんの方だったから。


「フェっちゃん。それはルール違反だよ。小説の外から話しかけてはいけないよ」

「そんなルール誰が決めたの?」

「でもいきなり関係ないことしゃべられると……」

「スペースはたくさんあるんだし、いいでしょ?」

「でもこれとかひどいよ。イカをやっつけた直後に “お寿司もいいわね” なんて」

「晩ご飯何がいい? って聞いてみたの」

「場面と台詞が微妙につながってて、読者が混乱すると思う」

「じゃあ、 “フェリーツェはトロ好き?” ってわたしの台詞も書いといて。そしたらわたしとおしゃべりしてるって、読者の人にもわかるでしょ?」

「ますます混乱するよ。読者はフェっちゃんのことを知らないんだから」

「じゃあ、わたしのこともっと書けばいいじゃない」

「フェっちゃんもこの小説の登場人物にすればいいの?」

「うい」

「じゃあ、また最初から書き直さないと」

「なんで?」

「つじつまが合わなくなるから」

「だからつじつまとかなんで気にするの? また炎上を怖がってるの? ネットは広大だよ。そうそう、フェリーツェに “ネットは広大だわ” って言わせといてね。摩天楼の超高層ビルから下界を見下ろすシーンで」

「ギリシアに摩天楼あったっけ」

「ギリシアなめてんの?」

「わかった。あ、じゃあこういうのはどうかな。お人形は “義体” と呼ばれる一種のロボットで、そこにデータをダウンロードして複数の自我を併存させることができるんだ」

「なんかピンとこないな」

「アップデート版にはフェっちゃんのデータが追加されてて、ときどきお人形とおしゃべりを始めるという設定にしよう。よし、これならつじつまが合うぞ!」

「だからなんでそんなにつじつまにこだわるの? クソみたい」

「つじつまが合わなくなると世界の均衡が崩れるから」

「ねえ、この子もしゃべれないかな?」

「だからしゃべってるじゃない。しゃべってるからつじつま合わなくなってるんじゃない」

「じゃなくてさ。今わたしが抱いてるこの子もしゃべれないかな? 今、ここで」

「小説は小説だよ。現実世界ではお人形はしゃべらない。現実と小説を混同したら小説脳って言われちゃうよ」

「そんなことないよ。だって、小説と現実の境目なんてどこにもないでしょ? おじさんはどこが境目だと思ってる?」

「原稿用紙のフチのあたり」

「やれやれ、やっぱりおじさんは小説脳だね。いまどき原稿用紙なんて作文の宿題でしか使わないよ。小説だって、死にゲーだって、ぜんぶネットにあるの。ネットは広大だからどこにもフチなんかどこにもない。クサナギ少佐が言いたかったのはそういうことだよ」

「でも、フチがないと世界の均衡が……」

「ああ、もうこんな時間。そろそろ日本旅行に行ってくるね」

「また? 飽きないね」

「フチがないから気づいたらギリシアにいるかもしれないけど」

「ギリシアは危ないよ。死にゲー最前線なんだし」

「わたし、ギャングの娘だから大丈夫。ギャング稼業は死にゲー稼業。死を恐れてたら生きてる意味ないよ」

「フェっちゃん!」


 フェっちゃんはお人形を抱いて日本旅行に出かけていった。お人形が来てから、なんだかフェっちゃんが遠くなったような気がしていた。最近すっかり相手にされなくなったフカフカは砂の中に潜っていて、もう何日も顔を見ていない。ふてくされているのか。それとも、死につつあるのか。


 私は書斎にこもり、ノルマをこなすのに集中した。私にできることは小説を書きつづけることだけ。どこにたどり着くとしても、私にはこの歩き方しかない。へんな歩き方だって、小学校のころからずっと言われてきたっけ。犬みたいな歩き方だね。クワガタみたいな歩き方だね。人間みたいな歩き方じゃないね。でも人間みたいな歩き方ってなんですか。どこにたどり着けるというのですか。生まれて、育って、老いて、くたばる。これぞ「人生」だなんて、わかった風な口きいて安酒などをきこしめる社会人ども。人生のベテラン。私は「人生」なんて生きたくない。「人生」は、わかった風な口をきく演歌でJ-POPな人々で満ち満ちているから。「人生」を降りた人には小説を書くしかない。へんな歩き方でも。どこにたどり着けるかわからなくても。書くんだよ。私よ。その先にフェっちゃんがいるかもしれないし、いないかもしれないし。

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