#22 ©Cha-Shu

 目覚めると枕元にラッピングされてリボンの巻かれた箱が置かれていた。サンタが来たのだ。私は布団をはねのけ、寝起きで思うように動かない指でもどかしくもリボンをほどき、クリスマスカラーの包装紙を解いて箱を開けた。なかにはプラスチックのチャーシューと「もっと脳を!」と黒マジックで殴り書きされたメッセージカードが入っていた。チャーシューの断面はCTスキャンした脳に見えないこともなく、焼き色のついた側面部には小さく「©Cha-Shu」とプリントされてある。クリスマスの喜びはそこで袋小路に突き当たった。クリスマスプレゼントとはこんなものだったろうか。私は急に自分の年齢を思い出し、ウッとなった。


 ベッドで眠るフェっちゃんの寝息が耳に入り、その寝息にすがるように、もう一度メッセージカードを見直した。すると上の方に何か書いてあるのに気づいた。「わたしのたったひとりの小説家さんへ」薄い文字。たぶん2Hくらいの鉛筆で書いたのだろう。私はその言葉を何度も何度も読み直し、うっとなった。私は小説家だった。小説を書かなくては。


 フェっちゃんのベッドのそばにもクリスマスカラーのプレゼントがふたつ置いてあった。ひとつはかなり大きく、引っ越し用の段ボールくらいある。きっとフェっちゃんのパパからだろう。私からのはおそらくその隣にある慎ましい大きさの方だ。フェっちゃんを起こさないようにそっと寝室を出て、朝ご飯の準備を始めた。


 しばらくすると「え!」というフェっちゃんの叫び声が聞こえた。そしてドタバタという響きを立ててフェっちゃんが寝室から飛び出しキッチンにやって来た。


「おじさん、これ!」

「それがプレゼントだったの? ずいぶん大きいお人形だね」

「ねぼけてんじゃねーぞばーろー! これ、フェリーツェだってバヨ!」

「コレ・フェ・リーツェ・ダッテバヨ?」

「ちがう! いや、そうだ! これ、わたしのお人形! わたしと同じ名前のフェリーツェ!!!」

「お人形はイスタンブールでさまよってるところだったと思うけど」

「コレ・フェ・リーツェ・ダッテバヨ!」


 フェリーツェは思ったよりずっと大きく、フェっちゃんの身長の半分くらいあった。両腕で抱きかかえているとまるで仲の良い姉妹のようだ。真っ赤なドレスと真っ赤なボンネット帽、そして美しい金髪で、ローゼンメイデンに出てくる真紅に酷似しているが、目だけがやたらと鋭い。鬼のような威圧感。たしかに、フェっちゃんにそっくりだった。


「ローゼンメイデンっぽいね」

「だってそれが元ネタだから。おじさんと一緒に動画見ながらデザイン考えたじゃない」

「そうだったっけ。でも、それは小説の話でしょう?」

「うん」

「行方不明になる前は別の格好してたんじゃないの?」

「だから着替えさせたんだよ。戦闘するお人形っていったらローゼンメイデンだよねって、おじさんがヌーツーブ動画見せてくれたじゃない。それで真紅がいちばん強いから、金髪にして、真紅の服を着せたの。それでも中国でたくさん殺られたけどね」


 フェっちゃんはお人形の傷を癒やすようにあちこちにキスをした。しかしあれだけ中国で屠られたのに、お人形には傷も汚れもなく、新品同然だった。たぶん残りHPがマックスなのだろう。


「お人形を人に見せていいの? 見せたらダメとか言ってなかったっけ」

「おじさんは特別だよ。だってこの子の小説書いてるんだから。初めて会った気しないでしょう?」

「なんかへんな感じ。原稿用紙もペンも無いのに小説を書いてるときの気分になってる」

「ありがとう」

「どういたしまし、え?」

「おじさん、ありがとう。このプレゼント、おじさんが選んでくれたんでしょ? サンタの店で」

「え、覚えてない。EDMで脳が馬鹿になってたから。ていうかそれはパパさんからじゃないの?」

「脳が馬鹿なのはいつものことだよ。パパからは別なのが届いてたからこれはおじさんがサンタに頼んだプレゼントだよ」

「パパさんからはなにが届いたの?」

「新しいピストル。みてみて。口径がちょっと大きくなったし、弾はこれまでの2倍入るの。これでバカボンの本官さんみたいに乱射して市民を追いかけ回すことができるよ」

「よかったねえ」

「でもまさか、おじさんからもこんなすてきなプレゼントが届くとは……。いい意味で期待外れだ! 今年のクリスマスはどうなってんだあ!!」

「あ、そうだチャーシューありがとう」

「脳がよくなるおまじない、たくさんかけておいたからね」

「ありがとう」

「あと、これもプレゼント」


 フェっちゃんが近づいてきて、私をぎゅーっと抱きしめた。フェリーツェを抱いたままなので、私はフェリーツェにも抱きしめられている格好だった。


「またうってなった?」

「なった」

「泣いてない?」

「必死で我慢してる」

「えらいね。チャーシューのおかげかな。ありがとう。わたしのたったひとりの小説家さん」


 フェっちゃんはそう言って私の背中をぽんぽんと叩き、身を離すと、私にほほえみかけた。初めて私に向けられた笑顔だった。鬼キュートな笑顔に私はくらくらした。


「顔洗って着替えてきて。もう朝ご飯できるから」

「うん!」

「今年のクリスマスはどうなってんだ……」


 フェっちゃんはフカフカのクリスマスプレゼントも頼んでいたらしい。水槽を覗くと砂の上にリボンと包み紙と箱が散乱していて、サンタ服を着たフカフカがうれしそうにとんぼ返りしていた。そんなの着られるのは今日だけだ。明日になればまた日常が戻ってきてサンタ服は砂まみれのただの赤い服になる。それなのにフカフカは今だけを見つめ、全身で喜びを表現している。言葉をもたないフカフカには過去形も未来形もなくひたすら現在しかないのだ。わたしもチャーシューをもらったときこれくらい喜べばよかったのかもしれない。食べられないチャーシューでもいいじゃないか。サッカーボールみたいに頭の上に載せてホイホイとバランスを取ればよかったのだ。床に落ちても3秒ルールで拾えばいい。年に一度のクリスマスなのだから。

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